たしかな偶然
<後編>
− 2 −

 うん。
 そうだよなあ。
 ふたりとも気が強くてさ、ちっともなびいてくれないんだ。
 そんなところがいいんだけどね。
 でもね、蹴られようが魔法使われようが、なんかそれがどうした、って気分。
 それくらいもう大切なんだよね。
 それからっていうもの、オレ、レイとルックをずっと見てた。
 ふたりをずっと見てた。
 もちろん、ふたりが負担に思わないくらいにね。
 だからレイがルックを誘って時々出かけるのも知ってたし、ルックがひとりでいるとき思い詰めた顔をしてるのも知ってるし、レイがたまに泣きそうな顔をするのも知ってる。
 それはふたりには言わないけど。
 言ったら、きっと重荷に感じちゃうだろうし。
 そんなふたりだけど、オレが冗談言ったりかまったりするとき、怒ったり困った顔をしたり笑ってくれたり……そうだなぁ、言っちゃえば、年相応の顔をする。
 仕方ないな、って溜め息をつきながら、どこか安心した顔をするんだ。
 だから、オレはふたりに何を言われても平気だよ。
 それでふたりが楽になるなら、オレはそれでいいと思ってる。
 え?
 オレがそれでいいのかって?
 うん、いいんだ。
 だってオレは、ふたりが楽でいられるなら、幸せだから。
 ふたりが悲しいと思わなきゃ、それが一番だから。
 そうだね、オレってバカかも。
 ……バカでもいいよ。
 誰かを必死で想ったら、みんなバカになっちゃうもんじゃない?
 それに、ふたりが背負ってるもの…その重さを、オレといるときだけでもいい、忘れてくれたら……。
 もちろん、オレといるときだけ、じゃ何の解決にもならないし、オレが取り除いてあげられるものじゃないのもわかってる。
 だからオレに出来ることなんて、たかがしれてるんだ。
 レイやルックの痛みを、多分わかってさえやれないんだろうな……。
 わかってて何も出来ないのって、辛いよなぁ。
 何だってふたりは……あんな重みを背負ってるんだろう。


 でも、難しく考えちゃうのはオレらしくない。
 オレがそんなに堅苦しく考えたら、それがふたりにも伝わっちゃうし。
 余計な心配かけさせたくないんだよね。
 だからオレは何でもないように笑ってみせるんだ。
 あ、別に演技してるってわけじゃないぜ。
 ほんとにふたりといるのは嬉しいから…だからオレは笑えるんだけど。
 オレ、心にもないことで笑ってられるほどそこまで器用じゃないんだぜ、自慢じゃないけど。
 けどさ、オレがふたりに何をしてあげられるか……。
 それだけは、いつも考えていたいと思う。


 そんな風に考えてても、そんな論理的な思考なんて無駄なんだよな。
 だってとっさの時って、「この時はこうしよう、あの時はそうしよう」って決めてたって、それを思い出せるって保証ないじゃんか。
 だからオレは、あの時、ふたりの後を追って川に飛び込んだんだ。
 そりゃそれでふたりを救ったら、オレってカッコいいと思わない?
 でもその時ってそんなこと考えてられないんだよな。
 気がついたら、足が地面を蹴ってた。
 ふたりを失ってしまうんじゃ、って思うと、心臓が鷲掴みされたみたいに苦しかった。
 どんなときでも何となく乗り切ってきたオレには、怖いものなんてなかったのに。
 ふたりがいなくなってしまうことが、どうしようもなく怖かった。
 あんな恐怖、二度と味わいたくないもんだぜ。
 レイとルックが……いなくなるなんて……。
 あぁ…そう。
 それについても、オレ、……わかってるよ。





 実を言えば、あのとき遭難したことって、ほとんど覚えてないんだ。
 落ちた次の日、岩の穴で目が覚める前のことは特にさ。
 多分それだけ必死だったんだろうな。
 オレはその時初めて、…死んだら人はいなくなるんだ、っていうことが怖くなった。
 そんなの当たり前じゃんって思ってたけど。
 そうじゃないんだよな……。
 あの時、オレたちはみんな酷い怪我をしてて…それでも助かったのは、ほとんど奇跡に近い確率なんだろう。
 それを思うと、ぞっとする。


 結局、ルックの魔法のおかげもあって、オレたちは助かった。
 疲れ果ててたオレたちだけど、レイはグレミオにつれられて軍師のとこに行った。
 だろうなー。
 で、ルックはさっさと帰っちゃって。
 そんで、オレは親父に呼ばれた。
 ……だろうなー。
 部屋へ帰ると、親父が難しい…というより、複雑な顔をして待っていた。
「ただいま」
 なんて言っていいかわかんなかったから、オレは何となくそう言った。
 親父は、あぁ、とか何とか言って頷く。
 …怒んないの?
 思ってると、重そうに口を開く。
「……おまえの行動は……レイ殿を守るという意味では立派だったかもしれん。…だが…おまえはわしの息子でもある。そう思ってしまうと…何を言えばいいのかわからん」
 親父…。
 そばではお袋が笑ってた。
「シーナ。私は、あなたがあなたの思う道を進めばいいと思ってるわ」
「だが、しかし……」
「あら。レパント、あなたもそうだったでしょう?」
 親父が、黙る。
 あぁ、そうだよな…オレ、やっぱり親父とお袋からしたらいつまでも息子、なんだよな。
 心配かけてる。
 だけど……。
「ごめん」
 きっぱり言ったオレに、親父とお袋は驚いたようにオレを見た。
「ごめん、心配かけて。でも、オレは、レイのために…ルックのために出来るだけのことがしたい。それが、オレの力不足のせいで今回みたいなことになったのは、情けないけど。たしかにオレの力なんて、微々たるもので……本当に、役になんか立たないんだ。けど、だからって諦めたくない。オレ、もっと……強くなりたい」
「シーナ……」
 ふたりのことが、大好きなんだ。
 それだけなんだ。
 今のオレにとって、それが一番大切なんだ。
 息子としてわがまま言ってるよな。
 でも、オレは…。
 親父が、ひとつ息をついた。
「……まだまだ手のかかる…子供だと思っていたがな……」
「レパント…」
「親父…」
 うん。
 ごめん。
 オレ、もっと強くなるよ。
 親父とお袋に心配かけないように。
 なにより、レイとルックに何でもないよって笑ってやれるように。
 あ、もちろん、そのあと散々気をつけるように、って説教されて、「おまえは剣の持ち方が」云々って言われて、稽古されたけどね。
 ちょっと待ってよ、オレ、一応ケガ回復したばっかりなんだけど…っ。





 ああ、神様!
 これが運命だっていうなら、一体どんな結末を用意してるんですか!!
 あ、待った、神様。
 もし決まってても、言わないでくださいね。
 決まったものだとしても、教えられた結果通りに事が運ぶんじゃ、何のスリルもないんです。
 せめて、どんな結末でも、オレはオレ自身の目で見たい。
 オレ自身がつかみ取る結果じゃなきゃ意味がないんです。
 ねえ、神様!
 その『運命』って言葉があやふやで、本当は幻でしかなかったとしても。
 オレは、ちゃんと見つめていたいと思うのです。
 最後まで、ちゃんと見ていたいと思うのです。
 でもやっぱり、オレたちに優しくしてくださいね?


 ん?
 なに?
 今、ルック何か言った?
 レイには聞こえてなかったみたいだけど。
 星を見てるわけ?
 オレは不思議に思ってレイと顔を見合わせた。
 ルック、なんて言った?
 …………キョウセイ………?





Continued...




<After Words>
シーナ視点のトライアングル。
ここからトライアングル本編を進めていくのに、
書いておきたいところでありました。
そう、シーナさん、前にレイに会っていたのです。
レイもシーナが城に来てから短い時間しか経ってない、ということに
若干の違和感を持っていたようですしね。無意識の中で覚えてたんでしょう。
でもなぁ…これだけ真剣に思われてたら、レイもルックも、知らず知らずのうちに
ほだされていっちゃいますよね、そりゃ。
しかし、なんか長くなっちゃったので…前編と後編に分けてみました(汗)。
タイトルは、遊佐未森さんの『たしかな偶然』から。
で、これで遠慮なく話が進んでいくわけですね。



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