約束
− 3 −

 レイの部屋で、3人は言葉も交わさずに座っていた。
 机に腕を置いてただ向かい合いながら、何を話すでもなく、ただ黙って時間の流れの中にいた。
 目を落とすレイ、冷めた視線のルック。
 それをどこか困惑したように見つめるシーナ。
 …レイとルックには、深く強くお互いを信頼し支え合っている…キザな言葉で言えば『絆』のようなものが存在していると勘付いていた。
 そこに踏み込みたいけれど、そこには容易に足を踏み入れてはならないのかもしれないと思った。
 それはまったく自分らしくないとも思うが、しかしそう感じるのも事実だ。
 実を言えば、レイとルックと一緒にいたい、とは思うがふたりの間に割り込みたいとは思わない。
 自分が介入することでふたりの間にある『絆』を壊すのが怖かったのかもしれない。
 本当は一緒にいても、疎外感のようなものを感じていた。
 自分ひとり異質なのではないか、と。
 簡単に言えば、「自分は本当に嫌われているんじゃないか」という不安。
 もちろん、それはふたりには言わない。
 言ってしまってどう反応を返されるか、それを考えてしまうと絶対に言えない。
 否定してくれればいいけれど、もし肯定などされてしまっては……。
 だが、だからといって身を引こうなどとは微塵も思っていないが。
 シーナはまたその寂しさを感じながら、部屋の中に流れる沈黙に耐えていた。
 その沈黙が示す意味はいったい何なのだろう。
 それを量りかねて、シーナはそっと視線を逸らせた。


 ふいに扉を叩く音。
 シーナだけがはっと顔を上げた。
「レイ様…」
 扉の向こうから遠慮がちに聞こえる声。
「クレオ? どうぞ」
 まっすぐに目を上げたレイがきっぱりとした声で返事をする。
 すぐに扉が開いて、そこにいたクレオが一礼した。
「レイ様………テッドくんのこと………。いいえ、今日は…もう、ゆっくり休んで下さい」
 迷うように言って、クレオは唇を噛んだ。
 レイが穏やかに首を振る。
「いいんだよ。…あぁ、今日は休ませてもらうけど。でも、いいよ。悲しいのは僕だけじゃない。クレオも、テッドと一緒にいる時間、長かったじゃないか。僕だけじゃないよ……」
「…っ」
「本当に僕だけじゃない。この戦争で……大切な人を亡くして。同じ思いでいる人が、どれだけいるんだろう。少なくとも僕は、それを繰り返したくない。だから…大丈夫だよ、クレオ」
 慈しむような、レイの瞳。
 クレオはいっそう強く唇をかみしめる。
「…僕じゃなくて、ルックとシーナにも用があったんじゃないの?」
 静かにレイが言うと、クレオはわずかに部下の顔に戻った。
「…ええ。今後、戦いがより激しくなると予想されるので、魔法兵の訓練を行いたいと。シーナくんには剣兵の訓練の手伝いをしてもらいたいという要請がありました」
 それまで無反応だったルックが顔を上げ、シーナも反応を返した。
 音をたてて椅子から立ったシーナと、静かに席を立ったルック。
「……僕は」
 ルックが言いかけた。
 その瞬間だ。
 突然レイがシーナとルックの腕を掴んだ。
 痛い、と思ってしまうくらい強く。
 ふたりが振り向くと、レイは自分自身の行動に戸惑っているようで、呆然としていた。
 すぐにそれを取り繕うように笑おうとして、
 はっと目を見開く。


 どんっ。
 シーナがよろめく。
 ルックがバランスを崩して床に倒れた。
 ……レイが、突き飛ばしたからだ。
 シーナは混乱する。
 なぜ?
「………ごめん。いいよ、ふたりとも。行って」
 うつむいたままのレイのセリフ。
「レイ様…!?」
 驚いた声でクレオが制止するが、レイには届いていないようだ。
 ふたりを突き飛ばしたままの態勢で、レイは動こうとしない。
「行ってよ。頼むから。出てって」
 色のない声。
「レイっ…」
「出てけ、って言ってるだろ。僕から呼んどいて、ごめん。だけど、頼む、出てってくれ」
 シーナが何かを言おうとするのを、遮る。
 …と、ルックが黙って立ち上がった。
 そしてそのままレイのそばにつかつかと歩み寄り、突き出したままのレイの腕を掴む。
 レイがそれを振り払う。
 ルックが再び腕をとる。
 振り払う。
「なに…すんだよ、ルック…っ! 行けよっ!」
「いやだね」
「行け、って言ってるのがわからないのかっ?」
「わかるよ。わかるから行かない」
 レイとルックの押し問答を、シーナとクレオが途方に暮れたように見つめる。
 するとルックは扉の前で立ちつくしたままのクレオに向かって言い放った。
「そういうわけだから。僕たちは行けない。適当に言い訳でもなんでもしててくれて構わない」
 クレオが困ったように3人を見る。
 最後に目が合ったシーナが頷いたのを見て、釈然としない表情のままクレオは扉を閉めた。
 釈然としないのはシーナも同じだったが。


「なんで…なんで出てってくれないんだよ…!」
「あんたが考えてることがわかるからだ」
「僕が考えてることなんて…っ」
「わからないとでも思ったわけ? 僕は、あんたのこと……大切だと思ってるよ」
「だったら! だったらなおさらだよ!!」
 !
 そこでようやくシーナは気が付いた。
 いや、どうしてこの瞬間まで気付かなかったのだろう。
 そうか、そういうことか。
 そうして同時に、ルックが先程こぼした「間に合ってよかった」の意味も理解する。
 気が付いた時には、シーナもレイの腕を掴んでいた。
「嫌だ…っ。はなせよっ!!」
「僕たちを見縊んのもいいかげんにしろよ、このバカ!!!」
 ルックが怒鳴る。
 我に返ったように、レイは腕を止めた。
 シーナはその表情に胸が痛むのを感じた。



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