〜夏の朝〜

August 8th, 2000

★ ★ ★







 今朝早く、大輪の向日葵が咲いたよ。
 一番早く、太陽に向かって。
 玄関の隣、目の覚めるような黄金の色。
 月は半分に割れて、静かに浮かんでいた。
 檸檬色に輝いて、朝焼けの光の中に溶けていく。
 命を持たないはずなのに、どうして僕らは星に命の光を感じるんだろう。
 囁く向日葵。
 真夏の夜明け。





 花びらは昔、葉っぱだったんだって。
 つるを伸ばした朝顔が、小さな声で呟いた。
 ピンク色の花びらに、夜露をたくさん光らせて。
 今はこんなふうに形も、色も違うけど。
 薔薇もたんぽぽもチューリップもおしろいばなも。
 あれは、葉っぱだったんだよ。
 すると別の朝顔が、露で重たい首を傾げる。
 でも、どうして葉っぱは花になったの?
 いい種を作るためさ。
 風が吹くと、僕たちは花粉を飛ばすよね。
 ざわめく風で、遠くまで。
 ねぇ、それだって仲間のところまで辿り着くかわからない。
 伸びやかで細くて、でもしなやかな。
 つるをその風になびかせ、ピンクの朝顔は話し続ける。
 旅の話。
 長い長い、気の遠くなるような時間を、絶えることなく続く旅───。
 色が赤や黄色や、いろんな色になったのは、虫を呼ぶためさ。
 驚いた他の花たちが、ゆうらりと揺れる。
 しるしなんだ、「ここに甘い蜜があるよ」っていう。
 やがてそれに誘われて、虫たちが蜜を集めにやってくる。
 べたっとその体に、僕たちは花粉をつけてやるのさ。
 利用するってこと?
 似たようなものだけど────共存、のほうがいいな。
 ついた花粉は、そして遠くに運ばれ、僕たちの遠い仲間が受け取るんだ。
 共存って、そういうことさ。
 あっちは蜜をもらって、僕たちは子孫を確実に増やせる。
 つまり僕たちはキレイな色を身につけて、彼らに共存の方法を教えたんだ。
 敵だったりしたものだって、やり方次第で味方になる。
 生きるってすごいことだね。





 確かにそうだ。
 だいだい色の小さな花が、ふうんと唸る。
 いつもは何気なく思っていることが、本当はいちばんすごい。
 手を伸ばしても届かないものより、近くにあるものが大切なのと同じだね。
 いちばん近くにあるものって、見えにくいけどね。
 呟く言葉は、かすれた木々のざわめきにかき消されて。





 森は消えて。
 空き地も消えて。
 林道もコンクリートで固められて。
 街路樹くらいしか残らなくて。
 遠くない未来、僕たちのうちの誰かは、消えてしまうかもしれないね。
 うん、だけど。
 50億も60億も数がいるなら、誰かが気付いてくれるよ、きっと。
 雑草の中の、誰かが言った。





 生きるって、そんなに難しいことじゃない。
 窓際のタピアンが、すずやかに言った。
 少しだけの努力と、少しだけの勇気があればいい。
 嫌いなものから逃げないだけの、ほんの少しの力でいい。
 余計なことばかり考えてちゃ、本当に必要なものって見えないのさ。
 うわべだけを見てるようじゃ、大した奴じゃないんだよ。
 はやっちゃいけない、ゆっくり歩いていけばいい。
 慌てないこととノロマなこととは違うのさ。





 なずなはさらさらと歌う。
 ただひそやかに歌うように。
 ガラスに反射した朝日に白く輝いて。
 こんなに世界はキレイなのに、どうしてそんなことを言うの?
 野原には今だって草花が踊っているわ。
 よく見てごらんなさいな。
 虹よりもたくさんの色が、ほら、あふれているじゃない。
 世界はまだ生きてるじゃない。
 癒せるくらいの傷なら、私たちは大丈夫。
 大きな世界に、ちっぽけな私たちだけど。
 うたかたの存在じゃあないから。





 景色を眺めながら、向日葵はみんなが話すのを聞いていたよ。
 ただ、太陽を見つめて。
 鮮やかな、もうひとつの太陽のように。
 滲むほどに、暑い夏の空気。
 生命圏(バイオスフィア)────。
 あぁ、果てしない宇宙(そら)に浮かぶ、生命(いのち)たちの楽園。
 ささやかな惑星(ほし)。
 リズムは、生き物たちの呼吸と同調する。
 生きるって、そう。
 簡単なことなのかもしれないね。
 ざわめく緑は、それを知っている。
 眠りにつくように穏やかなふりをした、長い歴史の中で。
 鈍く薄墨を流したように、今はよく見えない歴史の中で。
 とてもわずかずつ、それでも確かに、僕たちは歩みを進めてきた。
 月の満ち欠けや、惑星の動きや、宇宙の広がり。
 天球のそんな動きよりも、ゆっくりとした歩みだったけれど。
 もしかしたら、それが生きること?
 大きな流れの中、自分の足でゆっくりとでも前に進んでいくことが?
 なんだ、そんなこと?
 自分の力で歩いていくことが…………。
 でもね、それが一番大切なんだ。
 少しずつでも、前に進むことが、いちばん大切で、いちばん大変。
 こんなに単純なことなんだ。





 檸檬の月は、もう消えてしまったよ。
 過去と今と未来を、その腕に抱き込んで。
 Lasting Peace。
 もう二度と壊れないように。





 よく晴れた青空。
 路上に落ちる淡い影。
 白い小さな花だった、遥か昔の自分を、向日葵は思い出す。
 苦しかったけれど、あの眩しい太陽に届きたくて、必死で背伸びをした。
 大きく、もっと大きく、あのホシに、近付きたい。
 願いは永い時間をかけ、そうして向日葵は見事な太陽の花になった。
 外見だけじゃなくて─────。





 今は黄金の花を咲かせ、やがて大きな種を生み落とす。
 静かに大地から生まれ、そして帰っていくんだね。
 まだ見ぬ未来へと、帰っていくんだね。
 すくすくと、すくすくと、育っていくんだね。





End




<After Words>
……うーん……。書いてから照れている風音でございます。
ので、特に解説はなし、ということで……あはは。
ええと(/////)。まあ、前回の更新の、あれと同じ形式、です。
……そこは読まなくても、いいです。書いてるときもけっこう恥ずかしかったですぅ……。
ねぇ? 玲さん★



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