〜存在 −existance−〜

January 25th, 2001

★ ★ ★







 唐突に、気になった。
 今までは、何も…そう、たったひとかけらの興味さえなかった。
 これまでに対戦してきた、数多くのチーム…。
 その中でも、そのチームは弱小で、オレたちとは対戦する価値もない。
 そう思っていた。
 実際、オレたちは勝ったんだ。
 渋沢は「苦戦だった」なんて言うが、所詮試合なんて勝つことに意義がある。
 その意味でも、勝ったはずだった。
 ひとりズバ抜けたMF、何をしでかすかわからないGK。
 それだけのチームだ。
 ただ。
 やけに存在感の強いチビがいた。
 気がつくと、試合の中心がそのチビにあったりした。
 聞けば、昔うちのチームの隅っこにいたという。
 そう言われてみれば、どこかで見たことがあったかもしれない。
 その程度だ。
 なら……どうして気になる?





 今夜は風が強い。
 がたがたと寮の部屋の窓がひっきりなしに鳴る。
 そんなわけでさっさと集中力をなくしたオレは、真っ暗な窓を眺めながらシャープペンをくるくると回していた。
「暇そうだな」
 隣でペンを走らせていた渋沢がそう笑った。
「───やることは一応終わっちまったしな」
 第一、こうがたがたうるさくされちゃあ、やる気も失せるってもんだ。
「それでなくとも体動かしてねぇから…なまっちまいそうだぜ」
「まぁ、考査中は仕方ないな」
「試験なんて、3日も4日もやってると飽きてくるしよ」
「それももうすぐ終わりだろう。そうしたらいやでも毎日練習があるさ」
「…なんかそれもぞっとしねぇな……」
 机に頬杖をつく。
 落とした目の先には、数字と四則演算子が整然と並ぶ。
 勉強は、嫌いじゃない。
 嫌いだったら、いくら特待があったって、頭のデキもよくなきゃついていけないこんな学校になんていられねぇし。
 ……けど。
 なんだかつまらない。
 何かが足りない気が、かすかにする。
 普段は気にならないくせに、ある瞬間、ふと思っちまう。
 一体なんだって言うんだ。
 あぁ、気にくわねぇ。
 そんなオレを見ていた渋沢が、ふいに真剣な顔をした。
「…三上? 最近どうしたんだ?」
「は? オレがか?」
「あぁ。このところやけにぼんやりしていたりするじゃないか。何かあったのか?」
「別に何も…」
 言いかけたとたん、廊下でドタバタと足音がする。
 オレも渋沢も言葉を切った。
 その音を追うようにぱたぱたと大人しげな足音が続いて、すぐにドアが鳴る。
 まぁたあいつらか……。
 よくもまぁ、こうも毎日来るもんだ。
「……どうぞ」
 渋沢が声をかける。
 どうせ相手はわかってんのに、オレは返事をする気にもなれない。


「キャプテーンっっ!! ここ教えてくださいー!!」
 ドアが開くと同時に声がなだれ込んできた。
 予想をするまでもなく察しがついた奴だったから、驚きはしない。
 呆れただけだ。
「…藤代。今日はどの問題だ?」
 さすがの渋沢も苦笑ぎみで。
 そりゃそうだろ、一応オレたちは仮にも“クラブの先輩”なんだぜ?
 そのオレたちの部屋に入り浸ってるっていうんだから、すごい根性をしてるもんだ。
 とはいえ、それをカケラも迷惑に思っちゃいねぇ渋沢もたいしたもんだけどな。
「ここなんですけどねっ」
 図々しいくせに、憎まれたりはしないんだから。
 まったく、得な性分だぜ。
「すいません、毎晩…。どうしてもわからないところがあって」
 後ろからぺこりと頭を下げてくる笠井が、(これが普通ってもんだろうが)やたらと礼儀正しく見えてくる。
 どっちにしたって笠井も毎晩オレたちの部屋に来るんだから、ハイテンションな藤代に誤魔化されそうな気もするが、実はコイツもかなりしたたかなのかもしれない。
「ったく。オレたちだって試験中だってこと忘れてんじゃねーのか」
「えーっ。三上先輩今勉強してなかったじゃないですか!」
「してたんだよっ。あーもううるせー奴だなっ」
「まあまあ。ふたりとも」
 仲裁したのは、いつも通りに渋沢だ。
 笠井も、
「そうだぞ、藤代。せっかく先輩たちが教えてくれるって言ってんのに」
 なんて言いながら藤代を引っ張り込む…が、ちょっと待て。
 たち、って。
 それはオレも入ってんのか?
 オレは椅子から立ち上がる。
「ちっ。つきあってらんねぇな」
「三上? どこへ行くんだ?」
「散歩にでも行ってくる。毎晩毎晩、面倒臭ぇんだよ」
 するとまた藤代が「えー」を連発する。
 まったく、どっかの女子高生か、コイツは!
「一緒に勉強しましょーよー!」
「一緒ーぉ? 邪魔してるだけじゃねぇのか」
「酷いですよ。ねっ、先輩v」
「ひっつくな、気色悪ィ!」
 なんだか知らねぇが、コイツは人のペースをとことん崩す。
 この藤代とマトモに会話ができるって意味で、オレは渋沢を尊敬するぜ。
 その渋沢が、
「すまないが、手伝ってくれないか。さすがにふたり一度には見てやれないから」
 なんて言ってきた。
「ちょっとだけですからv」
 と、藤代。
 …ちょっと、って毎晩言ってんじゃねぇか。
 1日2時間でも、1週間も続けりゃ半日になるんだよ。
「ここがわからないんですけど、三上先輩」
 と、笠井。
 おい、それって決定になってねぇか、既に。
 3対1、かよ。
「……しょーがねーな。見せてみろよ」


 そこ違ェよ、と丸めたノートで藤代の頭を殴りつける。
「いったー…殴んないでくださいよ、頭悪くなっちゃったらどーするんですか」
「安心しろ、それ以上悪くなんねぇよ」
 毎晩こんな調子だ。
 同じようなやりとりしてて、楽しいかね。
 思いながら、なんだかんだいってこいつらの勉強見てやってるオレもオレか、とも思う。
 そんでもって、大体同じ展開になるんだよな。
「あ、そういえば先輩、この前の対戦チームのことなんですけど」
 大抵藤代が、こんな感じで脱線する。
「ホント藤代の頭の中ってサッカーのことしかないのな」
 ぼそりと笠井が言うが、オレも同感だ。
 オレたちだって、人のこと言えた義理じゃねぇが。
「気持ちはわかるが、まずは目の前の試験だな」
 仕方なさそうに渋沢がフォローを入れる。
 これも毎晩のことだ。
 藤代の暴走を止められるのは渋沢くらいなもんだからな。
 だが今夜はちょっと勝手が違う。
「でも、桜上水が…」
 なんて藤代が言い出したからだ。
 その“桜上水”って言葉に渋沢の目が興味の色を示した。
「また行ってきたのか」
「いやー、さすがに向こうもテスト前でしたから、ホント遊びに行ってきただけですって」
「それもどうかと思うが…考査前ならなおさらだろう」
「だってずいぶん風祭に会ってなかったんスよー」
「風祭に会ってきたのか。元気だったか?」
「えぇ、もうv 勉強ばっかりでサッカーできないってつまんながってましたよ」
 …始まっちまったか。
 このコンビは、この話を始めると長い。
 いつまでたっても戻ってきやしねぇ。
 ったく、この桜上水ファンクラブが!
 目の前では、困った顔をした笠井がシャープペンを握ったまま固まっている。
 あああ、ったくよぉ。
「……笠井、そんなアホ共ほっとけ。オレが見てやる」
「…すいません」


 笠井相手だと、とんとん拍子に勉強が進む。
 普段かかる時間の半分くらいで笠井がわからない、と言うところを一通り見終えた。
 毎度脱線をかます藤代が、未だ渋沢と喋り込んでいることが原因だろう。
 よく話題がつきねェもんだ。
「感心しちゃいますね」
 教科書をまとめながら笠井がつぶやく。
「あ?」
「キャプテンと藤代、ですよ。ほとんど俺たちのこと目に入ってないんじゃないですか?」
「……だろうな」
 この集中力はいったい何なんだろーな。
 藤代もその集中力がありゃ、わざわざここに勉強しにくる必要もねぇだろうに。
 もしかしてコイツ、ただ遊びに来てるだけじゃねぇのか……。
「まぁ、たしかに。面白いチームではありますよね、桜上水って」
 は?
「いきなり不破ってGKが殴り込んできたこともあったし。それに、さりげなく役者が揃ってる気がするんですよね。そう思いませんか」
 そうかね、とオレは気のない相槌を打つ。
 実際、興味なんてねぇからな。
 “興味”の例外として認めんのは、あの水野だ。
 転校云々の話は結局うやむやになったらしい。
 だが、気にくわねぇのは変らねぇ。


 そこで、ふと。
 オレが監督と水野の仲をこじらせようと一芝居打った、あの夜。
 そんなことを思い出していた。
 完璧だったはずの。
 最初オレは、水野がひとりではないことに戸惑った。
 だがそんなことはどうでもいい。
 ちゃんと前もって考えた台詞(セリフ)を、突っかかることもなく喋りあげた。
 そして狙い通り、水野は親父に掛け合いに行った。
 完璧だ。
 ここまでは。
 ……なんでか、なんて。
 そんなのは今更よくわからない。
 けど。
 オレは、気がつくと、
 そいつに真情を吐露していた。
 …渋沢にも、言わなかった、のに。


 ───風祭 将。
 あいつは……何者なんだ?


「……先輩? 三上先輩?」
 オレは笠井の声で我に返る。
「あ?」
「あ? じゃないでしょう。どうかしたんですか」
「どーもしやしねぇよ」
 言い放って。
 目をそらしたその先に、オレの脳裏に浮かんだそいつのことで盛り上がる渋沢と藤代がいる。
 渋沢と藤代が……誰よりも気にかけてる、そいつ。
「…それより藤代。夜食持ってきただろ」
「えっ? あ、そうだ。キャプテンも食べますー?」
「この時間にか? 健康に悪いぞ」
「いいじゃないですかv あ、三上先輩も」
「……付け足しみたいに言うんじゃねェよ」
 その存在が、気になる。
 すべての距離を無視してしまうくらいに。
 それは、純然たる興味だ。
 それ以外の何者でもあろうはずがない。
 ただ、それだけの。
 なら……どうして気になる?





 騒々しく更けていく夜の中で、オレはまたその疑問を自分自身に投げかける。
 だが、その答えはあるんだろうか。
「……三上。おまえらしくないな」
 渋沢は言う。
 そうだ。
 オレらしくねェ。
 オレ、らしく。





End




<After Words>
さて。風音は一体何を考えていたでしょう。
  1.三v将を書こうと考えていた。
  2.森のゆかいななかまたちを書こうと考えていた。
  3.とりあえず三上が書きたかった。
  4.ちょっと笠井。
  5.別になにひとつとして考えちゃいなかった。
…んー。正解は、5番が一番近かったかなぁ。つまり風音もなんにも考えずに…。
けど、何も考えずにとりあえず書き出してみて、それが三上になっちゃうわたしってどうよ。
なんで三上なんだろう…今のとこ原因は不明です。
あるとしたら、笛!ページの影の総裁妹。(仮)の陰謀……。かもしれない。
謎だ。そして謎のまま終わる。続きでもありそうな雰囲気のまま、終わる。



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