〜First Contact〜

August 29th, 2000

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 大富豪のナンパ好き放蕩息子解放軍参加の話は、速攻で耳に入ってきた。
 特に耳に入れたいわけではなかったが、周りで大騒ぎされたのだから仕方ない。
 どうしてみなこうも噂話が好きなのか。
 しかも下世話な話ばかり。
 大体、何故自分がこんな雑多な空間にいなければならないのだろう。
 そう思っているせいで、時間があればほとんど石板の近くで、何をするでもなく過ごしていた。
 だから例の放蕩息子とは会ったこともなければ、見たこともなかった。
 が、見なくても印象はすでに決定している。
(最悪……)
 解放軍に在籍するありとあらゆる女性に声をかけているらしい(守備範囲はあるようだが)。
 大体がそんな人間にまともな奴はいない。
 誰にでも「好きだ」と言えるなんてつまり、「誰も好きじゃない」のと同じこと。
 そんないい加減な人間を、自分が気に入ろうはずもない。
 第一、そんな感情にもまったく興味がないし。
(誰が好きだの嫌いだの……バカじゃないの? よくそんなもの信じてられるよ)
 そんな奴はともかくとして。
 この解放軍に入ってきた者の中には、「リーダーであるレイ・マクドールの人格に惹かれたから」という理由を挙げる者も多いと聞く。
 が、それもどうだろう。
(……確かに、レイは他の奴らとは違うけど。レイの人格に惹かれたって言うなら、信じてやってもいいけどさ)





 レイは自分にとって、特殊な存在だった。
 特別どうだとか思うことはなかったが、初対面から気になっていた。
 漆黒の瞳。
 とんでもなく意志が強そうで、計り知れない深さを持っていた。
 そこに、自分と同じなにかを感じ取ったのかもしれない。
 最初からモンスターをけしかけるつもりでいた。
 帝国の近衛隊隊員とやらを試すために。
 それがレイ・マクドールという大将軍の息子であり、歴史を動かす天魁星の宿星のもとに生まれた子供であると知っていたから、余計に試してみたかった。
 少なくとも、自分が力を貸すに値する人物であるかどうか。
 大体が、権力の中にいる人間にまともな奴はいないのだ。
 ところが、初めて会ったレイは、それを大きく裏切った。
 とても無邪気で、純真な瞳。
 モンスターをけしかけても、まったく揺るがない心の強さ。
 だが時折、それはわずかな憂いの色を見せた。
 いいところのおぼっちゃんが、絶対するはずがないと思っていた瞳だった。
 ───なんだ、コイツ。
 戸惑った。
 苦労知らずで育ったはずの人間が、どうしてこんな表情を見せるのだろう。
 彼の強さよりも、それのほうが気になった。
 はじめは、純粋な興味だった。


 レイと再会を果たしたのは、それからしばらく経ってからのこと。
 師レックナートの星見通り、レイは帝国に追われ、解放運動に身を委(ゆだ)ね、あまつさえリーダーの責を負っていた。
 なんでも今までのアジトを襲撃されたとかで、こぢんまりとした勢力だった。
 けれどレイは、しっかりリーダーの瞳をしていた。
 誰も気付かなかったかもしれないが、人々を率いる自信にあふれた顔をしていた。
 それは彼の天賦の才能というものだろう。
 それはたぶんレイ自身にもわかっていなかった。
 わかっていないから、不安にさらされ、自分を見失おうとしていた。
 それに誰も気が付かないのが、もどかしくて仕方なかった。
 放っておけなかった。
 今までの自分だったら間違いなく放っておいただろうはずなのに。
 聞けば、親友を置いて逃げてきたのだという。
 そうなることは予想していた、あのうるさい奴からは真の紋章の気配を感じていたのだから。
 事情を聞くほどに、その場ではそれが最上の手段だったことを再確認する。
 だが、それはレイには辛かっただろう。
 いくら最上の方法だったとはいえ、親友を置き去りにした事実は変わらない。
 それは大いなる葛藤だったはずだ。
 帝国の革命をめぐる戦い。
 真の紋章をめぐる戦い。
 ふたつの、密かな同調を見せる戦いの狭間で。
 そしてレイに再び会った瞬間、何かが胸の中で堰を切った。
 それでも笑ってみせたレイ。
 初めて会ったときには見えなかった、淋しげな影。
 それを見たとき、初めて星見(さだめ)に怒りを覚えた。
 ───何故だかはわからない。





 それからは、比較的レイと共に行動することが多かった。
 面倒なことはキライなんだ、とは言ったが、決して嫌だとは言わなかった。
 放っておけないから。
 いや、それ以上に、レイといると何となく安心する。
 気を張らなくてもいい気がする。
 プライドの高さも手伝って、そんな言葉は間違っても漏らさないけれど。
 ルックは小さく息を吐いた。
 レイにこんなにも信頼を寄せてしまう、その自分自身がよくわからなかったから。
 そしていつもは滅多に吐かない溜め息のついでに、その場所に座り込む。
(……レイの人格に惹かれる、か。わかるけどね。……でも、そのうちの一体何人がレイの素顔を知ってるんだ?)
 おそらくそう多くはあるまい。
 レイの強さが、それを覆い隠しているから。
 それに反比例して脆くなる、素顔に皆は気付かない。
 気付かないことにレイは気付いていて、余計に気丈に振る舞う。
 とんでもない精神力だ。
 そう思ってもう一度息を吐いたとき、その当人がひょこりと顔を覗かせた。
「ルック……お邪魔かな?」
 にこりと笑って。
「……別に」
 素っ気ない言葉。
 でも拒否するつもりはない。
 レイはそれを感じ取ったのだろう。
 てくてくと歩み寄ると、ルックの隣にすとんと座った。



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