July 16th, 2000
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手のひらからこぼれた光が、夜の底に光溜まりをつくる。
静かに満ちてゆく闇の中で、それはとても眩い。
家々の輪郭を縁取り、溶けるように明るく、冴々と。
その光はやすらぎの証。
遠く昔に失った胎内のぬくもり。
眠りを抱く大きな腕(かいな)。
その中央に踊る影は、本当はなんのかたち?
手を伸ばせば届きそうなのに、手はいつも空を切る。
だからみんな、それにあこがれたの?
でも、それを隠すものはなに?
闇の触手はそっと気配を絶ち、いつも僕たちの後ろに潜んでいる。
かえりみち、足首をつかんで引き留める。
触手は夜に動き出す。
そうして淋しい誰かを戻れない暗闇に引きずり込む。
それだから僕たちは、サヨナラを言うんだね。
夜に捕らえられてしまわないうちに。
捕らえられて、あの妖しい光に心を喰われてしまわないうちに。
あの球の、ふしぎな魔力を知ってる?
君は僕にそう聞いたけど。
でもそんなこと、知ってるよ。
暗闇にぽつんと浮かぶ輝きは、人の心を知らぬまに支配しているから。
よく言うでしょう?
人の身体のサイクルは、あの光の満ち欠けと同じリズムだって。
光の波動は心と奇妙なくらいに同じ動き。
だから、満ちきったあの光の塊は、心にそうっと囁きかける。
そう、誰にも聞こえない秘密の呪文。
生きとし生けるものに与えられた、密やかな呪いの詞(ことば)。
狂気(ルナティック)の名に相応しい狂宴の夜。
心に巣くう魔物は、その夜ふいに目を覚ます。
本当はそれはいつも心の中にいて、普段は眠っているだけなのに。
昼のあいだは何気ない顔をしているだけなのに。
みんなそれに気付かないふりをしているんだね。
今宵、黄金(きん)の花が開く。
孤高な金の色。
あたたかな黄金(こがね)だけれど、ぬるい空気の中でそれは鈍い色。
天空(そら)をゆっくり泳ぐ、同じ色の翼。
残像をベールのようにはためかせて。
夜の女神が忘れていった、一粒の鉱石。
いったい誰が掘り当てたのだろう。
そして誰が磨いたんだろう。
わたし、と小さな声が聞こえた。
悲しい涙で、わたしが磨いたの、と。
あぁ。
だからあの冴えた光は。
あんなに淋しい色をしているんだね。
触手。
闇の触手。
じわじわとあの光を消していく。
音もなく。
声もなく。
悲鳴さえも聞こえない。
そうして穏やかな夜を、
何もない深淵の暗闇へと誘(いざな)うのだ。
少しずつ、少しずつ。
丸く切り取るように。
そこに確かにあるはずなのに、
闇だけを残して。
赤い影だけを残して。
夜のひかり。
優しいひかり。
眠りを誘うひかり。
誰もが知っていたひかり。
それが今、消えていく。
誰が消したの?
淡い輝きを。
昔このホシから離れていったという、
あの“月”の輝きを。
……あぁ。
月(きみ)を消したのは。
そうか。
地球(ぼく)だったんだね。
End
<After Words> |
いやあ、晴れましたね!! 雨だっていっていたのに。 天気予報はずれましたね!! 見事な晴れ!! そんなわけで無事月蝕を眺めることができました。綺麗で、とても神秘的でしたね。 このクラスの月蝕が次に起こるのは、3700年代のことだとか。 さすがにそれまでは生きていらんないでしょうからねえ。 あとは、生きているうちに皆既日蝕が見てみたいんですけどね。どうでしょう。 |