June 2nd, 2003
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誰も動かなかった。
いや、動けなかった、という方が正しかったかもしれない。
突然明らかになった事実と、そして目の前で起きたことのすべてが、その場にいた全員の動きを奪っていた。
事態の急変を悟ったウィンディが慌てたようにその場を去っても、それは変わらなかった。
そして、時間はゆっくりと動き出す。
対峙していた少年の体が、前に向かって倒れていく。
それはまるでスローモーションのよう。
その体をとっさに支えたレイが、そのまま崩れ落ちるように座り込んだ。
弾かれたように、ルックとシーナが駆け寄った。
「……ごめんな」
笑って、テッドは言った。
この場所で、ただひとり、テッドは笑っていた。
「俺は……心が近付けば近付くだけ、そいつを危険にさらすと知りながら…でも、レイ、おまえといたかったんだ。挙げ句の果てには、こうして、おまえに呪いを押しつけて……。本当に…俺は…わがままだよ。それでもおまえと出会えてよかったなんて、思ってるんだからさ……」
レイは腕の中のテッドに、何かを言おうとしているようだった。
けれど、唇が動くばかりで、声にはならない。
こみ上げるものを必死で堪えようとしながら、やはりそれでもレイは言葉を紡ごうとする。
テッドは困ったように小さく身をよじった。
「いいんだよ、レイ。これは…俺の選択だから……。でも…ああ、おまえを巻き込んだことは……本当に……。だけどさ、俺は、おまえといたかった。それだけが、俺の真実だよ。他のことなんてどうでもいいんだ」
レイの口がテッド、と動いたように見えた。
「……レイ。頼むから、そんな顔…するなよ。俺さぁ、おまえのそういう顔……弱いんだよなあ…」
聞いていたミリアがうつむき、フリックが顔を背ける。
ハンフリーまでもが、背を向けて弱く首を振った。
「………テッド」
ようやく、小さくレイが言った。
「…ん?」
「僕も……僕も嬉しかったよ。テッドがいてくれて……。僕も、それだけだよ……テッド…」
「そっか…。それなら、よかった………」
テッドが嬉しそうに笑う。
300年の苦しみも痛みも、すべてが浄化されたような、無邪気な笑顔。
レイは唇を噛んだ。
暴走してしまいそうな思いが、体を震えさせる。
「消え…るの? テッドも? 僕の…前から? 僕は…僕は…っ」
「だーいじょ…ぶだって。なあ…レイ…」
言って、テッドは目を上げた。
そこにはレイを左右から支えるように、ルックとシーナが膝をついている。
「あれ…? あんた、星見のとこの…。ルック、だっけ? そっか…あんたがレイのそばにいてくれてるんだ……」
視線を受け止めて、ルックが頷く。
「…へーえ…。小生意気なガキだと思ってたけど……そういうとこ、あるんだな…」
「……僕も。あんたと同じだよ」
「…………そうか…」
テッドは視線を巡らせて、シーナを見る。
「あんた、初めて見る顔だな…」
「オレは、シーナ」
「…シーナ、か。うん。……よかった。レイが…ひとりで苦しんでるんじゃないかって…気が気じゃなかったんだ…」
テッドが何度も頷く。
そうして、ふぅっと息を吐いた。
「……レイってさ。こう見えて、結構泣き虫なとこがあんだぜ。甘ったれだし、いたずら好きだし、……寂しがりだしさ。……だから…そばにいてやってくれな……。たぶん、あんたたちの存在ってさ…レイにとって、すごく重要だと思うんだ……」
ルックとシーナは無言で頷く。
満足げに、テッドは笑う。
「…ありがとな」
ルックを見て、シーナを見て、最後にテッドはレイを見上げた。
漆黒の綺麗な瞳で、レイは瞬きもせずにテッドを見つめている。
テッドがもうほとんど力の入らない右手を、ゆっくりと伸ばす。
レイの手が、その手を取った。
「レイ……たぶん、これで…最後だ。なぁ…それでも俺は、いつまでも……おまえの幸せを、心から願ってるからな………レイ……」
笑って。
言葉は。
それきり、途絶えた。
それでも。
レイは、気丈だった。
月下草を摘み、竜騎士の砦に戻った一行は、フッチとブラックの働きに助けられ、竜を目覚めさせることに成功した。
フリックとミリアが目を瞠ったのは、ブラックを失ったフッチに、レイが慰めの言葉をかけていたことだ。
自分も同じくらい大切なものを失ったはず。
けれどそれを押さえて、他人のことを考えるレイに、フリックは驚愕し、ミリアは尊敬の念を抱いた。
ただ、ルックとシーナだけがそのやりとりから目を逸らせた。