BLACK
<後編>
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 城内が騒がしくなる。
 対岸に見えた船はあっという間に近付き、船着き場から伸びる桟橋に横付けされた。
 その様子を、ぼんやり眺めるふたりだ。
 結局あのあともああだこうだと文句や愚痴を並べ立てて、気が付いたらふたりでベッドに寄りかかって寝ていた。
 それってどうなんだろう、とレイは頭を抱える。
 すなわち、ほぼ一晩中シーナについてルックと喋っていたわけで。
 たしかにそれは文句だの愚痴だのなのだが、シーナについてであることにかわりはない。
 ルックも、それについてどう思っているのかはわからないが、とにかく不機嫌だ。
 さっきから一言も喋らない。
 だが黙っていてもレイのそばにいるのだから、レイに対して腹を立てているわけではなさそうだ。
 レイは視線を船着き場に戻す。
 足場が渡され、船上に人の姿が見える。
 今朝早く、連絡だけは来た。
 それで起こされたのだが、その連絡で全員が無事に帰ってくることは知っていた。
 知っていたけれども…。
 船の上にまず見えたのは青いマント。
 それだけで誰だかわかるのだから、立派なイメージカラーだ。
 そのうち、あの青いマントに個性がついて、あれを脱いだら「誰?」ってことになりかねないだろうか。
 そんないらない心配をしているうちに、鎧姿の大きな姿の後ろにひょこりと緑の服。
 辺りを見回していたかと思ったら、すぐにこちらに気付いたらしい。
 ここからでもわかるくらい嬉しそうに笑って、大きく手を振ってくる。
 だからあんな風に見られるんだ、とレイは息を吐く。
 奇しくも、それはルックと同時だった。





 人混みをすり抜けるようにして駆けてきたそいつは、ふたりのそばまで来てスピードを落とした。
「たっだいまー!! ふたりとも元気にしてた? オレなんかさー、全然駄目」
「じゃあ、なんの役にも立たなかったんだ?」
 木箱に寄りかかったルックが呆れたように言う。
 シーナは、溶けるのではないかと思えるほどの満面の笑み。
「ん? 大活躍だよ、オレ様ってばさ。やっぱ、オレがいなくちゃ駄目なのかなーって」
 でも、
 シーナは続ける。
「オレには何より、ふたりがいなきゃ駄目だわー。だって、ずっと逢いたかったからさ」
「……はいはい」
「あああっ、本気だよ? ふたりに逢うために頑張ってちゃーんと戦ってきたんだってば。ね?」
 抱きついてきそうになるくらいの勢い。
 なんとなく、カチンと来た。
 ───がつんっ。
 見事なレイとルックの協力攻撃。
「? ? ふ、ふたりとも?」
「…なんでもないよ。ほら、手伝ってきなよ。あとで報告でしょ。上で待ってるから」
「? う、うん……?」
 シーナは不思議そうに頭をさすりながら、今回の隊長であるフリックの方へ戻っていった。





 思わず手が出たなぁ、とレイは自分の手を見つめる。
 今回のことがシーナのせいだとは、別に本気で思っているわけではない。
 なのにあの笑顔を見たらつい手が出てしまった。
 一体何に腹が立ったのか、自分でもわからない。
 ルックならばわかるだろうかと隣を歩くルックに目をやる。
「……なに?」
「あ、うん。僕……変な誤解されるのはたしかにシーナのせいだとは思うけど、今回の…妙な事件はシーナのせいだとはあんまり思ってないんだ。そりゃ、文句はあるけど」
「そうだね。それで?」
「ならどうして僕、シーナに攻撃しちゃったのかなって。ルックも同時だったから、ルックならわかるかな」
「……さぁね。僕も単なる八つ当たりだから」
「え?」
 八つ当たり?
 レイは首を傾げる。
 そうして、ルックの呆れ返った視線を頂いた。
「だから君は鈍いって言うんだよ。なにより、自分の心に対して、鈍い」
「自分の…?」
「……………今回あいつを遠征に出したのは……レイ、君はシーナと離れることに慣れようとしたろ?」
「!」
 ルックはまっすぐな視線でレイを見る。
 思わず、レイが立ち止まる。
 一歩先に出たルックが振り返った。
「そうなんだよ。あるいは、近すぎて怖くなった? そうだろうね、大丈夫だって自分に言い聞かせながら、まだテッドの魂を喰った右手を恐れてる」
「ルック…っ」
「いいよ。否定しない。当たり前だと思う。だけど……わかっただろ? 手遅れなんだ。いくら慣れようとしたって、もう……」
 そこまで言うと、ルックは視線を返して、さっさと歩き出した。
 驚いた顔でその背を見つめていたレイも慌てて後を追う。
 そしてルックの言葉を胸の中で繰り返し、そっと目を細める。


 会いたいと、思った。
 きっとそうなんだろう。
 その姿が見えない時も、思わず呼んでしまった名前。
 自分から離れようとしながら、視線の端で探してしまっていた。
 会いたいと……。
「ねぇ、ルック?」
「…なんだよ」
「ルックもそう思った? シーナがいなくて……」
「僕は、別に。何とも思わなかった。静かでかえってせいせいするくらい」
「……へー」
「……信じてないって口調が言ってるよ」


 目に見えない何か。
 もしかしたら、もう。
 それは心の中にあるのかもしれない。
 見えないから、気付かないだけなのかもしれない。
 きっと、離れていた時のことをシーナはふたりに話したがるだろう。
 レイはこっそり笑った。
(……いいよ。ちゃんと聞いてやるからさ……)
 たぶん、ルックもそばにいる。
 他愛のない話をしよう。
 生と死の狭間で出会った、僕たちだからこそ。





Continued...




<After Words>
てわけで、BLACK後編をお届けいたしました!
別に前編との間隔を開けて気を揉ませようとかそういうことはまったくなく、
ただ前編を早めにあげなきゃならない約束が出来たので、後編を書き終わる前に
前編をアップしてしまった、というだけの話であります。
だから前回のノベルのあとに反応を見て構成を変えようとかそういったことは
一切考えてませんでした。
ONE(トライアングル16)と一緒に構成を考えたのですが、それって2年くらい前…。
そのときから一切変えてませんです、はい。
そんなわけで、大したオチじゃないけど気にしないで下さいー……。
バレてましたでしょ? 偽者話だったから、BLACK。
というか、『少年進化論』を読んでて、シーナ似の芹架さんがちょっと悪っぽくて
かっこよかったので、ブラックシーナが書きたかったんです。
結果、あんまりブラックにはなりませんでしたけどね。
もうちょっと書き込みたかったとも思うんですが、なんか…それ以上やっても
別の意味でマズいのかなぁとか思っちゃったりして……。
なので企画の段階からは、若干表現やセリフを柔らかくしてます(笑)。
だってメモに表の18……いや、やめときましょう(笑)。
さすがに本編ではねぇ……。



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