March 23th, 2001
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あー…なんだか、こんな状況下にあるとは思えないくらいのいい天気だなあ。
地面には木漏れ日の模様が出来ていて、見上げるとその形に真っ青な空が見える。
今頃グレミオとか、めっちゃくちゃ心配してるだろうなあ…と思うとやっぱり気が重いけど。
やっぱり僕が崖から落ちたこと、解放軍のみんなにバレちゃってるかなあ。
いや、仲間内だけならともかく、帝国軍側にバレちゃってたら大変だ…。
こんなときに攻撃とか仕掛けられちゃったらなあ……。
昨日の今日だから、まずいきなり来ることはないと思うけど…でも、急ぐに越したことはないよね。
やれやれ。
考えることが山積みだ。
たぶん、無事に戻れるだろうとは思ってるけどね。
シーナとルックがいるし。
前を歩いてたシーナが、くるりと振り向いた。
「なにしょげかえってんだよ」
「別に。しょげかえってなんかないけど」
「そうかぁ?」
そうだよ。
…と答えかけて、僕は悩み込んだ。
しょげてない…つもりなんだけど。
やっぱりちょっとは落ち込んでるんだろうか。
「うー……あるとしたら…罪悪感、てやつ?」
「へ? なんで」
こいつほんとにわかんないわけ。
それともわかって聞いてる?
だとしたら友達の縁切るけど。
僕はきまり悪くて、ちらりとシーナの顔を窺う。
「なんでってさ。そりゃあ、僕のせいでこんなことになっちゃったわけだし。そう考えるとね、責任感じちゃうんだよなあ……」
ああ、僕がもっとちゃんとしてれば。
「わかってるんなら、今後は気をつけること。過ぎたことなんて、僕はどうでもいいよ」
突然前から声がした。
言ったのは、意外にもルック。
僕はびっくりしてさらに前を歩くルックの顔を凝視してしまった。
するとルックはいかにも呆れたようで、
「なんて顔してるんだよ。だってそうだろ。過ぎたことをぐだぐだ言ってたって、それが変わるわけじゃないんだから。僕は無駄なことはしない主義なんだよ」
そう言ったかと思うとつんとそっぽを向いてしまう。
なんだなんだ?
一体どうしたって言うんだよ。
「…なにルックの奴、照れてるんだろ」
「て、照れてる?」
「だろ、アレは」
いや…なんとなくそうなのかもしれないとは思ったけど。
やっぱりアレなんだろうか。
昨夜と今朝のやりとりを未だに気にしてるんだろうか。
2人して、誰かさん、の心配をしてたことをさ。
というか、僕が心配した、ってことよりもルックが心配してたのを僕に気付かれた、の方だろうなあ。
ルックって普段そういう顔見せないし。
それが僕にバレたんで、拗ねてるってとこ?
ルックって妙に可愛いとこあるよね。
そんなこと本人に言ったら切り裂かれるくらいじゃ済まないと思うけど。
ところで、とシーナはつなげる。
「まだしょげてんの?」
「ってシーナ。そんな5分かそこらで浮上するはずないだろ」
「そうでもないと思うけどな」
ずいぶんとシーナ、簡単に言ってくれるじゃないか。
「僕だって事態にもよると思うよ」
たとえば嫌いなものが食卓に出てても、食事が終わればすぐに立ち直れるけど。
そんな簡単な問題じゃないしね。
「…だってさ。こうやって心配かけてる…規模が今までと違うんだよね」
「規模ねえ」
「うん。今までだったらさ、多少やんちゃして迷惑かけても、家族が心配してくれて、叱られて、終わりだったんだよね。でもこの状況って、ケタ違いじゃん」
解放軍、解放軍を支えてくれる人たち、果ては帝国の圧制から救われることを望んでいる人たち。
その人たちをきちんと見ていなきゃいけないのが僕。
その僕が、川に落ちて流されました、じゃ申し訳なくて。
「なんだか…本当に迷惑かけてるなぁって。みんな僕を…リーダーの僕を心配してる。僕はリーダーだからちゃんとしなきゃいけなくて、でもこんなふうにドジ踏んで。情けないんだよ」
ひとつ、溜め息。
それはやけに長い。
僕は歩きながら、下を見た。
「僕がリーダーとしてここにいなかったら…シーナとルックもケガなんかしなかったのにね」
ああ、そうだ。
それがやっぱり一番悔しい。
僕のせいで、怪我なんてさせてしまったことが。
すると、いきなり。
こつんと頭に衝撃が来た。
え…っ!?
「痛……?」
驚いて顔を上げると、拳を突き出したままのシーナ。
怖いくらい真面目な顔で、僕をまっすぐに見ている。
「あのなぁ、レイ。オレを見縊んなよ」
小さく抑えた声。
僕はどう反応したらいいかわからなくて、ただ呆然とシーナを見た。
「他の奴だったらどうか知んないけどな。でも少なくとも、オレとルックは『解放軍のリーダー様』を助けたつもりはないぜ。オレたちの性格考えてみろよ。無理やり所属させられた軍のリーダー様を助けるために、わざわざ危険に飛び込むような真似すると思うか?」
しない。
と、思う。
いや、でも。
「でも…シーナもルックも、優しいから」
「万人に優しいわけじゃねぇよ。オレはそんな人格者じゃない」
言われて、僕は詰まった。
そんなことはない。
だって…。
「……深く考えることないぜ。心配させてることはたしかだ。レイがリーダーだからって心配してる連中だって少なくないはずだし、それはある程度仕方ないだろ。……けど。ひとつだけ憶えておいてくれよ。オレとルックが助けたのは、ただのおまえだ。大切なおまえだからだよ」
……シーナ。
「…………。ごめん……」
ぽん、と。
シーナは僕の頭に手を置いた。
僕が目を上げると、シーナはもう笑っている。
「は〜い、やめやめ! 堅っ苦しいのやじめじめしたのはオレのキャラじゃないんだ。ほら、さっさと行こうぜ! ルックなんかもう見えなくなっちゃってるし」
「……うん。そうだね」
「ああああ、腹減った〜。さっさと町にでもついて、食事にしようぜ!」
ことさら明るい声をあげてシーナは歩調を上げる。
うん…そうだ。
そうだよね。
昨日と変わらない、歩きにくい道。
でもそんなに気にならないのが不思議だった。
「ええと、ここからはどっちに行ったらいいのかなあ」
「じゃ、そこらの枝を転がしてみて…」
「マジで?」
「……よくそんな無謀なことが出来るもんだね」
「え〜? オレはひとりでうろうろするとき、結構使うぜ?」
「悪運だけは強いわけだ」
「そ、強運の持ち主よ、オレって」
「どうだか」
他愛ない会話をしながら森の中を行く。
地図もない、磁石もない、ただ勘と知識だけがものをいう。
大怪我をして、その上翌日がこれじゃあ不安に思ってもしょうがない。
でもね。
僕は、シーナの言う通り落ち込んでた。
それももう過去形だけど。
そうして、今も別に不安じゃない。
ルックが方向の予測をつける。
僕が口をはさむ。
シーナがちゃちゃを入れる。
ほとんどがその繰り返しで、それは一見不安要素にも見えるんだけど。
不安は全然ない。
誰かがひとこと言えば、すぐに反応が返ってきて。
不安に思うひまなんて、どこにもなかった。
それに、ふたりがいるのに、不安なんて感じる必要ある?
でも、もう夕方近いし。
そろそろ休みたいよね。
「そだ、そろそろまわりの様子見た方がいいんじゃないか?」
シーナが言う。
そうだね、さっき周りを窺ったときには何も見えなかったけど、ずいぶん経ってるから。
シーナはあたりをきょろきょろと見渡す。
「お、でっかい石がある。アレに乗れば見えるんじゃないかな。次、誰だっけ」
その視線を辿ると、たしかに石だ。
いや、どっちかっていうと岩かな。
僕たちが今朝いた大きな岩に似てて、一瞬戻っちゃったんじゃないかってひやりとしたんだけど、それよりは一回り小さくて、横穴もあいてない。
僕たちはローテーションを組んで、高いところから町がないかのチェックをしてるんだ。
だって全員で上ってたら体力の無駄遣いだし。
というわけで、そう聞くってことはシーナじゃないよね。
僕でもないし。
とすれば消去法でおのずから決まってくるというわけで。
僕の隣、ルックがしぶしぶと手をあげる。
「…不適任だとは思うけど。そういうふうに決めた以上は仕方ないね」
あはは……ご苦労様。