「ウォッホォ〜イ。妹子〜。七夕の飾り付けをしよう〜」
僕の顔を見たとたん、太子は大きく手を振って言った。
それでなくとも仕事が忙しく、残業中だった僕は、思わずイラッとする。
「僕は今忙しいんです。後にしてください」
自分でも声が尖っていることがわかる。
太子は、上目遣いのお願いポーズ。
気色悪っ。
「そんなこと言ったらお前、七夕おわっちゃうぞ?」
「仕事が終わらないことの方が問題ですよ」
「なんだよケチ芋! 1年に1度しかない日じゃないか〜」
ああ、うるさい。
仕事場には僕と同じように残業をしている人たちが数人いて、同様にうんざりとした顔をしている。
そりゃ、ただでさえ残業ってだけでイライラするのに、恋人と過ごしたい七夕の夜にまで仕事漬け。
そこに加えてこんなやかましいオッサンがうろうろしていたんじゃ、遣る瀬無い気持ちになって当然だろう。
……やれやれ。
ここは僕が折れるしかないんだろうな。
「わかりましたよ、太子。だから静かにしてください」
「ケチ芋〜。……えっ?」
「わかりましたってば。行きますよ!」
僕の仕事はおもりじゃなかったはずなんだけど。
スキップで出て行く太子の背中を渋々追いながら振り向くと、部屋にいた全員が僕を見ている。
その目は、残業を切り上げた僕に対する恨みというより、明らかに同情のまなざしだった。
ああ、明日は何時に帰れるだろう……。
さらさらと、風になびく笹の音。
暑さを吹き飛ばすような涼しい音だ。
僕はやりきった気分で、見上げる。
薬玉や短冊、天の川を模した飾り……。
我ながら立派な飾り付けになったと思う。
別にやる気があったわけじゃない。
ただ、魚の頭だの短パンだの変なものを飾ろうとする太子をどうにかして阻止しようとしているうちにムキになってしまったというか。
おかげでもう、夜も深い。
今夜の主役の星、牽牛星と織女星もだいぶ天上高くにいる。
「キレイだなぁ……」
嬉しそうに太子が言う。
「そうですね」
「さすが聖徳ナイスセンス太子だとみんな褒め称えるぞ」
おい。
あんたが何したって言うんだ。
変な顔のお面を飾ろうとして自分が吊るされちゃったり、挙句の果てには僕のブロマイドを飾るだの言い出して騒ぐだけだったじゃないですか。
「……勝手に僕の功績を奪わないでください。あんたは邪魔してただけです」
「うん。ありがと、妹子」
…………はい?
ちょ…「ありがと」?
太子が?
僕に?
うわー、鳥肌が立つ。
「珍しいこと言わないでくださいよ。せっかくの七夕に、雨が降っちゃうじゃないですか」
「え〜」
さらさら、さら。
気持ちがいい。
「…ねえ、太子。なんだって急に七夕飾りなんて作る気になったんです? 願い事が叶うなんて、迷信なんじゃないですか?」
「うん」
ひとつ太子が頷く。
すっと空を見つめた瞳は、ここではない、どこか遠くを見ている。
たまに…太子はこういう顔をする。
穏やかで優しい、横顔。
「牽牛星と織女星はね、天の川を挟んで近くに見えるだろ? でも、本当は、すごく遠いんだ。手を伸ばしたってとてもじゃないけど届かない」
……。
「そんな…すごく離れたふたりが、今日だけは逢うことができるんだ。そんな奇跡が起こせるんだから、願い事だって叶うさ」
……太子。
太子は、僕の方を向いてにこっと笑った。
「だから、ちゃんと妹子も願い事するんだぞ!!」
この人は……。
本当に純粋な人なんだ。
自由で、時々理論的で、でもやっぱり子供みたいで。
なにやらぶつぶつとつぶやきながら熱心に願い事をする姿を、僕はなんとなく静かな気持ちで見ていた。
この人が思う未来は、一体どんな世界なんだろう。
「太子。何をそんなに一生懸命お願いしてるんですか?」
ん?と太子が顔を上げる。
いやに真剣な顔。
「そりゃ、おまえ。“これからもずっと、妹子と一緒にいられますように”だよ」
……はい?
「……太子。あんた、……ほんっっっっとにバカですね」
「な!? 今私、いいこと言ったよ!? 普通おまえキュンと来るところだろ!?」
「いや、バカですよ。そんなにいいことでもありませんし、何で僕がそこでときめかなきゃなんないんですか」
「そこはときめけよ!」
本当に。
バカですよ。
僕は今、あんたの隣にいるじゃないか。
手を伸ばしても届かない星に願う必要がどこにあるんだ。
今夜は、1年に1度、離れ離れの恋人が出会う夜。
全然わかってないあなたに、僕の本音を教えてあげます。
今夜だけの、特別サービスですからね。
「太子」
「なんだよ!」
「……星に願わなくったって、僕はずっとそばにいますよ」
「い…妹子〜〜〜〜〜!!!!」
ぐはっ!
…まーた飛んできたよこのオッサンは!!
腰に抱きついたままなすりついてくる太子に、僕はひとつ溜息を落とした。
まったく、僕にも困ったもんだ。
なんでこんな我侭でアホなオッサンに惚れちゃったかな……。
「07年7月7日7周年で7万ヒット、どんだけ7だよフェスティバル」略して「7×5祭」内の 七夕イラスト、日和バージョンでございますv もうひとつは幻水バージョンでございました。 …といっても、こっちは太妹、向こうはトライ、「やっぱり」な人選であります。 「星に願いを、君には愛を。」というのは数年前から七夕のたびに頭に浮かんでいた フレーズなのですが、今回初めて使ってみました! まず妹子の台詞があって、イラストがあって、のショートノベルでした。 「ときめかない」とか言いながらラブラブしていればいいじゃない。 ツンデレな若者に踊らされる摂政であればいいじゃない! |