September 28th, 2000
★ ★ ★
「ずいぶん、増えたね」
石板をざっと見渡して、僕はつい感嘆の声をあげた。
最初はぽつん、としかなかった名前が、そこかしこに見られるようになったから。
「はじめに比べたらね。でもまだまだ少ないよ」
「……だね。これからだ」
隣で同じようにそれを見上げるルックに、僕は笑いかける。
ルックも僕を見て、首を傾げるようにして、
「たしかに、こうやってあちこちに名前が刻まれるようになると、急に増えた気がするけど」
なんて言う。
「…うん。それに、たった3人で……ビクトールも含めると4人だけど、グレッグミンスターから逃げ出した時を思えば、違いは格段だよ」
「まあね……」
「今じゃこの石板に名前こそ刻まれないけど、共に戦ってくれる人たちがたくさんいる。それがね、とても頼もしく思えるんだ」
もちろん、ルックも含めてね。
そうだよなぁ。
あの時は、いろんなことがありすぎて、どこへ進んだらいいのかさえわからなかった。
まして、その先に何が待っているのかなんて、考えもしなかった。
出会ったばかりのビクトールを信用したのも、彼が信用するに足る人物だと直感した、それはたしかだ。
だけどそれだけじゃなかったのかもしれない。
ただ、何かひとつでもいい、進むべき道が欲しかった……。
そんな、偶然のような出来事。
でもそれは、結果として、正しい道に辿り着いた。
絶対的に『正しい』んじゃなくて、僕が『正しい』と思える道に。
それってものすごく幸運なことなんじゃないのかな。
そういうと、ルックが深く息をついた。
「…偶然なんてものはないんだよ。すべては必然なんだ……運命って言葉を使うのは好きじゃないけど」
「ルック」
「運命に引き寄せられてレイがここにいるんじゃない。レイが運命を引き寄せてるのさ。真実がどうなのか知らないけどね。そう考える方が楽だろ」
そしてまた何事もなかったように石板を見上げる。
……ルックも変わったなあ。
初めて会った時、常に挑むような口調だったけど。
今もつっけんどんなしゃべり方はするけどね。
けど、棘がなくなった。
…僕がそう言っても、みんな信じないんだよね。
どうしてなんだろう?
なんてふたりで石板を見上げていたら。
……廊下の奥の方から声が聞こえてきた。
「……え、ねえってば。いいじゃんかー。一緒にお茶しようぜー」
ぴく。
「なっ、セリナちゃんっ。ねえって」
「い・や・で・す!! しつこい男はキライなの!!」
あの声……もしかしなくても。
「レイ。空気悪いから、別のところに行かない」
「異議なし」
僕たちは、さっさと移動することにした。
船着き場は、湖面を渡る風で波が荒い。
偵察やらなにやらで船が出払ってるせいか人もまばらで、僕たちは木製の大きな箱にどちらからともなく座った。
風はたしかに強かったけれど、涼しくてかえって心地よかった。
でもルックの機嫌は悪い。
もちろん僕だって悪いけどさ。
ルックを見ていて、僕の脳裏に嫌な予感がよぎった。
「……あのさぁ」
意を決して、僕はルックを見る。
ルックはちら、と視線を寄越した。
「もしかして、ルックも…あれに被害受けてるクチ……?」
「…………」
無言の肯定。
はは…なるほどねぇ…。
それじゃ機嫌も悪くなるはずだね。
ルックが、溜め息をつく。
「なんなんだよ、アレ」
僕でさえ一瞬引くほどの、怒った声。
でも、わかるっ。
その気持ち、よくわかる!
「いい加減にしてほしいよな…たしかに。なんで男なんかに口説かれなきゃなんないんだよ」
「腹立つ」
「うん。社交的なのはわかるけどさ」
「社交的? あれはナンパ好きの変態男っていうんだよ」
「…だね」
あの放蕩息子…っ。
僕だけならまだしもルックにまで声かけてんのか!
ああもう、頭に来る……っ!
「……なんであんなの仲間にしたのさ」
「宿星持ってるんだから、仕方ないよ…。僕は星を恨むね…」
しばらく僕たちは、その男の対処法について語り合った。
え?
どんなこと、って……。
その1.無視するに限る。
その2.飛ばす。
その3.埋める。
…とか……。
けど、そのうちそれを話題にしてること自体が気分悪いってコトで、やめた。
それにしたって、いい根性してるよ。
これだけ僕たちがこきおろしてるってのに、それでもまだしつこくつきまとってくるんだから。
あんな軽いヤツが、歴史が動くときに現れる宿星のひとり……っていうんだもんな。
一体、宿星っていうのはつまりなんなのか、わかんなくなってくるよ。
まぁそれは……考えちゃいけないのかもしれないけどね。
深い目でこの争いを見れば、それはとても大きな意味をなす。
だけど、帝国と民衆との戦い、としての争いには、宿星なんて関係ない。
むしろあっちゃいけないんだ。
帝国と民衆が戦うことに意味がある。
そこに宿星だ運命だと、そんなものが絡んでは、民衆のための革命ではなくなってしまうから。
とは、思うんだけどね。
それも仕方ないのかなぁ。
なんてったって、『真の紋章』が絡んじゃってるからなぁ。
しかし、それにしてもあいつが宿星である理由はわからないけど。
「ねぇルック、宿星ってどうやって決められてるのかな」
「さあね。冗談でなければいいけど」
「……ギャグとかだったらやる気なくすね…」
そんなんだったら……リーダーの僕って……。
肌を刺す風が、少し冷たくなってきた。
「寒くなってきたね……ルック、戻ろっか」
「そうしようか」
僕たちふたりは箱から降りる。
……と。
何事にも、タイミングが悪い時ってあるよな。
「エレンちゃーんっ。エレンちゃんってばーーー」
ぴたり。
僕とルックの足は、見事に同時に止まった。
ひょこりと顔を出したのは。
話題にも出したくない…あいつ。
「どっこだーーー……って、あ」
そいつは、脳天気を絵に描いたような顔で、のこのこと近付いてくる。
「レイーっv あ、ルックも一緒? よかったー、ふたりのこと探してたんだぜv」
………………。
「ふたりに会いたくってさー。ずっと探しちゃったよ」
…シーナ……君今『エレンちゃん』探してたんじゃないのか?
「なぁなぁ、一緒に夕飯でもどお?」
ちらりとルックを見る。
ルックの目がマジだ。
よし、じゃ、やりますか。
───バッシャーーーーーーン!!!!
派手な水飛沫があがる。
「……うまくいったね。協力攻撃でも作る?」
「このバカくらいにしか効かないんじゃない」
僕たちはしれっと。
そこに浮かんできたシーナが、桟橋にすがりつく。
「ええー、酷いな、ふたりともー。なんてコトするんだよ」
……なんてことって、別に。
ルックが足をかけて、僕が蹴り飛ばしただけだけど。
「自業自得だろ」
「少しはそれで目を覚ましなよ」
言ってやったのに。
なのに、ほんとにこいつはどうしてこうも懲りない……っ。
「まったく、ふたりとも、照れちゃってv 可愛いんだからなーーーーっv」
「「いい加減にしろよっ、このバカ!!」」
Continue...
<After Words> |
なんだか……。ここまで来ると、シーナが不憫ですなー……。 あれ? わたし、シーナ好きですよねー? なんかそんなふうに呆然としちゃったりして。 とりあえず、これでトライアングルの構図はできあがった、と……。 シーナ→ぼっちゃん、シーナ→ルックで、さらにぼっちゃんとルックが 親友っていう…滅多に見ない構図が。 いいと思うんだけどなあ…だめかしらん。 ええい、同意がなくても、言い張っていきますからね!!! しかし、こんな3人ですけど…健全ですなー(!!??)。 ほとんどぼっちゃんアンドルックvsシーナの構図と言っても 過言じゃないですからねー。 さてさて。次回は…ちょっとくらいアクションが入れられたらなあ……と。 え!? |