June 17th, 2000
★ ★ ★
初見で、この人とは喋る機会もないだろうと思った。
喋る機会があっても仲良くはならないだろうと思った。
仲良くなっても、友達にはならないだろうと思った。
思ったのに……。
人生って、何がどう転ぶかわかんないよね。
解放軍は日に日に規模が大きくなり、組織としても大きな勢力となりつつあった。
僕は例の親衛隊が初仕官だったとおり、軍の内部というものには詳しくない。
そりゃあもちろん勉強はしてたけど…。
でも机上の理論と実戦は別物だ。
第一、リーダーなんてトップに立ったのはそれこそ初めてで……。
軍が軍として機能しだしても、僕の勉強不足と経験不足はやっぱり否定できなかった。
だけど、そんな至らない僕を一生懸命に支えてくれる人たちがいる。
僕を頼ってくれる人がいる。
それを考えるとうじうじしてもいられない。
みんなのためにも頑張らなくちゃ。
軍のみんなだけじゃなくて、帝国の圧政に苦しむ人すべてのために。
僕はまだなにも知らないけど、知らなかったことは仕方ない。
これからだ。
知らなかったことは、これから知ればいい。
そう思った僕は、たまに時間を見つけては、誰かの部屋に教えを請いにいくことにした。
今日はレパントさんの部屋にお邪魔している。
金持ちには思い上がったイヤな奴が多い──兵士たちが口をそろえて言ってたっけ。
僕も一応その部類だったけど、たしかにそう感じることがなかったわけじゃない。
それを笠に着るような人もいて、快く思わなかったことがある。
けどレパントさんにそんなところはない。
確かに大富豪で、コウアンにとても大きくて立派な家を持ってるけど、驕った心のまったくない人だ。
それに話せば話すほど、その人となりの素晴らしさが見えてくる。
だから、僕はレパントさんが好きだ。
──あぁ、そうか。
父さんに雰囲気が似てるんだ。
僕が近衛隊に入った時、父さんは北方へ出発した後だった。
あのまま近衛隊にいたら…父さんともこんな話が出来たんだろうか。
そう思うと、少し淋しい気がした。
それで、どのくらい話し込んだかな。
ふと気付くと…。
レパントさんの後ろを忍び足で歩く人影…。
そいつは、僕の視線に気が付くと、口元に人差し指を立ててパチンとウィンクした。
どうやら黙っていてくれ、ということらしい。
さて…これは一体どうしたもんだろう。
と思っていると。
レパントさんが眉をひそめて、失礼、と言った。
「シーナ!! どこへ行くんだ!!」
振り返りもせずに怒鳴ったレパントさんに、シーナはぎくりと足を止める。
「あ……いや……別に…。サンポ……」
あはは、と乾いた笑いを浮かべながら、それでもその足は少しずつ出口へ向かっている。
「まったくお前は…。少しはレイ殿を見習ったらどうだ。レイ殿はお前といくらも変わらない歳だが、立派にリーダーを務めておられる。それを……」
「そんなこともないさ」
シーナはニヤニヤと笑いながら、
「本当は単なる子供なのに、まわりの期待で『大人』してるだけだろ。なぁ、レイ?」
「シーナ!!」
「じゃ、ちょっと散歩!!」
それ以上小言をくらわないためだろうか。
シーナはさっさと部屋を出て行ってしまった。
「……すみません、レイ殿。とんだ不良息子で…」
「あ、いえ。そんなことないですよ」
言ったけど。
正直僕はびっくりしていた。
そんなこと面と向かって言われたことなかったのに。
しかもいきなり「レイ」って。
彼がこの城に来て4日…なのに、そんな気がしない。
一日中続いてしまった会議を終え、自室に戻る頃にはもうフラフラだった。
朝早くに始めたのに、今はもう夜中だ。
「大丈夫ですか? ぼっちゃん」
「んー……」
心配そうなグレミオに、僕は生半可な返事をした。
まさかこんな時間までかかろうとは思ってなかったもんなあ……。
「今日は早くお休みになった方が良さそうですね」
「うん、そうする…。グレミオも早く寝なよ…」
「はい。ビクトールさんの用事が済みましたら、すぐに」
「ん……」
「おやすみなさい」
「おやすみー…」
ぱたん、と扉が閉じた。
やがて足音が遠くなり…。
部屋が急に静かになる。
とても静かだ。
本当にしぃぃん、と音がしそうなほどに。
ああ、体が沈む……。
シーツに吸い寄せられて、身動きがとれない。
意識……が、遠く……。
その時。
ばったーん!
派手な音。
「よおっ、レイ!! 起きてるかー!!」
はい?
僕はだるい手を持ち上げて目をこする。
すると彼は僕の手を引っ張って無理矢理起こさせた。
な、なに?
そして遠慮なくベッドに座り込む。
「あ、あの…シーナくん……?」
「シーナ、だけでいいよ。気を遣うような仲じゃないだろ?」
というより、まともに顔を合わせるのほぼ初めてなんだけど。
「今日は、こんなもん持ってきたぜ」
というより、君がこの部屋に来たのはこれが初めてなんだけど。
けど僕はシーナが取り出したものを見てさらに唖然としてしまった。
瓶だ…これって。
「…お酒?」
「そー。掘り出しもんをちょいとくすねてきた」
簡単に言うもんだなぁ…。
「で? 何の用?」
ちょっと不機嫌な声で僕はちらりと睨みつける。
そりゃそうだ、やっと休めたところだったんだから。
なのにシーナときたらそんなこと気にもとめない様子で、
「ちょっと一杯引っかけに」
引っかけ、って、僕の部屋は酒場じゃ…。
「まぁいいからいいから。ほらこれ持って」
シーナは強引に僕にグラスを持たせる。
「えっ。待って、僕飲めな…」
「飲めないのか? 大ー丈夫、これ軽いヤツだから」
「だからそういう問題じゃ……」
「しっかり持ってないとこぼすよ」
「ちょっ…」
なみなみと注がれたその液体は、澄んだ琥珀色。
つんと鼻をつく、アルコールの香り。
…まいったなぁ…僕、本当に弱いんだよ。
匂いだけで酔っちゃうんだから。
「本当に、これは美味いから。飲んでみなって」
うーん……。
目の前にグラスをかかげて僕は考え込んでしまった。
確かに、何でこんなに違うんだろう。
いや、僕とシーナなんだけど。
父さんとレパントさんはけっこう似てるのになあ。
僕たちも、こんな時代にあんないい家に生まれて。
だから最初会った時驚いた。
女の子を見たらそれが礼儀とばかりに声をかけるんだから。
僕がシーナと同じ歳の頃なんて(そんな昔の事じゃないけど)、そうだなあ。
あの頃はテッドと遊びまわることが楽しくて。
他のことなんか目に入らなかった。
「なっ。一口だけでいいからさ」
…………。
何度も何度も言うもんだから。
気が付くと、僕はグラスに唇をつけていた。
頭がぼーっとする。
まわりのもの全部に薄いベールでもかけたみたいな。
曖昧な視界。
「…っからさー…。オヤジはうるさく言うけどさぁ。やっぱ子供の言い分もあるわけだよ」
いつの間にか愚痴モードに入ってるシーナに適当に相槌を打つ。
うん、シーナの持ってきたお酒…。
これがけっこうおいしい。
ふんわりと甘くて、舌にそっと乗る感じ。
喉を通る時のほんのりした熱さ。
僕はなんだか気持ちよくなっていた。
だるいんだけど、それとはちょっと違う。
気怠い、っていうんだろうか。
「って、レイ。聞いてるか?」
「…聞いてるってば」
シーナは寄りかかっている僕の顔を覗き込んで笑う。
「そっかそっか。で? レイは気になってる子とかいないのか?」
「はぁ?」
まったく、酔っぱらいの会話の飛び加減にはついていけないよね。
やれやれ。
「…別に。いないけど」
「なんで? 解放軍の中にも綺麗な子いっぱいいるのに」
「うーん…綺麗だとは思ったりするけど。でも今って、そんな場合じゃないし」
「そんなもんか?」
僕にとってはね。
特定の女の子のことを考えるより、軍全員のことを考えなくちゃならないから。
あー…でも。
「……こういう状況じゃなくても、どうだったかな。僕あんまり興味がなくて。まだ子供なんだろうね」
「まあ子供が酒飲んだりはしないだろうけど」
いったん言葉を切って、シーナがぐいっと僕に顔を近付けてきた。
「それじゃあさ、レイ。ナンパの仕方教えてやろうか」
「…遠慮しとくよ」
「えーっ。なんでだよ」
「だってシーナ、玉砕数も多いんだろ? それなら僕はもっと堅実な方法取るよ」
「例えば?」
「まあ、それが問題なんだけどさ」
僕が笑う。
シーナも笑う。
静かな部屋に、くすくすと忍び笑い。
僕たちは、何がおかしいってわけでもなく。
しばらくそうやって笑いあっていた。
「あーーーーーっ!! 何であなたがここでぼっちゃんと一緒に寝てるんですかあぁっっっっ!!!!」
翌朝。
僕はグレミオの叫び声で目を覚ました。
……ハズが。
何これ。
頭……痛い。
気持ち悪い……。
「あああっ、お酒!? だめですよぼっちゃんお酒なんか飲んじゃ!! しかもこれを2人で空けたんですか!? こんな強いお酒を!?」
うー……。
ガンガン頭に響く……。
ごめん、グレミオ…何言ってるかちっともわかんない。
ぼんやりと目を開ける。
……すると。
げっ。
至近距離に、シーナの寝顔があった。
その時僕は、なんだかいやーな予感を感じた。
長い付き合いになっちゃいそうな予感、だ。
いやな予感って、けっこう当たったりするんだよな……。
Continue...
<After Words> |
はいっ。シーナが書きたかった!! それだけです。 なんかもう最近シーナなら何でもいいです。 ……いえ、そこまでは言いませんけど。 でもわりとそうかも(ヤバイ)。 何でだかよくわかんないんですけど、うちのぼっちゃんとシーナは めちゃくちゃ仲いいです。 シーナがやたらとちょっかい出す、みたいな。 これに関しては続き書きます。 続きというより、とにかくシーナが…(以下略)。 ええと。なんかレイ様、今回酔っぱらってます。 普段あそこまで喋る人じゃないのよ。 たぶんシーナくんのいいところだね。 人に心を開かせる。うん(陶酔)。 …ところで、風音はこれを書いている最中わずかに 道を踏み外しかけました。危ない危ない…。 早まっちゃいけない(←?)。 |