〜Happy Summer Wedding!?〜

July 16th, 2000

★ ★ ★







「仕度はできたか?」
 開け放した扉の向こうからそう声がかかる。
「功兄!」
 振り返った将の、はじけるような笑顔。
 黒のスーツでいつもよりびしっと決めた風祭功は、弟のその笑顔に苦く笑う。
「まさかあいつの嫁になるとは驚きだけどな」
「ごめんね、功兄……」
 しゅん、とうなだれた将の頭を、ぽんと叩いて。
「気にすんな。おまえが幸せならそれでいいさ」
「…ありがとう」
 自分にはすぎた兄であると思う。今日からはまた別々に暮らすことになるけれど、功が兄であることはずっと変わらない。
「あとはあっちの仕度だな。それじゃ将、先に行ってるからな。しっかりやれよ」
「うん」
 功が行ってしまって…将は深く息をついた。
 そう、いままで……本当にいろんなことがあったから。

【Date】

 待ち合わせ場所に走っていた将は、目的地にすでに約束をしていた人物が立っていることに気が付いた。朝食の片付けをしているうちに時間が過ぎてしまったのだ。
「ごっ、ごめん天城! 遅れちゃって…」
 慌てて駆け寄って、それだけを言う。いいわけを言っても仕方がないから。
 けれど天城燎一は、ほんの少し唇に笑みを浮かべて、
「よぉ」
 …そこに出会った頃のような棘はない。本当に穏やかになった…と将は思う。その笑みはすぐに引っ込んでしまったけれど、何もいっぺんに変わってほしいわけじゃない。
「映画もう始まっちゃうよね。ええっと…行こう」
「そうだな」
 先だって歩き出した将に続いて、燎一は足を踏み出す。将よりもずっとコンパスが長いから、追いかけるまでもない。あっという間に将に並んでしまった。…けれど。
(……あれ?)
 燎一に遅れまいと歩みを早めようとした将が、ふと気付く。すぐに追い抜かれてしまうだろうと思ったのに、見上げると隣で、自分よりすごく背の高い、端正な横顔……。
(天城…もしかして僕の歩調にあわせてくれてる?)
 くすぐったい気分。ほんのわずかな気遣いが、こんなに嬉しくて。将のほっぺたがわずかに赤くなった。
「…ねぇ、天城」
「なんだ?」
 見おろした恋人の、キラキラ輝く笑顔。
「腕、組んでいい?」
「!」
 燎一は目を見開く。けれど恋人のこの笑顔には、勝てやしないから。
「……好きにするんだな」
 わざと無表情に言ったのは、もしかして照れ隠しだったりするのだろうか。嬉しそうに腕にしがみついてきた将に、燎一は唇の端でそっと微笑んだ。

【Proposal】

 星の降る音が聞こえそうなほどに静かな夜。空の彼方で煌めく星が、優しい光を地上に届けて。
「きれいだね…」
 思わず呟いた言葉を、隣で歩いていた恋人が聞きとめた。
「そうか?」
「うん。ほら、いろんな色がある」
 無邪気に笑う将に、わずかに首を傾げて。
「星が色を持つというのは、その星の温度による光の屈折率が……」
 例の癖が出たらしい。それまでの口数の少なさとはうって変わって朗々と語り出すものだから、将が慌てる。
「あっ…ちょっと待って、不破くんっ」
 中断させられた不破大地は、なんだ? という顔で将を見た。
「えぇと…僕が言おうとしたことはそうじゃなくて…」
 本当は、楽しかった今日一日の締めくくりにこんな綺麗な空をふたりで眺められたこと…そんなことを思っていた将だった。けれど、それを面と向かって言うとなると、やはり少しだけ照れてしまう。
「風祭?」
「…うん。不破くんと一緒にこの空を見られたことが嬉しかった。それだけなんだけどね」
 頬を紅潮させて将が笑った。けれど大地は、一瞬目を見開いて…ぼそりと呟く。
「やはり、おまえはよくわからない」
 その言葉に、今度は将が目を瞠(みは)る。そして、そっと目を伏せた。
 今までは『壊す』ことが主で『育む』ことをしてこなかった大地だ。是も非もなく思いを通い合わせることは『育む』ことの最たるものであるから、大地にはまだ難しいのかもしれない。それでも目の前ではっきりそう言われてしまうのはやはり悲しかった。
「風祭」
 だからつい意識が飛んでしまっていて、呼ばれて反射的に顔を上げた将は、差し出された青いベルベットの小箱にきょとんとしてしまう。どうやら受け取れということらしい。
「……俺にはおまえがわからない。だから」
 将が小箱を受け取ると、大地はそっとその言葉を告げる。
「だから一生側にいて、理解することに決めた。受け取ってくれるだろう?」
 呆然としてしまう。今、なんて? そして、その箱の中……。
「不破くん…これって」
 言ったきり、将は言葉を失った。が、みるみるうちにその瞳が濡れていく。
「……どうして泣くんだ?」
「…だって……嬉しいから……」
 それ以上の言葉が必要だったろうか?

【Marriage ceremony】

 長い時間と、様々な出来事を経て、今日という日がある。白い桟の大きな窓から外を眺めながら、将はそんな今までのことを思い出していた。
「風祭……」
 背中から、優しい声が自分を呼ぶ。振り向いた将は、その姿を見てふわ、と微笑んだ。それは白い羽を広げた天使のよう。
「…支度はできたみたいだな」
「うん。水野くんの方も」
「周りはバタバタしてるけどな。こういうのって本人が一番落ち着いてたりするもんだ」
 言いながら歩いてきた白いモーニングの水野竜也は、わずかに目を細めて立ち止まった。
「? 水野くん? どうしたの?」
「いや…似合うな、と思って」
「え」
 ぼんっ、と将の顔が真っ赤になってしまう。それがあまりに将らしくて、竜也はぷっと吹きだした。
 ……が、お世辞ではない。その純白の衣装は将の白い肌にとてもよく似合う。汚れのない、純白……。
 真っ赤になった将は、それでも顔を上げて。そのキレイな瞳のままでそっと呟いた。
「水野くんも似合うよ。かっこいい」
 愛しい、愛しい、恋人。この広い世界の中から、探し出した一粒の宝石。宝箱の中にしまってしまうより、いつも共に在(あ)ることを望んだ。
 大切な…あなた。
 ふと竜也は、将の肩がわずかに震えていることに気が付いた。
「風祭?」
「え? …あぁ、ちょっと…緊張しちゃって。一生に一度の晴れ舞台だっていうのに、僕、うまくできるかなぁ。きっとみんなの前だから、あがっちゃうんじゃないかな」
 あはは、と笑う将に、竜也は穏やかな笑顔で。
「それじゃあ…今俺たちだけで誓おうか。それなら緊張しないだろ?」
「水野くん……」
 たったふたりだけの、誓いの言葉。証人なんていない。でも、それでもいい。ふたりだけ。
 欲しかったのは、ただそれだけのこと。

【Bridal night】

「あーっ、疲れたぁーっ」
 ばふん、とベッドに飛び込んで。整えられた花柄のカバーがしわを作る。
「僕もちょっと…」
 将も隣のベッドにちょこんと座り込む。
 夜もだいぶ深まった。思いの外2次会が延びたせいだ。みんなこれでもかと2人を離さなかった。
「やっぱスピーチとかなくしたほうがよかったかなー」
「そうだね。…でも、やっぱりお世話になった人たちだし」
「でも4時間全部でかかったっていうのはさ」
 確かに。枕になつく藤代誠二を見て、将もそう思った。それくらいの時間じっとしていることくらいならなんでもない。それがただ長いだけ(でもないのだが…)のスピーチでもだ。
 だが、あの窮屈な格好での4時間はたっぷり12時間くらいに感じられた。けれど、それもこれからのふたりきりの時間のためのほんの少しの我慢だと思ったから。
(それを考えたら、短い時間だったよ)
 なにより、式のあいだじゅうずっと嬉しかったから。
 と。誠二と目が合った。誠二はふいににへっ、と得意の笑顔を浮かべる。
「しょーーーーーおvv」
「え…っ、ふ、藤代くんっ!?」
 名前で呼ばれたことなんてないから。だから、どきっとした。
「だってさ。これで俺たち夫婦なんだしv」
 夫婦……。
 その言葉にも将は照れてしまう。
 誠二は嬉しそうに笑いながらおいでおいでをする。
「ほら。ここ、ここv」
 誘われるまま、将は誠二のベッドに腰掛けた。将が側に来るとさらに嬉しそうににこにこする。
「これから、ずっと一緒だなvv」
「う…うん」
 頬を赤く染めながら、将も笑って頷いた。
 その笑顔を満足げに見た誠二は、ようやっと体を起こした。…と、その左手がなぜか置きっぱなしになっていたテレビのリモコンのスイッチに触れた。ぱちん、と電源が入って映ったものは。
「…え。こんな時間に試合?」
「海外の中継じゃないのかな」
「あ、そっか」
 ふたりが、三度の飯より好きなもの。
「あっ、外したっ!!!」
「あーーーーーーっ、惜しいーーーーーーっっっっ!!!!」
 いつの間にか熱中しているふたり。夜はそうして更けていく。

【Shopping】

 これでいくつめだろう。ダンボールを開けながら将はそう思う。引っ越しってこんなに大変なものだっただろうか。…あぁ、ふたりぶんだからか。
 日差しのあたる暖かいフローリングの床…窓の外の抜けるような青空。暑いけれど心地よい。
 全く絵に描いたような新居がよく見つかったものだ。
 将は気分も良くダンボールの整理に再びとりかか……ろうとしたときだ。
「なぁ、買い物行こうぜ」
 カウンター越しにそう声をかけられた。
「え? でも、片付けがまだ…」
「そんなの後でいいじゃんか。ほら」
 半ば強引に、将は買い物に連れ出されたのだった。
 街は夏の太陽に照らされて、はっとするほどのクリアな色合い。景色も揺らいで見えそうなほど地面が熱せられているというのに、椎名翼はものともしない。
 しかもこれといって急がなそうな他愛のない買い物ばかりだ。
「将。疲れた?」
「あっ。大丈夫ですっ」
「無理すんなよ。暑くて倒れそうだって顔に書いてるくせに」
 そう言うと、勝ち気な性格をそのまま映したような笑顔を浮かべる。
「んじゃ、あそこ入ろうぜ」
 翼が指したのは、小綺麗な喫茶店。実は図星だった将に異議はもちろんない。
 そうして翼がふたりぶん、と言って頼んだのは、
 ……チョコレートパフェ?
(なんだか…翼さんとチョコレートパフェって…意外に似合う)
 そんな風に思う将は、自分も似合っていることに気付いていない。
 翼がパフェに長いスプーンを刺す姿は確かに様になっていて怖かったが。…だが、翼がそのスプーンをさっと将に差し出したのを見てきょとんとしてしまう。
「へ……?」
「あーんって言ってるだろ」
 冗談でもなさそうに言われて、将は慌ててそのスプーンからアイスクリームを食べた。生クリームのふんわりとした甘さと、アイスの冷たさ。
「美味しいだろ?」
「あ…はい」
「そりゃあ僕が食べさせてあげてんだから、当然だよな」
 翼はにこりと笑う。…小悪魔の笑みで。
 この人には勝てない…そんな風に思う将だった。

【Pretty thing】

「ただいまー」
 部屋の中に呼びかけるが、返事がない。いつもなら帰ってくるとぱたぱた駆けてくるのに。
(あの笑顔で迎えに来るんが可愛いんやけどな)
 仕方なく、自分でラックからスリッパをぱたんと落として。そうして、捜索にでる。
「ポーチ」
 台所。
「帰ったでー、ポーチ」
 浴室。
「どこや、ポチー」
 すると、庭に続くガラス戸が開く。そこから大量の洗濯物を抱えた将が入ってきた。
「あ、シゲさん。おかえりなさい」
「おかえりやないで。旦那が帰ってきたらしっかり迎えに来んと」
「ごっ、ごめんなさいっ。気付かなくて」
 本気で肩を落とす将に、佐藤成樹はにっと笑みを浮かべて。
「あぁもう。ジョーダンやジョーダン。おまえは俺の側にいてくれたらええんやから」
 成樹はぐしゃぐしゃと将の頭をかき回す。が、両手がふさがっている将はなすがままだ。
「ちょ…ちょっと、シゲさぁんっ」
 必死に制止を求めるものの、功を奏すわけもなく。成樹は悪びれもしない。
「ほら、土産や」
「え?」
 そう言って唐突に差し出された成樹の手のひらの上。茶色くってふかふかの、目が大きい子犬。
「うわぁ…かわいいですねっ!! どうしたんですかっ!?」
「角のタバコ屋に張り紙があったんや。おまえによう似とって可愛いやろ」
「…ぼ、僕にって…」
 将は耳まで真っ赤になる。だが、そんな自分を笑って見ている成樹の視線に気付くと大慌てで、
「えっと…あっ、そうだ! 名前! この子の名前は考えてあるんですか?」
「おう。カザ、なんてどうや」
「え? それじゃ僕の名前と同じじゃないですか」
 それを聞いた成樹は、してやったり、という顔。
「なんでや? おまえもう俺と結婚したんやから、名字違うとるやん」
「あ、そうか。…って……!!!!」
 ぼんっと顔が赤くなる。成樹はすでに爆笑モードに入っていた。

【Holyday】

 コトンコトンと包丁の音。漂ってくる湯気の香り。穏やかな夕暮れ時。満ち足りた時間。
 そしてなによりも自分のために料理を作る愛しい人の背中…。
 手伝う、との申し出を「お休みの日くらい、ちゃんと休んでてください」と言ってくれた笑顔。
 そのすべてが大切で、愛おしくて。
 自分が求めていたのはこれだったのだと改めて実感できる。
「先輩! もう少しでできますから」
 忙しそうにバタバタと走り回りながら、将はカウンター越しに声をかける。渋沢克朗は、それに微笑みを返す。
「……あぁ」
 ずっと将を見てきた。初めて見た時から。それ以来、その存在がいつも気になっていた。だから、最初から将のことが好きだったのだ、たぶん。
 だから、自分の想いに将が答えてくれたとき、どれだけ嬉しかったか。
 将は今でも克朗のことを「先輩」と呼ぶ。でもそれでよかった。「先輩」と呼んではにかんで笑う将が、とても好きだったから。
「……痛…っ」
「将!?」
 ふいにあがった将の声に、克朗は瞬時にして駆けだしていた。将が顔を上げると、もうそこには心配げな克朗がいる。
「どうした、将。どこか切ったのか?」
「あ、えぇ、ちょっとだけ……先輩!?」
 将が慌てたのも無理はない。将のわずかに血のにじんだ指先を克朗が口に含んだのだから。
「え、えーと、その……あの……」
 言葉が見つからない。克朗は唇を離すと、何事もなかったように笑った。
「大したことはないみたいだな。よかった」
 そうして、その言葉が終わらないうちに。
 克朗は、将をぎゅっと抱きしめた。…強い、腕で。
 将はほんの少し迷って…おずおずと克朗の背に手を回す。
「ずっと…一緒にいよう。これからも」
「…はい」
 暖かな約束は、夕餉の香りにとけていく。

【Everydays】

(そろそろかな……)
 ダイニングの時計を覗き込んで、将はコンロの火を止めた。
 帰るコールはなし。けれどいつも大体この時間だ。疲れて帰ってくるのだから、温かい食事で迎えてあげたい。
「よし、できた…と。あとは帰ってくるのを待つだけだよね」
 そこに。
 ──ピーンポーン。
「あっ。帰ってきた!」
 なんていいタイミングだろう。将はエプロンを外す間も惜しんで玄関にぱたぱた走っていく。
「おかえりなさい!」
 ドアを開けると、案の定旦那様だ。実は、将が間違えたことはない。
「ほら」
「…え?」
「え、じゃねぇだろ」
 そう、旦那様三上亮が(どちらかというと一方的に)決めたお約束。“お出迎えのキス”。
 ちょっとほっぺたを赤くしながら、将は亮の頬に軽くキスをする。
「あ。えーと、それで……すぐご飯にしますか? それともお風呂が先ですか?」
「おまえが欲しい」
「っ/////」
 毎度毎度、お約束と知りつつもかましてくれる亮。だがもっとタチが悪いのは、それが本気だということ。そして将もそれにたまに(約87パーセントの確率で)流されてしまうことも困りもので。
「あのっ、でも、今ちょうど夕食ができたところなんですっ。だから…えっと」
「わかったわかった。……じゃ、あとでのお楽しみってことでな」
「って、三上先輩っっ」
 言ってしまって、将ははっとする。が、時すでに遅し。気が付いた亮がじっと将を見ている。
「またおまえ“先輩”って言ったな?」
「す、すみません、つい今までの癖で…」
「おまえはもう俺のもんなんだぜ? 名前で呼べって言ったよな?」
 そこで何を思ったのか。亮はにやっと笑った。
「罰として、明日の出迎えは裸エプロンな」
「っええぇぇーーーーーっ!?」
「なんだ? 俺のこと愛してるんだろ?」
「……それは…えと…愛して、ます…」
 将はもうゆでダコのように赤い。どうしてこの人のペースに、こんなに乗せられてしまうんだろう。
「俺も愛してるぜ…将」
 例の笑みを浮かべたまま、耳元で亮はそう囁く。いったいその笑顔が何を意味するのか……。
 とりあえず、夜も人生も、まだまだ果てしなく長い。


──いつでも どんなときでも
    いっしょがいちばん
    うれしいね





End




<After Words>
某ホイッスル! のたぶんこれが最初で最後の作品なんじゃないかなー。
わかんないですけど。人生どう転ぶかわかんないからこそ人生だし。
ところで、風音の本命はいったいどのカップルなんでしょうね。
本人がよくわかってないですけど。
一番書きやすかったのは三上先輩だなあ。気分良かったのは水野くんだけど。
さて。いかがなもんよ。妹。さん。
とりあえず君の好きなオレンジで攻めてみたけどさ。

↑ここまでが、「月の庭園」のその他のジャンル、にあったときのコメントです。
最初で最後……だと思ってたのになぁ。いつの間にやらこんなことに!!



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