〜君がいるから〜

June 2nd, 2000

★ ★ ★







 新解放軍の編成も、一段落がついた。
 階下では「新解放軍発足記念」と銘打たれたいわゆる宴会が繰り広げられている。
 が、どうも大人だらけの宴会というものにはまだ慣れない。
 レイは息抜きも兼ねて屋上に出てみることにした。
 城は湖の上にぽつりと建っているせいで風が強い。
 気に入りの頭巾が吹き上げる風にさらわれそうになって、慌てて押さえ込んだ。
「危ない、危ない…」
 深い吐息混じりにそう呟くと、ようやく気持ちが落ち着いた。
(お酒なんて…どうしてあんなのを好きなんだろ)
 思って、カクの宿屋でビクトールに「一口だけ」と言って飲まされた酒の味を思い出す。
 なんだか苦いばかりで、ちっとも美味しくなんてなかった。
 喉から胃にかけてが急に熱くなって、次第に頭がくらくらしていった(グレミオが慌ててたっけ)。
 思い出しただけで足もとがふらついて、レイは屋上の縁にしがみついた。
(けど、あれだなぁ。僕も『リーダー』なんてものになっちゃったからには、大人に付き合えなきゃならないんだろうな)


 そう、突然降って湧いたリーダーという立場。
 それも解放軍という、巨大な国に立ち向かっていく組織の。
 今まではそんなことをゆっくりと考えている暇さえなかった。
 帝国の近衛隊に入隊して、帝国の役人たちの腐敗を目の当たりにして。
 親友から呪いの紋章を引き継いで、別れ別れになって。
 何がなんだかわからないうちに尋ね人になって。
 解放軍に身を寄せて。
 元のリーダーであったオデッサが亡くなった跡を継いでリーダーになって。
 あっという間の出来事で、ちゃんとした覚悟が出来ていなかったような気がする。
 けれど、地下のアジトを拠点としていた時ならまだしも…自らの城まで持ってしまった今は……。
 とたんにずっしりと重い責任が両肩にのしかかる。
 年齢でいえば子供だけれど、城を持つリーダーとしては『大人』でなければならない。
 今までは当然のように父の、居候の、庇護を受けて何不自由なく暮らしてきた。
 それが、いきなり大人だと言われても。
 …つまりは、何の心の準備もなしに大人の世界に放り込まれた、という不安なのだ。
(父さん…)
 たぶん今頃にはもう、レイが解放軍のリーダーとなったことは父テオの耳にも届いていることだろう。
 テオはどう思うだろうか。
 父が長年仕えた帝国を裏切った息子を。
 自分が裏切ったせいで、父の立場が悪くなったりはしないだろうか。
 ……いや。
 もうそんなことを考えるのはやめようと誓ったはずだ。
 いまさら悔やんだところで、後戻りできる道でもない。
 それに結局は、自分が選んだ道なのだ。
 心ない帝国の、民への仕打ちに耐えかねて自らレジスタンスの波に身を投じた。
 決して後悔はしないと、そう決めた。


 けれど…。
(テッド……君に会いたいよ)
 一緒に泣き、笑い、心を分かち合った親友。
 彼は今のレイを見てなんと言うだろう。
 不安に震える、今のレイを。
 叱りとばしてくれるだろうか。
 何をやってるんだと笑ってくれるだろうか。
 何も言わず、側にいてくれるだろうか。
(無事でいてくれよ、テッド…)
 見上げた先の、満天の星。





 ふわ、と柔らかい風が吹いた。
 わずかにかかる奇妙な重圧、これは魔法の波動だ。
 振り返るとそこには淡い青の光、それが徐々に人の姿を浮かび上がらせてくる。
「こんな所にいたのか」
 光が消えて実体になった彼は開口一番、そう言った。
 呆れて突き放すような口調だが、これが普段の彼の喋り方だ。
「…そういえば、さっきはゆっくり話す暇もなかったね。久し振り」
「……久し振り」
「元気だった?」
「…まぁね」
 大して興味もなさそうに、星見の魔術師レックナートの一番弟子、ルックは言葉少なに答えた。
 ルックは、今日レックナートが置いていった『約束の石板』と共に解放軍に加わった新しい仲間だ。
 だが、レイは一度ルックに会っている。
 レイの近衛隊隊員としての初めての仕事はレックナートの元に星見の結果を貰いに行く、というものだった。
 だから勢い、彼女の弟子であるルックとも顔を合わせた。
 …どころか、ルックはこちらを試すためだろうか、いきなり魔物をけしかけてきたのである。
 出会いは最悪だったわけだ(テッドなんかはしばらく文句を言い続けていた)。
 けれど、レイはそんなルックをけして嫌いではない。
 今までの表情はどこへやら、わずかに笑みを浮かべるレイを、ルックは目を細めてじっと見た。
「とりあえず…こんな所にいていいのかい? 君の付き人が血眼になって君のこと探してたけど」
「グレミオが? あぁ、僕黙って来ちゃったんだ」
「僕は君がどこにいようと関係ないけどね。僕にまで君の居所を聞きに掴みかかってくるんだから、うるさくて仕方がないよ」
 本当に迷惑そうにぼやくルックに、レイはつい吹き出した。
「笑うことはないだろ」
「あはは、ごめんごめん」
 ルックは肩をすくめる。
「じゃ、僕は行くから。さっさと戻って来なよ」
「うん……ありがとう」
 ルックが踵を返したので、レイは再び星を映る水面に目を落とした。
 強い風…。


「そんなに運命が怖いかい?」
 レイがはっとして振り返ると、そこにはまだルックがいる。
 いや、そんなことよりルックの言葉に驚いた。
「あまりの波の激しさに、怯えて縮こまってるんじゃないの?」
「…ルック」
「どうして恐れるんだい? 自分では制御できないから? 目に見えないから?」
「…………」
「確かに運命なんて目には見えないね。けど、だからなんだって言うのさ。そんなのは、恐れる理由にはならない。どころか、見えないものを恐れても回避できるってものでもない」
 レイは答えられない。
 ただ黙って、やけによく喋るルックの瞳を見つめていた。
 そして今度こそ、ルックはレイに背を向けた。
「…運命って……立ち向かえる人にしか与えられないんじゃないのかい」
 その背を包み込む、青い光。
「レイには、その力があるんだろ」
 ひとことだけを残して、ルックの姿は夜の闇に完全に溶けていった。


 レイは、しばらくルックのいた場所を見つめていて…少しだけ、間があいて、
 くすり、と笑った。
「…わざわざ魔法使わなくても…階段を使えばいいのに」
 そっと呟く。
 けれど本当は、そんなことで笑んだわけじゃない。
「僕の名前…初めて呼んだね」
 ほんの少しのことだけれど。
 でもそれだけで十分わかる。
 一人で、帝国に立ち向かうわけじゃない。
 仲間がいる。
 志を同じくする仲間がいる。
 だから…大丈夫。





「ぼっちゃあぁーんっ」
 階下から、自分を呼ぶグレミオの声がする。
(それに…僕にはお前がいるんだよな)
 勢いをつけて、レイは階段へと駆け出す。
「グレミオーっ、ここだよ!」
 その瞬間煌めいた星は、一体何に呼応していたのだろうか。





End




<After Words>
ルックが書きたかった…。ただそれだけのことなんですよねえ。あはははは…。
もう自分でもその理由が掴めないんですけど、ある日突然ルックにはまっちゃいまして。
やっぱり、「顔はものすっっっっっごくいいのに口と性格がものすっっっっごい悪い」って、
最近のマイ・ブームであったりいたします。性格悪い子大好き♪
何でそうなったのかはやはり謎ですが。やっぱ原因はナルかな…(ぼそり)。
とりあえず、レイっちはルックを一応「志を同じくする仲間」と申しておりますが、
ルックが志を同じくしているかどーかは…私もちょっと疑問に思ってたりして。
けど、ルックって、根本的に悪い子じゃないから★



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