FATE
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 シーナはふとルックを見た。
「…どうして……。どうして、止められないんだろうな」
「……何が?」
「誰かが誰かを憎むこと、をさ。どうにかして…止めることって、できないのかな」
「さあ…。でも誰かが誰かを殺せば、殺された誰かの関係者は殺した誰かを憎むだろ。そこに国だなんだの論理が入ったところで、大事な人間を殺された奴にとってはそんなのどうでもいいことなんじゃないの」
「だけど、それじゃ、何も終わらないじゃないか」
 答えを探しているような、シーナの言葉。
 けれどルックは、まっすぐにシーナの視線を受け止めた。
「じゃあ、シーナ。ひとつ聞くけど」
「…何?」


「その、大事な人間を殺された誰かに。僕が、殺されたら……あんたはどうする?」


 え、と。
 シーナは短く呟いた。
 目を見開いてルックを見つめる。
 ルックは、ただシーナを見上げるだけ。
 言葉を詰まらせたままそうしてしばらくルックを見て、シーナは頭を抱えた。
「………はは……そうだな。そうだよな。……オレも……憎んじまうんだろうなぁ……。たとえ……そこにどんな理由があったって。関係ねぇな……」
 どんなに論理で感情を論じることができたとしても、
 感情は論理通りに動いてはくれない。
 それが正しい、と理解できたとしても、
 それがどれだけの意味をもつというのだろう。
 ルックは少しだけ表情を和らげ、でも、と繋ぐ。
「でも、僕はあんたが望むこともわかるよ。それが理想の形だからね。誰かが止めれば…もしかしたら、なんて思うこともある。レイは…それを止めようとしてる…そう思わない?」
「……っあ」
 そこでシーナは思い出す。
 確かに、レイを憎んでいる者はいる。
 けれど大切な者を殺された……グレミオを殺されたレイ。
 そのグレミオを殺した…首謀者であろう、ウィンディ。
 レイの口から、その恨み言を聞いたことはない。
 もちろん心のうちでは憎しみも大きいだろうに、それを押さえつけているような。
 レイは…止めようとしているのかもしれない。


 それでも、とシーナは思う。
 それでも止めるよりも前に、それを消してしまえたら、と。
 すっとルックが壁から離れた。
 シーナが目をやると、ルックはそのまま向かいの窓枠に腕を置いた。
「………戦いは…憎しみの連鎖だ。すべての者を巻き込む、憎しみの渦……。誰かがそれを止めなくちゃいけない。戦いの根源を、消してしまわなければならない」
「ルック?」
「…前にさ、シーナ。3人で話したことがあったろ? 僕たちがあるべき、本当の場所…のこと」
「ああ、うん。あったね」
「それは…その戦いの根源を、消した……その先にあるんじゃないだろうか」
「……うん。そうなのかも…しれない」
 どこにあるかわからない場所だ。
 あるのかどうか、それすらもわからない場所だ。
 ルックはそれを「夢の場所」かもしれないと思っていた。
 現実にはありえない、ただ夢の中の世界だと。
 けれどそこに本当に3人で辿り着けるのなら、現実の中にそれを探したい。
 いや、作りたい。
 シーナも感じていた。
 その場所は、見つける場所ではない。
 自分たちで、作らなければいけない場所なのだと。


 ルックが小さく息を吐いた。
「……運命、なんだそうだよ」
「へ?」
 突然の言葉に、シーナは思わずきょとんとする。
 ルックは肩越しにちらりと振り返って、苦笑した。
「なんて顔してんのさ。…だから、この戦いが起こるのは決まってたことなんだ、ってさ。僕たちは108の星のもとに生まれたんだろ? ひとりひとりが宿星を持って、その導きに従って集まった。何のために? 帝国の悪政から国民を救うためにさ。そして、レイは天魁星…宿星のトップに立つ、星…か」
「じゃあレイがここにいるのは、運命だって言うんだ。……レイが、どんなに苦しんでも」
「そうだね」
 そこで改めて、ルックは振り向いた。
 向き合う格好のまま、シーナは戸惑うように声をあげる。
「ルックは、それを……運命を、信じてるわけ?」
「否定してる」
 ルックの答えは明快だった。
 しかしわずかに首を傾げて、
「…というより……嫌なんだろうな」
 ぽつんと言った。
「すべて…決まってるなんて。しかも、そんな短い一言で片付けられるなんて、理不尽だよ」
「たしかに、どんなことも一言で済まされちゃうな」
「そう、どんなことも、だよ。…おかしいだろ? レックナート様のもとで星を見て…読み解かれる星、それがすなわち運命って奴だ。それを一番弟子であるはずの僕が否定してるんだから、どれだけ大きな矛盾なんだろうね」
 そう言ってルックは笑った。
 自嘲するような笑いだ。
 その大きすぎる矛盾をもてあましているような。
 けれどその笑いはすぐに引いた。
 じっとシーナの目を見るルックは、真剣な表情で。
「………でも」
「でも?」
「僕がいくら否定したところで……運命って奴は僕たちを縛り付ける。目に見えるわけでもないくせにね」
「…それは、レイのこと? ルックのこと?」
「僕もレイもだ。ついでに言うなら、シーナ、あんたもだね。………僕たちは。運命から逃れようと必死にもがいているようで、結局は誰が決めたとも知れない運命のレールに沿って歩いてるんだ。どんなに否定しても、どんなに逃れようとしても、結局そこへ辿り着いてしまう」
 だから、この戦いが起きているのか。
 本当は、誰の意思とも異なる理由で。
「でも、ルック。それは見えないんだろ?」
「見えないよ。普通はね。けど、それを形としてみるのが星見だろ」
「あっ」
 ルックは指を組んで視線を落とした。
 まるで何かに祈るようだ、とシーナは思った。
 それが何に対してなのか、わからないけれど。
「……星を見て、運命を占うことは……。……未来を見ることは、絶望にすごく似てると思う。未来が見えるなら、どんなことをしてもその未来が具現してしまうということなら、……僕たちが生きている意味は、たぶん、ない。僕たちが僕たちである必要もない。歴史の流れの中で必要なのは、あがいて苦しむ僕たちじゃなくて、ただ結果だってことだ…」
 シーナは息を呑んだ。
「ルック……じゃあ…オレたちの未来は……」
「わかりきったことを聞くなよ。言っただろ? 未来を見ることは、絶望に似てるって……」
「………そうか」


 一度俯いたシーナは、すぐに顔をあげてルックに近付く。
 ルックもそっと目を上げる。
「なぁ。レイは……それに気付いてるのかな」
「そうだね…気付いて……それを変えようとしてる。運命から逃れようと…。僕にはそう見える。でも、それこそが運命だとしたら?」
「…それ……救われる道、ないように聞こえる」
「だろうね。ないんだと思うよ。…けど、それでもレイは変えたい、と思ってるんじゃないの? 気が付いていながらもあがくのは、たぶんそれしかできないからなんだろうけど」
 ルックが息を吸う。
「大切なのは『今』で、そこからつながる『未来』も大切だって……人は言うんだろうけど。未来が見えてしまったら、どうすればいいんだろう。今笑っていればいいって? やがて笑えなくなることをわかっていて?」
 その言葉に、シーナはどうしたらいいかわからないように…苦い笑いを浮かべた。
「…だけど。それでもその先に…また笑えることがあるって……そう信じたいよ」
「………。そう……。僕も、そう思うけどね……」
 ルックは、レイが消えてからずいぶん経つ曲がり角に目をやった。
 つられるように、シーナもその角を見た。
 今のレイが、かろうじて失わずに済んでいるもの。
 それもいつか……レイの手のひらから、砂でもこぼれるように消えていくのだろうか。


「…シーナ」
 しばらくして、ルックが小さくシーナを呼んだ。
「なに?」
「いつか笑えなくなる日が…本当に来るんだとしても。僕は……」
「うん。…一緒にいようよ。もし…ひとりで運命って奴を変えられないとしても…オレたち…ひとりじゃないだろ? 一緒にいるから。大丈夫、笑えるよ。…大丈夫」
 まるで自分に言い聞かせているような言葉。
 ルックはふと笑った。
「……そうだね。大丈夫だ」
 おそらくもうすぐ、レイも戻ってくる。
 乗り越える力がほしい、と思った。
 すべてを乗り越えていけるだけの力を。
 ひとりでなければ、それは手に入るのだろうか。





Continued...




<After Words>
タイトルを日本語にしようか英語にしようか迷いました。
英語にしようと決めて、さらに候補の中から迷いました。
Destiny…Fortune…Fate…。結局Fateを選びましたが。
要するに「運命論」がやりたかったのです。
この「運命論」の部分は前から用意してあった部分です。
日付は…2002年7月14日(泣笑)。
発売直後、でもまだ何も知らなかったときですね。
あの時に書いた、「未来を知ることは絶望に似ている」…。
あの言葉がまさか大きな意味を持つとは………。
たしかあのくだりを書いた翌日でしたか、攻略掲示板で衝撃の
事実と対面することになろうとは……まさにFate。



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