〜たしかな偶然〜
<前編>

June 25th, 2002

★ ★ ★







− 1 −

 神様!
 もちろん神様がいるなら、って話だけど、神様!
 運命って存在するものなんでしょうか?
 そりゃあもう、オレってリアリストだし、まあ多少ロマンチストかな、ってとこもあるけど、でも今までそんな運命だなんてもの、信じてなかったです。
 だって、先のことが決められてるんじゃつまんないじゃん?
 街で可愛い子みつけても、その子とは「付き合えないって決まってます、運命だから」なんて言われたら興ざめなんです。
 あああ、でも、神様!
 今回はそれでもいいかな、って思っちゃってるんです。
 この出会いは運命!
 それってあまりにも運命的で、なんとも甘美な響きじゃないですか。
 ねぇ、神様……。
 運命って、思ってもいいですか?





 そう、はじまりは何年も前のこと。
 いつのことだったか、はっきりとは覚えてないんだけど。
 オレはなんだかの用事でグレッグミンスターに行く、っていう親父についてきたんだ。
 なんの用事だったか、そんなこともやっぱり覚えてない。
 それなりに大事だったみたいだけど、オレには関係なかったし。
 だってオレ、当時たぶん5歳か6歳くらいだぜ?
 親父がそれなりに町じゃ偉いみたいだな、くらいしか親父の仕事のことって興味ないもんじゃん?
 オレ自身はただ帝都ってやつに遊びに行ってみたかっただけ。
 家の近くなんて慣れちゃったオレには飽きてなんにもないように思えたし。
 それに、帝都に行ったことがあるやつに話を聞くとさ、帝都ってすごいとこらしい。
 そんなわけでオレは、危ないからっていう親父に駄々こねて駄々こねて、つれてきてもらったってわけ。
 赤ん坊の頃にも来たことはあるらしいんだけど、まさかその頃のことオレが覚えてるわけもないしね。
 で、オレは、親父と一緒にグレッグミンスターの門をくぐったわけだ。
 そう、たしかにすごかったな。
 家って、どこにでもあるじゃんか。
 でもその規模が違うんだよ。
 家のひとつひとつの大きさも違うし、きっちり整備された石畳の道に整然と並んでるし、色も統一された白で、すごくキレイでさ。
 で、なにより人が多い!
 コウアンじゃ見かけたこともないくらいの人が、市が立ってるわけでもないのに大通りを行き来してるのがびっくりだった。
 一体これ、どこを突っついたらこんなに人が出てくるんだろう。
 これが帝都ってやつなのかぁ。
 それに見とれたオレは思いっきり前から歩いてきた人にぶつかって、親父に注意されて宿まで引っ張られてったんだよな。


 親父は、オレに外出禁止を言い渡した。
 そりゃそうだ、親父はこれから人に会うんだそうで、そこに子供を連れてくわけにはいかないよな。
 かといって外に出したら、この人の多さだから危険も伴うって考えたんだろう。
 だからオレは出かけていく親父の背中を宿の窓から眺めてた。
 うん、最初はそれでも楽しかったんだ。
 人が多いってことはそれだけいろんな人がいるってことで、芸が始まったり妙な格好のオッサンが通ったり、見てるだけで結構面白かった。
 それだって、子供にとっちゃ30分が限度だ。
 30分でも我慢した方だろ?
 部屋にはひとり、遊ぶものもない、走り回れない。
 こんな状況で子供が耐えきれるわけないじゃんか。
 だからオレも例外じゃなくて、落ち着かなく部屋の中をうろうろしてみた。
 少しは気が紛れるかと思ったからなんだけど、もちろんそんなことで暇が持て余せるわけなんかない。
 だって、帝都に来たんだぜ?
 なのになんだって宿の部屋に閉じ籠もってじっとしてなきゃなんないんだ?
 よし、外へ行こう。
 大丈夫、親父が帰ってくるまでには時間がある…それまでに帰りゃいいんだ。
 ……ま、子供の浅知恵だよな。


 知らない道に知らない町並、知らない人。
 それだけで冒険してる気分になる。
 裏通りを走り抜けると喧噪がふぅっと静かになってさ。
 オレはただ闇雲に走り回って、帝都を探検しまくった。
 それは新しい発見と驚きの繰り返しで、当然飽きるはずもない。
 …でもさ、初めての町をむやみに走り回ったらどうなるか……想像つくよなぁ。
 それを行動に移す前に気付かないのが子供ってやつなんだけどな。
 はっと気がつくと、オレはどっちから来たのかわかんなくなってた。
 あたりを慌てて見渡したって、見たことがない上に似たような家ばっかりだぜ。
 見覚えのない花壇に行き当たって、オレは完全に自分が迷子になったんだって悟ったんだ。
 つか、泣くよりも前に呆然としたね。
 理解が出来なかったんだともいうけど。
 この広い帝都…帰り道はわからない……オレは、これからどうなっちゃうんだ?
 考えてみたけどどうしようもなくて、考えるのをやめた。
 考えたってどうなるもんでもないし、第一この裏通りには人の姿もない。
 あんまり呆然としてたから、そこらへんの家のドアを叩けばいいなんて考えにはこれっぽっちも辿り着かなかったみたいだ。
 座り込んでぼんやりしていると、頭の上から声が降った。
「なにしてるの?」
 高い声。
 子供だ、と思った。
 それもものすごくまっすぐで、明るい声。
 そっちへ顔を向けると、たしかにそこにはひとりの子供が立ってた。
 黒い髪、同じ色の瞳、笑った顔…。
 オレより1つか2つ上かな。
 不思議と目が離せなかった。
 見つけた、と思った。
 それがいったい何なのか……オレにはわからなかったけど。
 わからない、でも見つけたんだ。
 それだけ。
「あ…えっと、迷子……かな」
 オレはどういったらいいかわからなくて、やっとそう言った。
「迷子?」
「うん。ここ、はじめて来たんだ。だから道がわかんなくなって」
「そっか」
 そいつは、ちょっと悩むような顔をした。
 そうしてオレに、小さな手を差し出す。
 オレの方が年下で、だからオレの方が手は小さかったはずなんだけど、その手は何故か小さく感じたんだ。
 オレはきょとんとその手と笑った顔を見比べた。
 でもそいつはそのまま手を出したままで。
 迷って、同じように手を伸ばしてみる。
 すると、そいつはオレの手を取ってよいしょ、と立たせてくれた。
「……えっと?」
 いったい何なのかわからなくて聞こうとすると、そいつは細っこい首をかしげて笑う。
「グレッグミンスターは初めてなんでしょ? だったら、たぶん宿屋だよね?」
「え? うん。そう…だけど」
「ぼく、宿屋がどこにあるか知ってる。いっしょにいこうよ」
「…いいの?」
 うん、と頷く。
 ほこほことあったかい笑顔。
 その時オレは、笑顔にも温度があるんだと初めて知った。


「ここだよ」
「あ……うん」
 小さな手に引かれて、オレはそういえば見覚えのある建物の前についた。
 オレとそいつ、べつに大した会話を交わしたわけじゃなかったと思う。
「気をつけてね。それじゃ」
「うん」
「じゃあ、またね!」
 ……えっ?
 また……って。
 それって…なぁ、もう一度会えるってことかな。
 オレは、ぱたぱたと駆けていくその小さな後ろ姿をずっと見てた。
 たくさんの人の流れの中に、それが消えてくのはすぐのことだったけど。
 そこに通りすがった警備兵らしい大人がぽつりと言ったのをオレは聞き逃さなかった。
「あの子は……そうか、テオ様のところの」
 オレは、ばっと顔を上げる。
「あのっ! あの子…知ってるんですか!!??」
 オレが詰め寄ると、その人はさすがにびっくりしたみたいで。
 怪訝な顔をしながらも、そいつが消えた方向とオレを交互に見た。
「えっ!? 君は? そりゃあ知ってるけど……マクドール家の……」
「あ、いいです、それだけでっ!!」
「はあ?」
 マクドール……それがどんな家なのか、オレは知らない。
 そんなのは別にいいんだ。
 どんなやつなのか、知りたかった。
 でも……今決めた。
 名前は聞かない。
 あいつはまた、って言った……オレもそう思った。
 もう一度会える気がする。
 その時に、名前は直接聞くから。
 だから、今は聞かない。



おはなしのページに戻る進む