〜君ノトナリ。〜

May 24th, 2001

★ ★ ★







− 1 −

 まぁ、ちょっとだけマシになったかな。
 何って、シーナのことがさ。
 あ、前に比べたらってことだからね。
 相変わらずあいつは、フラフラ軽々しくて騒々しくて脳天気で女の子ばっかり追いかけててうっとうしくて、どうしようもないヤツだけど。
 だからたぶん、ほんの少し変わったのは僕なんだろう。
 それというのも、あんなセリフを聞いたからだ。





 しとしとと降る長い雨を、少し窓から離れたところから眺めて、僕は息を吐いた。
 食堂の中にはやはりつまらなそうに窓を眺める人たち。
 もうこれでどのくらい晴れてないんだろう。
 雨が嫌いだとか…そういうんじゃなくて、ただ気が滅入る。
 その理由を考えてみたところで、そんなものあるようなないようなで、それを考えているうちにまた滅入ってくるから悪循環だ。
 たぶん、表にも出なくて城の中でうだうだとやっているせいもあるんだろうな。
「じゃ、外出たらいいじゃん」
 向かいにいたシーナが、なんてことはないように言う。
 ってねぇ…そういうわけにもいかないだろ。
「僕がやたらとウロウロしてたら、周りが浮き足立つからね。なんたって一挙手一投足注目されちゃってるんだし」
 言いながら、僕はちょっとだけ笑ってみせる。
 シーナはかくんと肩を落とした。
「…なーんでいっつもいっつもレイってそんな難しいこと考えてんの」
「僕はそんなつもりないんだけど…ま、成り行きかな」
「ノリが重いんだか軽いんだかわかんないな」
「ま、ね。重いとこは重いぶん、軽くできるところは軽くしとかないと」
 そうして、皿の上に残っていたリンゴを手に取る。
 するとシーナがすかさず手を伸ばしてくる。
「あ、レイ、半分」
 しょうがないなぁ。
 そばにあったナイフで、手の中のリンゴに切れ目を入れる。
 リンゴは、さくりと小気味のいい音をさせて綺麗に半分になった。
「まー、どっちにしてもさ。そのうちイヤでもまた外行かなきゃなんないんだろ」
 と、その半分を受け取りながらシーナ。


 そうなんだよね。
 リーダーが落ち着きなくうろついてたら士気にかかわるんだけど、解放軍の勢力ってまだたかが知れてるから。
 今は僕自らが出向いて誠意を見せるってことで、必死で信頼を得ようとしているところなんだ。
 小さい組織(に限ったことじゃないけど)は、そこからはじめなくちゃいけない。
 どれくらいウロウロして、どれくらいどっしり構えてなくちゃいけないのか…そのバランスっていうのは、ものすごく難しいんだ。
「やっぱりさぁ…人を治めるっていうのは、難しいんだね」
 しみじみと僕が言う。
 シーナは驚いたような顔で、
「レイの親父さん将軍なんだろ? そういうのってずっと見てたんじゃないのか?」
「…と、思うんだけど」
 僕はそこで一度言葉を切る。
 窓の外では、少し強くなった雨の音がざぁざぁと響いている。
 手持ちぶさたで噛んだリンゴは、ほんの少し酸っぱかった。
「んで? 『と思う』ってのはなんだよ」
 って、いきなり聞くかな。
 続きを催促するシーナを僕は上目遣いで軽く睨んだ。
 その答えに迷ったから途中で悩んだんじゃないか。
 そんな風にシーナに八つ当たったってしょうがないんだけどね。
「だから、『思う』なんだよ。下から見てるのと実際その立場になったときとじゃ、全然違うってこと。…今思うと、あの人は誰からも慕われてたなぁ」
 誰よりも立派で、みんなに慕われていた父さん。
 僕は息子として父さんのことをとても誇りに思う。
 だけど、今解放軍のリーダー、なんていう立場に立ってみて…少しだけ不安に思うんだ。
 違う道を選んだ僕、同等とは言えないけどそれに近い立場に立った僕、……僕は父さんの息子として恥じない人間になれているのか。


「うーん、オレは難しいことはわかんないけど。オレは…レイはものすっごく慕われてると思うけどな」
 ちょっとだけ黙って何か考えていたシーナが唐突にそんなことを言いだして、僕は一瞬あっけにとられた。
 シーナは僕を見て笑う。
「…なにすっとんきょうなカオしてんだよ」
 すっと……なんてこと言うんだ。
「いや、だからさ。よっぽど慕われてんでもなきゃ、誰も15、6のガキの元になんか集まんないだろ、って話」
「だけど、それはもともとオデッサさんたちが…」
「それはオレも知ってるけど。でも、はっきりいって、そのころの解放軍って水面下じゃんか。今いる奴らだってさ、もうほとんどレイがスカウトした連中だろ」
 う……。
「それにさ、レイの親父さんもすげぇ人だとは思うけど、レイはレイなんだし。『親父』になる必要はないんじゃないか?」
「…………だ、ね」
「だろ?」
 シーナがにっと笑う。
 …だけど。
「…なんだけど、それをシーナに言われるのはなぁ…」
「えー? どうして」
「シーナは少し…お父さん見習った方が」
「……げ」
 僕の言葉の語尾と、シーナの呟きが重なった。
 おや、と思ってシーナを見ると、シーナの視線は僕を通り過ぎて食堂の入口のあたりで止まっている。
 ちらりと後ろを見て、納得。
 噂をすれば何とやら、か。
 入口の前に、ジョバンニさんと言葉を交わしながら入ってくるレパントさんの姿が見える。
 シーナの方に目を戻すと、シーナはそっと身をかがめるようにして椅子から降りている。
「何してんだよ」
「いやー…何ってことはないんだけど」
「ってコトは、何かしでかしたんだ?」
「しっ、してないってば! 使用人の女の子に声かけてるところ見つかって小言食らいそうになったのを逃げてきたりなんか!」
 ……そういうわけか。
「じゃ…じゃあ、またあとでな、レイ!」
「はいはい…じゃあね」
 まったく。
 ほんとにどーしようもないヤツだよね。



おはなしのページに戻る進む