ある人は、「そこには大昔の遺跡があったらしい」と言う。
またある人は、「古墳だって聞いたよ」と言う。
またある人は、「祠だったんじゃないの?」と言う。
またまた、「なんか古戦場だったって。今でも鎧武者の亡霊を見た人がいるってよ」とも言う。
実際にはそこは代々何の変哲もない農地だったので、亡霊などは現れようがないのだが。
噂とは、まことしやかに流れておきながら、事実を洗ってみると何の根拠もないものだったりする。
しかし、そこはそうだと理解されていながら、「もしかして…」と思わせる何かがある。
今日も今日とて、人間模様は異常だらけ。
ある意味悪霊よりタチの悪いものに取り憑かれているマンションなのでした。
〜 第5話 嵐を呼ぶ、邂逅 〜
April 27th, 2002
★ ★ ★
どうやら、雨が上がったらしい。
昨晩遅くまでうるさかった雨音は、目が覚めるとすっかり静かになっていた。
カーテンの隙間は嫌気がさすほどに明るい。
ゆっくりと伸びをすると、背中が痛かった。
夜更かしをしていて、机に突っ伏したまま眠ってしまったせいだろう。
軽く舌打ちして肩をまわす。
(…ちょっと表出て、体動かすか…)
三上はさっさと身支度を済ませ、部屋の鍵だけを手にして外へ出た。
マンションの外へ出ると、案の定陽射しが強い。
雨の後というのはどうしてこう空がいつもより青いのだろう。
思い切り背を伸ばすと、視界が真っ青になる。
「あぁ、おはよう」
そこに声がして、三上は腕を下ろした。
「…今日も早ぇな」
半ば呆れたように呟くと、近付いてきた渋沢は苦笑する。
「早いつもりはないんだけどな。目が覚めるんだ、自然に」
ふうん、と気のない相槌。
どちらかというと夜型の三上には理解しがたい性質だ。
「それより、今日は三上も早いじゃないか」
「…あー…。机で寝ちまったもんで、熟睡できなかったんだよ」
「なるほどな。道理で寝不足な顔をしてるはずだ」
渋沢の指摘に、三上はぎょっと顔に触れる。
「そんなにオレ、酷ぇ顔してるか?」
「酷くはない…だが寝不足なのはわかるぞ」
笑い含みの渋沢。
三上はそれを軽く睨みつけた。
「…今日って、アレじゃねぇ? 班長会」
「? あぁ。だが班長会は午後だろう?」
「一分の隙も見せたくねェのがいるんだよ」
不思議そうに渋沢が顔を覗いてくる。
三上ははっと我に返った。
「別に、なんでもねェよ。…今日って大した議題ないんだろ?」
「そうだな…些細といえば些細だな。防災は?」
「来週町あげてのやつがあるからそのあとだな。…なら早めに終わりにすっか。オレそのあと町内会にも顔出さなきゃなんねーんだよ」
ひとつ、溜め息。
「まったく、ローカルな話題ばっかだな。面白味もなんにもありゃしねぇ」
「平和な証拠だろう」
「笑いながらしみじみ言うなっ。おまえ本当に悟ってんのな…」
「そうでもないさ」
とうてい同い年には見えない穏やかな笑いに、三上は思わず肩を落とした。
その三上の視界の隅で、黒い影がふらりと外へ出て行った。
たまに見かける、このマンションの住人だ。
三上はちらりと目をやったが、さして興味もないように渋沢との立ち話に戻ったのだった。
陽射しが西に傾きはじめたのを見て取って、将は慌ててベランダへ飛び出した。
あまりに天気がよくて朝一番に布団を干したのだが、こまごまとした用事をこなしているうちにすっかり忘れてしまっていたのだ。
軽くはたいて裏返すと、白が目にまぶしかった。
「やっぱりお天気だと気持ちいいなぁ……」
ぐんと伸びをしながら呟く。
昨日は雨が酷く強かったので、天気予報の「明日からはよく晴れ、暖かくなるでしょう」と言う声に当たるのかとひやひやしたが。
いざ夜が明けてみると、外は雲ひとつない青空だった、というわけだ。
この天気は2、3日続くという。
明日は部屋中掃除しようか。
考えるだけでわくわくする。
将はどうやら太陽と相性がいいようだ。
(そうだ。せっかくだから、買い物ついでに散歩しに行こうかな)
ふとそれを思いつく。
雨上がりの水たまりが残る町をのんびりと歩いたら、気持ちがいいだろうなぁ。
そういえば、近くの商店街まではちょくちょく出かけるが、このあたりを細かく散策したことはまだない。
近場の地理に疎くても、案外平気で暮らせるものだ。
だがそういうところにこそ、小さくても面白い発見があったりする。
よし、でかけよう。
そう決めたら将は早い。
シーツを止めた洗濯バサミを確認し、布団をもう一度叩くと、すぐに部屋の中へ取って返した。
もちろん、外へ出るためである。
支度に要した時間はほんのわずか。
簡単な身支度を整えただけで将は部屋を出た。
マンション特有の重い感触のドア、それを押し開けると風が強く吹き込む。
髪がふぅっとなびいて、頬に心地良い。
「「あ」」
声をあげたのは、ほぼ同時。
ほんの少し遅れて、
「お。ポチ」
からかうような響きの声が追いついてくる。
そこには水野とシゲが部屋の(厳密にいえば水野の部屋の)前の手すりに寄りかかって立っていた。
「でかけんのか?」
シゲが笑いながら聞いてきて、将は頷く。
「はい。買い物のついでに散歩にでも行こうかと思って。シゲさんは?」
「オレはその逆。つい今しがた返って来たトコや。そしたらタツボンに偶然会ったんで、井戸端会議しとったんやけど……そっか、散歩か。えぇなぁ」
「あ、シゲさんも行きます?」
「くーっ。行きたいんはやまやまなんやけどな。ちょっとこれから用事が入っとるんで、今日はパス」
「そうですか…」
すまん、とシゲは手を合わせる。
それを肩をすくめて見ていた水野は、ひとつ息をついた。
その手にはなにやらファイルがいくつかある。
将はふとそれに目をとめた。
「水野くんは? これからおでかけ?」
「ん? あぁ」
水野はそれを少し掲げてみせる。
そこには「防災訓練と災害対策」やら「ごみ収集日の変更について」やらと書かれた書類が入っていた。
「…えぇと…地域の集まりかなにか?」
「まあそんなものかな。このマンションの班長会があるんだ」
そうか、と将は手を打つ。
「水野くん、このフロアの班長なんだもんね」
「そう。…ま、成り行きでね」
水野はそう苦笑して、そのファイルを抱えなおした。
なるほど、町内会の縮小版といったところか。
「あ…それより風祭。でかけるんだったよな?」
「うん」
「意外とこのあたり入り組んでるから。迷うほどじゃないと思うけど、気をつけてな」
「ありがと!」
にこり、と将が笑う。
水野も、ふっと表情を和らげた。
「……なーにやっとんねん。ほら、タツボンも時間やろ。ふたりともさっさと行って来ィ!!!」
曲がり角にあった住宅地図のボードにひととおり目を通して、将はそこを曲がってみた。
初めての道だ。
見たことのない家、見たことのない路地。
それはなんてことのない景色で、それなのにとても新鮮に映る。
一番小さな冒険旅行だ。
通り過ぎる人も、その人が連れている犬も、塀の上から差し掛かる枝も、何もかもが鮮やかだった。
花海棠が枝を広げる庭。
小ぢんまりとした駄菓子屋。
かたことと音を立てる小さな工場(こうば)。
ひとつ角を曲がっただけなのに、こんなに違った町。
将は嬉しくなっていくつも角を曲がっていく。
そうして幾つめかの十字路を曲がったとき、
大きな土手に行き当たった。
「うわあ…」
その土手の上に登って、将は歓声をあげた。
広い河川敷、流れる川はゆるやかで。
「…僕の部屋から見える川…。ここだったんだぁ」
午後の柔らかな陽射しを浴びて、きらきらと水面が光る。
風に吹かれてわずかな波紋、リズムを刻んでいるよう。
河川敷には整えられているところもあったが、背の高い草がそのまま生えているところもあって、それがまた嬉しい。
間違いなく、ここは将のお気に入りスポットのひとつになりそうだった。
本日の大収穫だ。
けれど、思わず目を奪われたのがまずかった。
将がつい足を踏み出したのは、程よく草の伸びた急勾配。
地面につくはずだった足は、見事にスカッと空振った。
「……っわ…」
何とかバランスを取ろうと踏み出した方の足を踏みしめる。
2、3歩でようやく体勢を立て直した……と、思いきや。
がつんっ。
爪先に、何か大きなものが当たった感触。
「え…っ、えぇ……っっっ!?」
それで完全に、持ち直しは不可能となった。
(落ちるっっっ!!!)
────とさっ。
ぎゅっと目をつぶって衝撃に身構えていた将には、一瞬何が起きたのかわからなかった。
思ったほどの痛みはない。
…いや…というか……。
おそるおそる目をあける…と、将の目に飛び込んできたのはどう見ても人の腕。
しかもどうやらこれは抱きかかえられているらしい……。
「───ケガはないか?」
頭上から落ち着いたトーンの声が降ってきて、将ははっとする。
がばっと顔を上げると、涼しい顔をした(無表情ともいう?)少年がじっと将を見下ろしている。
「あ…あの…っ。ごめん、ぼーっとしてて!」
慌ててわびるが、少年はさほど気にしていない様子だ。
「問題ない。それより、あの体勢では右足が心配だな」
「え…っ?」
少年が将の右足に触れた。
ずきん、と痛みが走る。
「…っつ…」
「軽い捻挫だな。立てるか?」
すっと少年の視線が、真正面から将を捕らえた。
(……わぁ)
瞳と瞳がぶつかる。
じぃっと覗き込んでくるその瞳は、濃い土の色だ。
暖かい大地の色だ。
ちゃかちゃーん。
唐突に小田○正の「ラ○・ストーリーは○然に」が流れ出した(もちろんBGMとして)。
少年は、不破大地と名乗った。
どうやら将はよろめいた上に寝転がっていた不破の腕に躓いてしまったらしい。
どうしてこんなところに、という将の問いに「川を見ていた」と答えるだけならまだしも、「この川の流れは大体毎秒このくらいで広さはこのくらいだから云々」と観察結果をとうとうと並べるあたりが、ただ者ではないことをまざまざと見せ付けてくれる。
そしてしゃべりながら、てきぱきと将の足首に応急処置を施した。
素直に、
(すごいなぁ……)
と思う将である。
「不破くんって、頭いいんだね」
理路整然と自説を述べる不破に、将は心底感心してそう言った。
不破はふと目を上げて、
「ならおまえは何故あんなにぼんやりしていたんだ?」
そう問い返してきた。
自分の失敗に頬を赤らめながら、将は首を傾げる。
「う…ん。川面が綺麗だったからかな」
「それだけか?」
「それだけだよ。まぶしくて、それがいろんな形に揺れるのが綺麗だったから、見惚れちゃったんだ」
「…綺麗だから…か」
不破はそう繰り返して口を閉じた。
そして、なにかおかしなことを言ったのかと将が心配になった頃、なにを理解したのか一度大きく頷いた。
「それは感情だけで足を滑らせた、ということだな?」
「あはは…そうなのかも。ぼくってドジなんだよね。…でも、綺麗なものを見るのは好きだよ。そう思って見てると、もっと綺麗なものが見られるんだ」
それを思い出したように、将はふわりと笑った。
警戒心のまったくない笑顔。
不破はわずかに目を見開いた。
そんな笑顔、今まで一度も見たことがなくて……大きな衝動が不破を襲ったことを、将は知らない。
「そうか…そういう考え方もあるのか。風祭…なんだか興味深いな」
「え?」
不破のつぶやきは、幸か不幸か将には聞こえていなかった。
「あ、そうだ、布団取り込まなきゃ!」
しばらく話し込んでから、将が突然立ち上がった。
「布団? 干していたのか?」
「うん。天気がよかったから」
「そうか…では帰るとするか。風祭、おまえはどこに住んでいるんだ?」
「え、ぼく? ほら、あそこに見える…あのマンションだよ」
「なるほど。俺と同じマンションに住んでいるのか」
「そう。……って………えええええっ!?」
その頃、マンションの3階では。
「……タツボ───ン。ちったぁ落ち着けや……」
まるで門限を過ぎてもまだ帰らない娘を待つ父親のような表情で廊下を行ったり来たりする水野の姿があった。
横でシゲが呆れているのも仕方がないというものだ。
「だってあいつ、買い物と散歩、って言って出てったんだぞ。あれからもう何時間経ってると思ってるんだ、シゲ!!」
「あーはいはい。どうどう。あんなぁタツボン。ポチかてはじめておつかいにでた幼稚園児とはちゃうんやで? 迷ったところで、誰かとっつかまえて道聞くぐらいできるやろ」
「だけどもしものことがあったら……っ!!!」
「それこそ、オレらが取り乱したらあかんで」
「…………っ」
これでも昔はもう少し扱いやすかったのに、とシゲは思う。
水野といえば「クール」という形容がまさにしっくりと来る少年だったはずだ。
いつからこんな激情タイプになってしまったのだろう。
いや。
いつから、だなんてそんなまどろっこしい。
まぁ間違いなく、将が越してきてからなのだが。
そこに将の声がした。
階下の方から近付いてくる人の話し声、それはずいぶんと小さかったが、片方が将だということが水野にはすぐわかったのだ。
「風祭…っ」
小さくつぶやいて、水野がそれに著しく反応する。
シゲはこっそりと溜め息をついた。
しかしそれも水野には届かない。
階段前のホールに将の姿を探して、そうしてその隣に不破の姿も発見してしまった。
(……あれは…不破!? なんで風祭と……)
そこで将がこちらに気付いた。
「水野くん!」
将は笑って手を振る。
水野も微笑んで手を振り返してみせるが、その心中やいかに。
もちろん同フロアの人間だ、水野とシゲは不破を知っていた。
しかも超天才的頭脳と抜群の身体能力を持つプライド・クラッシャーの異名さえも。
他人とはあまり付き合いのない不破が将といたことは、ふたりに少なからずショックを与えた。
シゲは新たな問題に頭を抱え。
水野は何か言い知れない不安と、漠然とした感情を抱いていた。
そして極めつけが、
「オレは風祭の笑顔を解明したい。それにはそばにいるのが一番効率がいい」
爆弾、投下。
見えない爆風がとんでもないスピードであたりを薙ぎ払う。
水野なぞ表面では冷静にしていたが、頭の中は既に真っ白な豆腐と化していた。
さりげなく将の隣に立ち、しれっとそんなことをのたまう不破。
ここにも、ひとり。
人間模様は、異常のひとことでは済まされない。
また新たな波乱の気配がひたひたと近付いてきているのでありました。
continued ♪
<After Words> |
あー……なんかもう……。言葉もございません。 お久しぶりでございますvv(爆撃) なんだってこう遅いんでしょう。そろそろシャレになりません。マジで。 ああああ、皆様のツッコミが聞こえるー……。 ええと。とうとうもしかすると大本命、不破っちの登場です。 というか、冷静に見ても原作者のメインカップリングなんじゃないかと思える不破将です。 なので、わたしは原作にしたがって書いてます(笑)。誇大表現なし(笑)。 でもなぁ、これ以上やっちゃうとまずいよマジで、ってところでしたね。 例のちゃかちゃ〜ん♪が流れてるあたりでもうヤバいです。 まあいっか、一応パロディだしー。さわやかボーイズラブコメディなんだしー。 そう、コメディなんですよね! よーし、あんなことやこんなことを…いや、しませんけど。 ……ところで、小田○正の「ラ○・ストーリーは○然に」って言って、もしかして 何のドラマだかわからない人っていませんか。 いえ…そろそろ時代的にわからない人もいるんじゃないかなー…って。 さて。何はともあれ、この続きはどうなるんでしょうねー。っておまえが言うな。 |