October 23th, 2002
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それを聞いたのは、小競り合いに片をつけたのとほぼ同時だった。
なんてことはない争いだったはずだが、時間を食ってしまった。
それは自分が指揮に慣れないせいだったからなのだが、とにかくこれで帰れる。
あの時感じた漠然とした不安や、ただ一言呟かれた言葉…それが心の中に大きく広がっていた。
その不安を取り除くために早く帰りたかったのに、その知らせはもはや不安がただの杞憂ではなかったことをこれでもかというくらい明らかに示していた。
まさか、と思った。
どこかで伝令が伝え間違ったのではないかと、ありえない期待を抱いた。
けれどそうであって欲しいと、強く願って。
解散の号令もそこそこに、シーナは城に飛び込んだ。
誰もが俯き、沈み込んだ様子に城そのものが暗く感じられた。
だが、ここで話を聞いていても仕方がない。
欲しいのは伝え聞いた言葉じゃない。
そのままばたばたと階段を駆け上がると、外に立っていた兵士には目もくれず広間に駆け込む。
そこには、解放軍の主だったメンバーが集まっていた。
マッシュがいて、ビクトールがいて、フリックがいて、サンチェスがいて、レパントがいて、クレオがいて、パーンがいて、……ルックがいた。
他にも何人か、カミーユの姿も見える。
けれど、いつもならいるはずの……。
彼らは円陣を組むように突っ立っていたが、誰がなにを言うでもない。
シーナが入ってきたのにも気付いていないのか、ただマッシュとビクトールとレパントが、ちらりと視線を寄越しただけだ。
ビクトールが組んでいた腕を解いて、低く手をあげた。
シーナもそれに軽く頭を下げてこたえる。
それでもやはり、誰も何も言わない。
沈黙がやたらと重くのしかかってくるようだ。
その重さに、なにが起きたのか聞くことさえできない。
もどかしすぎて広間を飛び出したいくらいだが、それすらもできなかった。
どれくらい経ったのだろう。
おそらく時間にしてそれほどは経っていないはずだ。
シーナにはそれが1時間以上も続いたように思えていた。
その均衡を、ビクトールが静かな声で破った。
「……気持ちはわかるが。あいつがああ言うんだ。俺はそれに従うべきだと…思う」
顔をあげたのはカミーユだ。
「っ…でも! そんな、昨日の今日で、すぐにだなんて!!」
クレオは逆に床を見つめる。
「……。頭では理解できるけど……納得はしたくない…。どうして、レイ様はあんなに冷静に……」
言うと、心底わからない、というように頭を振った。
同じように、数人が納得していない様子で口を挟んでくる。
カミーユは燃えるような赤い髪を振り乱すように何度も否定を繰り返す。
「だけど、でも、そんな……。こんな気持ちで戦えって!?」
ビクトールは息をつく。
「頼むから、一般兵士の前でそんなこと言うなよ。逆効果だ」
「あいつの…グレミオの弔い合戦にしようって!? そりゃああいつのことを知らない奴ならそれでよくても、こっちはもっと知ってるのに。知り合いが死んだのに……!!!」
ぶつける何かを欲していたように、カミーユは何度も同じ言葉を吐いた。
けれどそれをなだめる者はいない。
いや、誰もが似たような思いだったから、なだめられはしないのだ。
「……マッシュ。どうすっか」
「えぇ……」
気持ちがバラバラの方向を向いている。
これでは、まとまるものもまとまらない。
マッシュが言いよどんだ。
そこに。
「いいかげんにしたら?」
押し殺した刺のある声。
シーナははっとしてその主を見やった。
(……ルック…)
呼ぼうとした声は、声にならない。
誰もが驚いたようにルックを見ていた。
「いつまでこんなくだらない堂々巡りを続けるのさ? 軍議? 愚痴りあいの間違いじゃないの?」
「ルック」
ビクトールが声をあげるが、ルックはそれをちらりとも見ない。
「あぁ、そうだろうね。ずっと知ってた人に死なれた? それはそれはおかわいそうに。だったらわざわざこんなところに出てこないで、部屋に閉じこもって泣いてたら? それとも、誰かに慰めて欲しいわけか」
ルックを見る皆の目つきが厳しくなる。
それを受けても、ルックはまったく動じない。
「他人が死んで悲しい、だなんて、よくもまあこんなお人好しな連中が集まったもんだよ。けどそれって本当に誰かが死んだことが悲しいわけ? 誰かが死んで、その人と二度と会えない自分がかわいそうなんじゃないの? その人との思い出をこれから作れない自分が、悲しいんじゃないの?」
怒鳴りたそうな面々を鋭く睨み返し、ルックは続ける。
「こんな軍議なら無駄だろ。思い出に浸りたいんならひとりでやってなよ。………くだらない」
言うと、さっと身を翻して広間の外へ歩き出した。
呆然とそれを見守っていたシーナがはっと我に返る。
ルックはもう広間から出ていて、慌ててシーナは走り出した。
「…ちょ…っ。待てよ! ルック! ルック、待てったら!!」
シーナが広間を出て行くと、何も言えなかった者たちが口々にルックのセリフを非難し始める。
ただ分別の残った者だけが何も言わず視線を交わした。
ビクトールは、ふたりの消えた入り口を黙って見つめていた。