トライアングル7
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ルックが岩に上る。
といっても、足場がたくさんあるから、上るのにそんなに苦労するような岩じゃない。
比較的楽な方かもね。
あっという間にルックが一番上に上って、木々がようやく切れるくらいの高さからあたりを見回す。
「お〜いルック〜? なんか見えた?」
「上った瞬間に見つかるわけないだろ。ちょっとは落ち着きなよ」
声を張り上げたシーナに、ルックは冷めた反応。
大丈夫かな。
……あ。
そうだ。
「…えっと、シーナ」
「ん〜?」
「その……さっきはありがとう」
シーナは首をかしげる。
鳥じゃあるまいし、3歩歩いたら忘れたわけじゃないだろうが。
「だから、さっき。お礼言いそびれたから。…おかげで、ちょっと楽になった」
もちろん、重圧が消えたわけじゃないけど。
けど少しだけ、それが軽くなった気がするんだ。
シーナは、なんだ、というように笑う。
「そんなことかぁ。別にいいのに」
「うん。シーナはいいって言うだろうと思ったけど…僕が言いたかったからさ」
「ほんとにレイって真面目だな」
「そ、そう? 言われたことないよ」
「オレに比べたら全然だろ?」
ってシーナに比べたら。
そりゃ誰だって真面目だろう。
「……シーナと比べても基準になんないと思う」
「あはは、やっぱりか」
「だってだいぶ風紀乱してるじゃんか」
「ぎくぎくっ。そうはっきり言われちゃうと痛いなあ」
「図星も図星だからだろ」
「たしかに」
「認めんなよ」
ふたりして笑いあって。
真面目な話をしていたはずなのに、いつの間にかはぐらかされてることに気付いた。
ううん、悪い意味じゃない。
なんだかわだかまりが消えていくみたいだ。
その僕たちの足元に、さっと影が落ちた。
「…ふたりで盛り上がってるところ申し訳ないんだけど」
あっ。
いつの間にかルックが降りてきてる。
しかもめちゃくちゃ機嫌が悪いぞ。
ヤバいっ。
「あ、あの、ルック?」
「いいよ? どうぞそのまま話し込んでれば? 僕は行くけどね」
「え、何か見えたの?」
「上から言った。聞いてなかったんなら二度目はないよ」
「あああああ。すみませんルック、ルックちゃん、ルック様!!!」
「じゃあ僕は行くから。じゃあね」
「うわああ、待ってってば、ルック〜!!!」
しまった。
別にルックを無視して話を進めてるわけじゃないんだってば〜っ。
さんざん拗ねて(るみたいに見えた)、ようやくぽつりと「煙が見えた」とルックは言った。
煙が見えたってことは町じゃないにしろ、誰かが住んでいる場所ではあるってこと。
ルックによればただ火をおこしてる煙じゃなく、煙突から昇るような煙らしいし。
僕たちとしてはそれが町でも、森の中の一軒家でもかまわないんだ。
少し休ませてもらえればルックの魔力も回復するだろうし。
…でも、めんどくさいから山賊のアジト、とかいうオチはごめんだよ。
あと、帝国軍キャンプもやめて欲しいところだなあ。
「どのくらいの距離だった?」
「そんなに遠くないよ。さっきシーナが木に上って見たときに何も見つからなかったのが不思議なくらいだね」
「げげっ。オレのミスー?」
「そうは言ってないけど?」
ルック…それって言ってるように聞こえるんだけど。
でも遠くないんなら、そろそろ着くのかな。
そう聞くとルックは頷く。
「そうだね。大体この速度で歩いてれば、そのうち行き着くんじゃないの」
ふう、ようやく着くんだ。
たった2日だっていうのに、ずいぶん長く感じたよ。
それでなくても、僕、途中で気を失ってたのにね。
「あ!」
いきなり、シーナが大声をあげた。
「え? なんだよ?」
見ると、シーナはまっすぐに進行方向を指差している。
それを辿ると、木が途切れたところがある。
直線に沿うように、結構な幅で。
「…ねえルック。あれってなんだろう。川かな」
「……これだけ近付いても水の音が聞こえないし。違うんじゃないの」
ルックがそう答えるや否や、僕たちは走り出していた。
ルックは走るの、と抗議するような顔をしてたけど。
でも自然に足が速くなっちゃうんだよね。
そうして走って、走って、そこに辿り着く。
ぴたりとそこで止まって、僕たちは大きく息を吐いた。
「……発見〜…」
「うん…道だぁ……」
舗装もされてない、細い道。
でもまっすぐ平行に残る轍の跡。
それも新しい、ついさっきつけられたような跡が見える。
ってことは、少なくとも人の行き来があるところなんだ。
とりあえず、僕たちは安堵の溜め息をついた。
「うわ〜、人がいる!」
町に入るなり、シーナの失言。
おいおい、それじゃよっぽどの田舎者だと思われるぞ。
ま、それもわかるんだけどね。
人に会うのはしばらくぶりな気がするからさ。
見たことない町だけど、大きな問題もなさそうな、穏やかな町だった。
これならいざこざに巻き込まれる心配はないよね。
「なあ、早速食事にしようぜ。1日半何も食べてないんだし、さすがにきっついよな」
そういうシーナの声は、少し気が抜けたようだった。
シーナも心配してたんだ、帰れるかどうかって。
「そうだね。そろそろ体力も尽きる頃だし」
ルックもここへ来て疲れを見せてる。
かくいう僕も、急にどっと体が重くなってるけどね。
たぶん、ようやく人のいるところに出てほっとしてるんだと思う。
一時はどうなることかと思った、ってやっと思えたよ。
「んじゃ、何はなくともまずは食事だね。ルック、シーナ、何がいい?」
「なんかもう何でもいいやって気分。ルックは?」
「もともと希望はないよ。その辺飛び込んだら?」
それじゃあそういうことで。
僕たちは町の入り口から近い食堂に、なだれ込む勢いで入った。
僕はカップのお茶を飲み干して、机に置く。
あああ、やっと人心地ついた。
シーナも長い息を吐いてカップを置いた。
「うー……なんか、生きてるって感じ」
シーナのそれはなんだかシャレにならないんだけど。
僕たちの前には空になった食器。
なんだかあっという間の食事で、味がよくわからなかった。
おいしいって思った記憶はあるんだよ。
でも勢いの方に引きずられて、ふと我に返ってみると、あれっどんな味だったっけ…って。
なんかリアルな食事だったような気が。
と、僕はそこでふと気がついた。
もしかしなくても、3人だけで食事するのって…これが初めてだったかも。
そうだよなあ、まだ出会ってからそんなに経ってない。
それでなくとも、僕とルックはしつこく絡んでくるシーナが苦手で…蹴飛ばしたりとかしてたんだ。
今でもそう思ってるはずで……今でもとんでもない奴だって思ってるはずで。
なのに、なんなんだろう?
これ……安心感?
どうしてだかわからないけど。
3人でいることが、なんだかとても普通で、自然なことのように思える……?
「でも、人間は何日か食料摂らなくても生きていけるんだろ」
「理論上ではね。やっぱりなんかイヤじゃん」
「まぁ結果的にはこれだけの遭難で終わったからよかったけどね」
「ほんっと」
シーナとルックがそんな話をしてて。
ルックも、少し前だったら、話どころか目をあわせさえしなかったのに。
…なんだか。
シーナがいて。
ルックがいて。
とても安心してる僕に気付く。
よかったって。
そう思ってる僕がいる。
ふたりには?
……言わないよ。
なんか…恥ずかしいからさ。
背後で、人の話し声がする。
外からだ。
どこか聞き覚えのある声で、僕は食堂のドアが開くのと同時に振り向いた。
「だぁかぁらぁ、ここが一番近いんだよ。ここを拠点にしてだなぁ……」
「でも、でも、でも、私は……」
あ。
グレミオとビクトール!
間髪いれず、目を上げたグレミオと目が合う。
「!!!!! ぼっ……ぼっちゃあああああん!!!!!!!!」
気付くと同時にグレミオは走ってきて。
僕を思いきり抱きしめるもんだから、勢い余って僕は机に頭をぶつけた。
……痛いよ。
どんな顔をしたらいいのか一瞬困って、僕はルックとシーナを見る。
ルックは肩をすくめ、シーナは仕方なさそうに頬杖をつく。
「ま、3人だけの大冒険はこれで終わり、ってとこかな」
みたい、だね。
僕たちは目を合わせて、少しだけ笑った。
よぉし。
早く、帰ろっか。
Continued...
<After Words> |
お久しぶりのトライアングル本編新作ですv メンテナンス中の連載作なんですが。 残り2日から始めたので、連載といっても2回だけだったんですよ。 それでよく終わったものだと……(笑←?)。 正直、さっさと進めたかったんですよ。 でも書きたいこともそこそこあったのでゆっくりペースで進んでたんですけど。 けど最近、トライアングルの「番外編」というコーナーが出来てきたので、 お遊びは番外編にお譲りして、そろそろ本編を進めてきたいと思ってます。 全部書き終わってしまえば、あとは好き勝手に出来るしね。 というわけで、ここから先はわりとシリアスになったりするかも? とはいっても、たぶん番外編の方でドタバタ大騒ぎは続くので、 みんなで大騒ぎv が好きな方はそちらも合わせてどうぞvvv |