〜たしかな偶然〜
<後編>

June 25th, 2002

★ ★ ★







− 1 −

 あ、でも、オレめちゃくちゃドキドキしてたんだぜ。
 レイがオレのこと相手にしてくんなかったらどうしようかって。
 そんなことでオレらしくもなく2、3日悩み込んでさ。
 で、結局結論は『ノリで攻める』こと!
 勢いでこっちのペースに乗せて、一気に仲良くなるのが、シーナくん流だ。
 そのために頭下げてひたすら頼み込んで、入ったばかりの超高級酒ももらった。
 あああ、どうしよう、心臓がばくばく言ってる。
 オレの作戦は、とりあえずふたりで飲んで、レイの本音を暴露させちゃえ、って単純な作戦。
 酒場で仕事帰りの旦那連中が意気投合するような、あんまりおしゃれな作戦じゃないけど、この際わがままは言ってらんないもんな。
 よぉし、行くぞー。
「よぉっ、レイ!! 起きてるかー!!」
 ばぁんと勢いよく開けたドア、レイは眠そうにベッドの上で目をこすった。
 オレはもう開き直っちゃって、堂々とレイの部屋へ入るとレイをベッドの上に無理矢理座らせて、オレはちゃっかりその隣をキープ。
 ここまではオッケー。
「あ、あの…シーナくん……?」
 驚いた声。
 でもここで引いたらおしまいだ。
「シーナ、だけでいいよ。気を遣うような仲じゃないだろ?」
 でもって、ここで言葉を挟ませない、と。
「今日は、こんなもん持ってきたぜ」
「…お酒?」
「そー。掘り出しもんをちょいとくすねてきた」
 レイは、オレがそういうとちょっと不審げにする。
 だろうな、真夜中の訪問者だもんなー。
「で? 何の用?」
「ちょっと一杯引っかけに」
 悪いね、今日のオレは引かないよ?
 オレは飲めない、と渋るレイにグラスを持たせた。
 でも無理矢理飲ませるわけにもいかないから、やんわりと勧めてさ。
 ここでレイがオレの悪ノリに乗ってくれるか、それが勝負だったわけ。
 それだけのことで、オレは呼吸が乱れそうなほど緊張してた。
 たぶん、その時のオレ、あの5歳くらいの時と大して変わんない精神年齢してたと思う。
 そして、レイは根負けしたようにグラスに唇をつけた。


 飲めない、ってのはマジな話だったらしい。
 飲んだことがない、ってレイも言ってたけど。
 しばらくするとレイはほんのりと上気した顔でオレに寄りかかってきた。
 もちろんそこでしたのは他愛ない話。
 解放軍に入ってからの愚痴だとか、気になる子はいないのかとか、好きな食べ物は、とか。
 なんか本当に他愛ないんだけど……まさか、あの時の子とこんな話をするとは思ってなかったから、不思議なもんだよな。
 ほとんど話してたのはオレなんだけど、少しずつ笑うようになってくれた。
 何でもないことで笑って、何でもないことで頷いてくれて。
 オレはあの日から、ずっとそれを望んでたのかもしれない、って何となく思った。
 ずっとずっと、オレ、レイのことを…心の片隅かも知れないけど、ずっと考えてたんだ。
 あ、そういえば…オレ、あの時のお礼、言ってなかった。
 せっかく宿まで案内してくれたのに、つないだ手のあったかさに気が行ってて、言い忘れてた。
「なあ…レイ」
「んー?」
「あの時……ありがとな」
 もちろんレイには何のことかわかんないだろうけど。
 レイは、オレの肩に頭を乗せたまま笑った。
「ああ、そんなこと。気にしなくたっていいのに……だって僕は場所知ってたから。それだから教えたんだよ。当然でしょ?」
 ………えっ?
 今…なんて?
 オレは確かめようとレイを見たけど、レイはもう静かな寝息を立ててた。


 翌日、それを聞いてみたけど、レイは全然記憶がないみたいだった。
 何のことかわからない、ってふうで、きょとんとしてた。
 でも…それって、心の奥で…オレのこと、覚えててくれたってこと?
 うわっ……何なんだ、この気持ち…。
 そうだ、レイを初めて見て、「見つけた」って思った、あれに似てる……。
 オレ、どうしちゃったんだよ。
 そこでまたオレは悩み込んじゃったんだ。
 今度は長いぜ、1か月は悩んでたから。
 でもその間もじっとしてられなくて、レイの部屋に通い詰めしてた。
 レイの顔を見ると安心した。
 レイが落ち込んでると慰めたくなった。
 レイが笑ってくれると、それだけで嬉しくなった。
 ああ、オレって単純。
 好きなやつがそばにいてくれるだけで、こんなに舞い上がっちゃうんだから、安上がりだよな。
 ……ん?
 オレ?
 好き……?
 あぁ、そっか、そうなんだ。
 そういうことなんだ。
 好きって、それだけのことなんだ。
 それだけのことに…その時オレは、初めて気がついたんだ。
 「好きになったら性別なんて関係ない」なんて、そんなことあるわけないじゃんかー…って思ってたよ、たしかにさ。
 でも実際自分が突き当たってみると、うん、そうなんだ。
 本当に、なんてことはないんだ。
 一番難しいけど、一番簡単なことなんだ。
 そっか、そっか。
「だってオレ、レイが好きだから」
 言ったら、レイはオレを突き飛ばして逃げたけど。
 ぶつけた頭がちょっと痛かったけど。
 オレはそう言ったことを全然後悔なんかしてなかったし、きっとレイもわかってくれると思った。
 だって、なぁ、レイ。
 オレのこと何とも思ってなかったら、逃げないだろ?
 オレの思いに気がついたから、だから逃げたんだろ?
 ああ、うん、それについては一切聞かないよ。
 オレはそう思うことに決めちゃったからね。





 長いこと思い続けて…それでようやく運命なのかなって思えた。
 だってさぁ、あの出会いはあまりにそれっぽいじゃんか。
 こうやって、長い時間をかけてそれとわかる運命ってあるんだと思うんだよね。
 でも、もちろん出会った瞬間にわかる運命もある。
 その時、オレはレイを探して走り回ってた。
 だってレイが逃げるからさ。
 顔を合わせれば文句言われるけど、でも、完全にオレのことを拒否するわけじゃないんだよなー。
 ここはもう、辛抱で忍耐で根気しかない。
 通って通って通いまくれってね。
 で、オレはレイの姿をふっと曲がり角で見かけて、スピードを上げて……そんで、思いっきり派手にぶつかった。
「った……」
「…てぇーっ!!」
 思いっきり転んで頭を打った。
 一体なにとぶつかったのか、一瞬わかんなかった。
 でもすぐに、
「……どこ見て歩いてるんだよ」
 あからさまに機嫌の悪そうな声。
 うっわ、しまった、人とぶつかっちゃった?
「いやー、ごめんねぇ、レイの声がしたもんだから、つい…。…………!」
 あっ……。
「……何か用?」
 可愛い…っ。
 めっちゃ好みじゃんかっ…。
 どどどっ、どうしようっ……。
 思わず引き寄せると、抗議の声。
 その声までもどこか甘い…トゲがめちゃくちゃあるけど。
 気が強いとこも、すっごい可愛いっ!!
 すると腕の中のその子が叫ぶ。
「あのねぇ。僕は男だよっ! あんた目が腐ってんじゃないの!?」
「へ?」
 …男?
 それでこの可愛さってわけ?
 あー…でもオレ、それはもう納得しちゃってるんだ。
 ごめんね。
「そっかぁ……男かぁ。でもまぁ、いいや」
「は!?」
「恋愛ってさ、障害があるほど燃えるもんだろ? ふたりで禁断の愛を貫こうぜv」
 そういうもんだろ?
 まぁ、そういう世間様からしたら異端なものを擁護するために、『運命』って言葉はあるのかもしれないよな。
「なぁなぁ、オレ君に運命感じちゃった。ね、名前なんていうの?」
「……あんたに名乗る名前なんかないよ」
 っひゃー、ものすっごく強気。
 いいねいいねv
「んー。可愛いっv」
 思わず抱きしめちゃったオレに、その子の答え。
「……〈切り裂き〉っ」
 ははは、すっげぇ堅いガード!



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