June 2nd, 2001
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僕たちは、森の中を歩いていた。
今日の雲ひとつない空は、わずかに露を含んでいるみたいで、眩しい。
爽やかな風が駆け抜けて、木の葉から雫を落とした。
すがすがしい日だ。
「んあ――――……気持ちいー…」
隣を歩いていたシーナがのびをしながら言った。
普段からへらへらしているシーナだけど、天気がいいとよけいに気分がいいみたい。
この前も3人で城から出たとき、やたらと嬉しそうだったし。
……って、この前は帰ってから大変だったんだけど。
軍議は他のバタバタもあって翌日繰り越しになったからまだいい。
いくら探しても僕がいないっていうんで、グレミオがあっちいったりこっちいったりで大騒ぎになっちゃって。
帰ったら、しばらく僕のそばを離れようとしなかった。
あーあ、今度からグレミオにも「出かける」って言っとこうかな。
…だめだ、絶対ついてくるに決まってる。
本当にグレミオってば、心配性なんだから。
それだって僕のことを本気で思ってくれてのことだから、嬉しいんだけどね。
「それにしても…足場悪いね」
隣でルックが呟く。
「うーん…やっぱり土が水吸ってるからなぁ」
僕も答える。
足下はぬかるんで、一歩毎にずぶずぶと沈む。
下草まで一緒になって横たわっていて、歩きにくいことこの上ない。
「だよなぁ。コレで足下がよきゃ言うことないのに」
シーナもにやにやしながら一言。
ってさあ、説得力ないんだけど。
何でにやついてんのか、なんて聞かないよ。
どうせ「僕とルックがいるから」なんて寒いことを言うに決まってるから。
わざわざそれを聞いて図に乗らせることもないしね。
第一、魔力の無駄遣いをしちゃうし。
ざかざか、と下草を踏む。
少しでも足場のいいところを探しながら。
ビクトールは歩きやすいところを選ぶのがうまい。
だから先頭はビクトールだ。
その後に僕、ルック、シーナと続いて、最後にグレミオがつく。
いつの間にか縦1列に並んで歩いてるみたいだ。
「……ってわけでさー。だからこうやって……」
後ろからシーナの話しかけてくる声。
僕は相槌を打ちながら、よくこれだけ話題が尽きないもんだな…と感心していた。
何気ない話なんだけどね。
ルックはいやそうにしてるけど、時々返事をしてるところを見ると一応話は聞いてるんだな。
…珍しい、だなんて言ったら睨まれちゃうだろうけど。
と、ビクトールがちらりと僕を見た。
おや、と思ってビクトールの隣に並ぶと、ビクトールはぼそりと。
「おまえらってさぁ……仲いーな」
へ?
なんでそんなしみじみと言うんだよ。
「って、僕とシーナのこと? それ、ルックにも言われたけど」
「ま、レイとシーナだけじゃなくて、ルックも含めてな」
「そう? んー…確かに最近3人でいること多いけどね。別にそこまで仲いいとかじゃないと思うよ」
「そうかね」
ビクトールは曖昧な顔をする。
いつものビクトールらしくない、何かを言いよどんでるみたいだ。
「なんかなぁ。シーナのおまえらに対する態度がさ、どこかソレっぽい気がしてなー」
ぎくっ。
慌てて顔を上げると、ビクトールの目が笑ってる。
そうだ、シーナって奴は、あろうことか男である僕とルックに向かって「好きだ」なんてぬかしたんだ。
しかもどうやら「特別」な意味で。
けどそんなことが周りにバレるのもごめんだから、噂ひとつ流さないように注意していたはず。
それをどーして……。
ったく、動物なみに勘が鋭いんだからな。
「そっ、そんなわけないじゃないか。第一、ソレって何だよ」
僕は笑って問い返す。
冷静に、冷静に……。
ビクトールはでもにやっと笑って、
「今レイが想像したとおりのモンじゃないのか? このところ、おまえルックやシーナとばっか組んでっから、グレミオの奴が今にも手首切らんばかりの顔してるぜ」
っく――……。
僕をからかって遊んでるだろ、ビクトールっっ!
僕はビクトールを軽く睨みつけると、歩みを遅めてグレミオの方へ寄った。
ビクトールが肩を震わせて笑っていたけど、頭来るから無視。
僕が近寄ると、グレミオはぱっと顔を上げた。
「ぼ、ぼっちゃん……」
まったく、しょうがないなぁ。
そんなに落ち込んだ声出さないでよ。
「…ごめんね?」
「えっ?」
「このところ、あまり一緒にいられないから」
「そ、そんなこと……。ぼっちゃんもお忙しいんですから、仕方ありませんよ」
仕方ない、って顔じゃないけどね。
うん、わかるんだ。
今まで長いことずっと一緒だったのに、離れてる時間が多くなってきたから。
他の人から見たらそれでも一緒にいるように見えるけど、前とは何かが少しずつ違う。
だから不安なんだ。
「ね、グレミオ。こうやって表に出るのが嬉しいんだ、って言ったら、僕はリーダー失格かな」
「そんなことはないと思いますけど。どうしてですか?」
「だって、グレミオがついてきてくれるじゃないか」
「ぼっちゃん……」
グレミオが目を見開く。
そうして目をきらきらさせるもんだから、言った僕まで照れるじゃないかっ。
グレミオは嬉しそうに、
「あ、ぼっちゃん。足もと悪いですから、荷物お持ちしましょう」
「え? 大丈夫だよ」
「そうおっしゃらずに。貸してください」
「……じゃ、半分お願いしていい?」
「はい。割れ物はないですよね? ……あーっ、ぼっちゃん! 『瞬きの手鏡』を金属と一緒に入れておいちゃだめじゃないですか! 割れちゃったらどーするんですかぁ!」
「だめかなぁ。魔力の鏡でも」
「だめです!」
やっといつもの調子に戻ったみたい。
そのおせっかいが時々うっとうしいけど……それが僕にも嬉しい。
この過剰なくらいのおせっかいが、グレミオらしさだよな。
すっかり上機嫌で列の後ろに戻るグレミオを見て、今度はシーナがそばに来る。
「レイも大変だなー」
…そんな他人事みたいに言うけどさぁ。
「一体誰のせいだと思ってるんだよ」
「えー? 誰ー? ……まさか、オレとか?」
「他に誰がいるんだ、ってつっこんどくよ。最近、気がつくとシーナ僕のそばにいるもんな」
僕が言うと、シーナは得たり、という顔。
「そりゃあなー。しょうがないさ。何たって、オレとレイは告白しあった仲だからー♪」
はぁあ!?
な、何だそれはっ。
「いつの間に僕が告白したコトになってんだよっ!!」
「さっき。嬉しかったぜーv」(「君ノトナリ。」参照)
「ばっ……。僕はそんなつもりで言ったんじゃっ……」
「だってオレにはそう聞こえたもーん」
「聞き違いだっっ」
僕とシーナが言い合い(?)になる。
と、それを見ていたルックが深い溜め息。
「―――まったく、騒々しいな……」
するとシーナがにこにこと嬉しそうな顔で(おいおい、文句言われたんだぞ?)ルックを見て、
「あっれー? ルックってば、もしかしてヤキモチー?」
「…あんた脳味噌沸騰してんじゃないの」
おや。
ルック、いつもよりさらに機嫌悪いかも。
ビクトールは気楽そうに笑っている。
「あっはっは。おまえらも若いなー。そんなことより気をつけろよ? こっから先、ある意味さらに足もと悪いからなー」
……ある意味?