January 11th, 2005
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お正月といえば、今まで「来る」ものだったよなぁ。 朝起きると新年の準備ができていて、父さんのところへ挨拶に来るお客さんがいれば、一応顔を出したけど。 でも、それだけだ。 あとはグレミオの作った正月料理をみんなで食べるくらいで、そう特別な日には感じられなかった。 今思えば、グレミオたちは大変だったのかも知れない。 そういえば、年の暮れになるとグレミオはあっちこっち磨いたり、台所で煮物をしてたっけ。 今年、「迎える」という立場になって、それが大変だったろう事がなんとなく理解できた。 立場が違えば、そりゃあ行事の意味も変わるよね。 当然といえば当然なんだけど、まさかこういう立場になるとは思ってもみなかったし。 とにかく、準備には携わらなきゃいけない。 もちろん、年が明けてからもね。 「レイ様」 ドアのノックのすぐあとにクレオの声。 「はい」 「年始のご挨拶にお客様が見えてますよ」 「わかった。今行きます」 今日も来たか…。 そうなんだよなー、「僕宛て」なんだよな。 それがとても奇妙に思えるけれど。 |
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なんだってこう行事ごときで騒がしくなるんだろう。 普段は戦争中だからと必要以上にピリピリしているくせに、こういう時だけ浮かれるんだ。 別に張り詰めてるならそれはそれで勝手にしててくれればいいけど、騒がれるのは別だ。 浮ついた喋り声は、やたらと耳に障る。 迷惑なんだよ。 どうせやることもないんだから、一度帰ろうかな。 図書室で本を読むのも、こう続けてじゃさすがに飽きるし。 第一、騒音の中で集中するのも疲れるしね。 「あ、ルック」 足を出しかけたところに、声。 あぁ…。 「レイ。忙しそうだね」 「ご挨拶の一団がまた来たみたいでさ」 言って、レイは肩をすくめる。 軍主ともなればそういう雑務もあるんだろう。 戦には資金がいる。 となれば援助する人間は必要だし、大切にしなければならない。 たとえそれが見返りを求めるものだとしても、目をつぶらなければいけない。 それこそ、綺麗事ですべてが収まるはずはないんだから。 でも……そんなことより、レイの顔色がよくない。 「……大丈夫? 疲れてるんじゃないの?」 「え? あー…年越しの準備と明けてからのバタバタでさ、一昨日くらいからあんまり寝てないんだ」 「そんなことだろうと思ったよ…。ほら、客が待ってるんだろ。さっさと行ってきなよ。それから他の雑用は押しつけられないようにね」 「うん。じゃ、あとで」 片手をあげて足早に去っていく。 まったく…。 頑張っているレイに頑張れとは言えないし、言うつもりもない。 逆に、頑張りすぎはどうかと思うよ……。 はぁ……。 帰るのはやめにするか…。 |
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……どーしよ。 何もすることないなー…。 女の子たち、みんな正月客の応対とかで忙しそうにしてるもんな。 そこに出向いてって仕事押しつけられんのも面倒だし。 それで可愛い子と一緒にいられるならともかく、持ち場別になっちゃったら元も子もないじゃん? 城の中はいつもより明るい雰囲気でいいけどさ。 でもそれで誰とも遊べないんじゃかえって窮屈なんだってば。 あー、暇。 …………あれ? 今、踊り場を曲がってったのって……。 思った瞬間、反射的に動いてた。 「レイっ。おはよー」 振り向いて、真っ黒な目が見上げてくる。 レイだ、レイだーv かわいーよなほんとうにもうっっっ。 「おはよう。朝からテンション高いね」 「そりゃもうv レイに会えたからさーvv」 「はいはい、適当なコト言ってなよ」 適当じゃないぞ。 本当に今、針が振り切れるかと思うくらいにテンション上がったんだぜ。 たぶんまたオシゴトなんだろうな、そんな忙しそうにしちゃってさ。 でもその忙しい中のほんの少しでもオレが独占できてるわけじゃん? それってものすごく嬉しい。 「あ、僕、年始の挨拶のお客さんが来てるんだ。悪いけど行くね」 「行ってらっしゃーい。オレはちょっとでもレイに会えてそれだけで嬉しいんだから、文句は言わないよv」 「言わないの? じゃあ、僕と会うのはちょっとだけでいいんだ?」 「……へ?」 「じゃ、あとでね」 何を…言い出すのかと思ったら…っ。 か、かわいいっ。 あいつマジでかわいいって! ヤバいよなぁ…。 「そこの犯罪者。通行の邪魔」 わっ。 高くなりすぎたテンションをもてあまして壁を叩きまくってたオレに、呆れた感じの声v 「犯罪〜? オレなんにもしてないよー?」 「ニヤけた顔で奇行に走ってれば十分怪しいんだよ」 「そんなコトないってば。愛してるよルックv」 「脈絡ないんだよ」 すぐ近くから、見上げてくる。 背の高さの違う分、それだけの距離。 …はー、心臓もたないよなー。 だけど、今抱きしめたら怒られるよな…。 ここ、階段の踊り場で、人通るし。 でも……正月だしね、いいじゃんっ。 「……だから、あんたの行動は脈絡がないって今言ったはずだけど」 「オレの中ではちゃーんと筋道通ってるから大丈夫!!」 「おめでたい奴だよね、あんたって」 まあね、その自覚がないわけじゃないからさ。 オレってば実はとんでもなく安上がりなんじゃないかって常に思ってる。 だってオレを喜ばせるのってすごく簡単じゃない? でも、オレはそれでいいんだから、よし。 自分で納得してればOKでしょ? 「…勝手に陶酔してるとこ悪いんだけどさ。離れてくれない?」 「なんでー?」 「人が来る。もういいだろ」 全然足りないんだけどなー。 ちぇっ。 ほかほかあったかくて、鼓動が伝わってくる感じがして…すっげぇシアワセな気分だったのにな。 ルックもレイも人目気にするんだよなー。 仕方ないんだけどさ。 ルックの機嫌悪くさせちゃうのもアレだから、今は離すけど。 あー、もったいない。 見ると、下の階を誰かが横切ったのが見える。 …それも、足だけ? アレだけ? あの程度でダメなわけ? 厳しいなぁ…。 「僕も行くよ」 「えっ? どこに?」 「石板の前。僕の仕事だからね。何度聞けばわかるの」 「じゃオレも…」 「邪魔」 一刀両断。 口をはさむ暇もないなんて。 「あーあ。レイも忙しそうだし。ルックも構ってくれないし」 「何を子供みたいなこと言ってるんだよ」 「オレまだ子供だもーん。ルックだってそうじゃんかっっ」 ルックは、呆れたように息をついた。 「じゃ、レイの部屋にでも行ってれば? そのうち帰ってくるんじゃないの。そりゃあんたが女の子追っかけ回してレイが帰ってくる機会失いたいなら話は別だけど」 |
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やれやれ。 僕がああ言えば、あのバカは素直にレイの部屋に行くだろうな。 そうでもしなきゃ、たぶんあれは僕についてきていただろう。 息をつくと、それが白い。 もともとが開放的な作りだから、冬は厳しい。 一見見晴らしがよくて守りやすいかも知れないけれど、裏を返せば闇に乗じて攻め込むこともできるということ。 特に月のない夜は、水面に注意しなきゃいけない。 いくら浮かれても、ここは戦争のさなかにある。 だから浮ついてる連中がいる中でも、いつも通りの警備についている兵もたくさんいる。 それを率いているレイは、当然浮ついてはいられない。 理屈ではわかっている。 たしかにレイは年若いけれど、人を率いるのに必要な才はちゃんと持って生まれているし、それでなくともいつも努力を惜しまないのだから、そこは心配ない。 僕が心配なのはそっちじゃない。 才覚にあふれた解放軍リーダーのレイ・マクドールじゃない。 年齢よりも時々幼い顔を見せる、内面のレイの方だ。 実際、レイは丈夫な方じゃない。 まともに寝てないくせに平気そうな顔をしてたけど…無理がたたらなきゃいいけどね。 だからシーナをレイの部屋に行かせた。 なんだかんだ言うけれど、レイはシーナといる時、やたらと安心した顔をする。 本人が気付いているかどうかは別として。 それで少しでも楽になれるのなら、僕はその後押しをするだけだ。 それに……石板の前は、外よりももっと寒い。 こんなところに連れてくるわけにはいかないからね。 馬鹿は風邪ひかないとは言うけれど、馬鹿が風邪をひいたら余計に鬱陶しい。 それだけだ。 大きく息を吐くと、一段と白い。 さすがに寒い…かな。 慣れてるから平気だけど。 レイは挨拶だけでちゃんと戻れるだろうか。 シーナの奴も、ふらふら遊びに行ったりしていないだろうか。 世話が焼けるよ……本当にね。 |
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なんだよこの長蛇の列……。 これが全部年始のご挨拶なわけ……。 しかも、船着き場の奥だもんね。 たしかにここは風が遮られるとはいえ、外だよ、外。 この人数じゃ、扱いはこうで仕方ないんだろうね。 見たところ、大口のお得意さんはいなそうだ。 そういう人なら軍議場で休んでいただきながらってこともできるんだけど。 もちろんこの人たちにもそうしていただくのがいいんだろうな。 でもそれをやってると時間が足りない。 次から次へと来るご挨拶団をさばききれない。 どのみち、年始のご挨拶は「ちょっとお茶でも」と誘われたところで、「いえ、次もありますし、またいずれゆっくりと」って話になるものでしょ? こっちからの誘いだって形式のものだし、後ろに行列ができてるのもちゃんと見えてるだろうしね。 型通りの挨拶。 ほぼ同じ応対の繰り返し。 寒いなー……。 まともな上着、着てくればよかった。 それより、大丈夫かな…。 ルック、あれって石板の方に向かってったよな。 あそこってなぜだかものすごく寒いんだ。 あの前に立つと、結界の中に足を踏み入れたような涼しさを感じる。 夏なら涼しいですむんだけどさ、冬にあれは我慢大会だよね。 平気だってルックはいつも言うけどさ…ものすごく手が冷えてたりするから、気が気じゃないんだよ。 それからシーナ、あいつも心配だ。 あいつ薄着だからさ。 なんか自分のスタイルがどうの、とか言ってたけど、スタイルよりも健康に気を遣えって。 人間は外界に応じて体温調節するタイプの動物じゃないんだから。 寒いんなら上着を着ろって言うんだけどね。 頭を使え、頭を。 …目の前の顔が入れ替わる。 これだけの人の顔を認識するのって大変だ。 笑顔が引きつってきそうだよ。 あぁ、でもピークは過ぎたかな…。 もう少し頑張らなきゃ。 |
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エレベータが開いたとたん、しーん、だよ。 さすが最上階。 VIPのためのフロア。 この階は正月気分ってわけでもないんだなぁ。 食堂のあたりじゃ昼間っから酒あおってる連中で大騒ぎだったけど。 まぁ、人数からして違うから、無理ないのか。 食堂ってことはそれだけで人の往来があるわけだし。 上の階は通らずに暮らせても、出入り口に近い下の階は通らなきゃ移動もできないもんな。 それと、建物の構造上、上の方が風がよく通るんだ。 寒いから人の集まるとこに行くのは当然かもな。 うん、納得。 レイの部屋は、そのフロアの一番奥。 廊下をちょっと行ったとこだ。 窓の広い、しかもそれが両側に並んでるその廊下は、いつも思うんだけど寂しすぎやしないかな。 レイはリーダーだから軍の中でも一番に偉い。 だから一番格の高いお部屋に住んでる。 それはそうなんだろうけどな。 これじゃまるで、意図的に離されてるみたいだ。 離れの塔の最上階に、一人きり…囚われのお姫様みたいだ。 この…扉が木で作られてるのが唯一の救い。 鉄の扉じゃ、オレには開けられない。 「……シーナくん?」 あ、クレオさん。 「足音がしたからレイ様かと思ったんだけど、たしかにレイ様にしては早すぎだね。まだ戻るのに時間はかかると思うけど」 「あぁ、うん、わかってます。でもいずれ終わるでしょ?」 「たぶんね。寒いから中に入ってなさいな。シーナくんだったらレイ様も何も言わないと思うし」 「ありがとうございまーす」 とはいえ。 オレはクレオさんの背中を見ながら考える。 レイは、たぶんオレが部屋の中にいてもたしかに文句は言わないだろうな。 呆れた言葉はくれるかも知れないけど。 でも、レイは今寒いわけじゃん。 オレひとりがあったかい思いしてていいわけ? あ、だけど、あったかい方が冷えきって帰ってきたレイをあっためてあげられるわけだし。 ルックも寒いんだろうなー…。 無理にでも引っ張ってくりゃよかった。 だってあいつ、仕事だから邪魔すんな、って顔するんだもんなー…。 でも、強気で押せば絶対ルックも来てくれたはずだ。 あああ、そんなふたりを差し置いて、オレがひとりでぬくぬくとだなんて、やっぱり無理。 絶対無理だって…。 |
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まだ列は終わらない。 お礼の言葉を口にする。 こうしていながらも、離れない。 ずっと心の中にある。 なんて、不可思議な。 それでも、 |
石板に触れると、なお冷たい。 ひとつ息を吐く。 こうしていながらも、離れない。 心の奥で思っている。 なんて、やっかいな。 けれども、 |
仕方なく、扉の横に座り込む。 壁にもたれかかる。 こうしていながらも、離れない。 心の底からの願い。 なんて、幸せな。 だからこそ、 |
ただ、 「会いたい」。 それだけを思ってしまう。 |
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いつもそばにいるのにどうして? 本当に、不思議だ。 |
僕が誰かに執着する? ありえないと思っていたけどね。 |
純粋にまっすぐにそう思う。 すごく心地いいことだと思わない? |
よし、終わった。 僕は丁寧に付き合ってくれた仲間たちにも挨拶をする。 言葉を交わしながら、城の中に入る。 でも、その姿が見えなくなった瞬間、足が勝手に走り出していた。 僕の思いに、応えるために。 |
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すっかり冷たくなった手を、こすり合わせる。 …僕は…本当に今日はずっとここにいるつもりだったんだけど。 きっと……来るんだろうな。 願いならもう、決まってるから。 そしてそれはすぐに叶うんだろうしね。 |
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こうやって待ってるのって悪くないよな。 いつ戻ってくるんだろうってずっとドキドキしていられる。 たぶん、聞こえてくる足音はふたり分。 オレの読みって結構当たるんだぜ。 もうすぐ……あぁ、ほら。 |
End
<After Words> |
お正月…で、だいぶその期間も過ぎてることですし(汗)、 短いのをひとつ…ということで。 ええと、短い…ですよね? 最近どうもそのへんの感覚が 鈍ってきているような気がするのは気のせいじゃなかろう…。 話としてはものすごく短いですね。 でももしかして、「ルックの一人称」って初めて…? 長めに書くのはもしかして初めてかもしれませんね。 シーナが一番書きやすかったです、ハイ。 単発ものと言うことで、3人を入れ替わり書いてみましたー。 いつも「赤がレイ、緑がルック、オレンジがシーナ」という イメージで書かせていただいてるんですが…シーナがオレンジ、 というのは「なぜ?」と聞かれることも時々あります。 勝手なわたしのイメージなんですけどね…。 なんか、この3人て「しあわせ」だよな……。 いや、それを目指して日々修行してるんですが!!! とにかくこれが2005年の初ノベルになるわけです。 色々書きたいものも書かなきゃいけないものもあるわけですし、 ますますの精進が期待されるところです。 …って客観的に述べてどうするんだろう…(汗)。 しっかりしろ自分ー。ファイトだ自分ー。おー。 |