June 2nd, 2002
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− 1 −
「まぁ、あなたもよくおわかりだと思いますが」
はい……。
「それでもやはり皆の気持ちは」
ですね……。
「今回は結果としては無事にお戻りにはなられましたが」
はい……。
「このようなことを申し上げるのもどうかとは思うのです」
いや僕のせいです……。
「しかし」
はい…。
うん……。
わかるよ。
ものすっごい、言ってること、わかるよ。
そりゃそうだよね、リーダー様崖から落ちて行方不明。
説教は当然でしょう。
それも僕を心配してくれているからこそのことで。
……でも。
でも、マッシュ……。
さすがに5時間はキツイ……っ。
わかる。
わかるんだけどっ。
でもさー、せめて帰った当日は休ませてくれてもいいんじゃないかなーって。
いや、軍議は翌日、本日はお休みください…と言ってくれたんだけどね。
けどその「本日」は残り5時間もないんですけど……。
あ、マッシュの説教自体はそんなに長くもなかったんだ。
長かったのは、グレミオ。
マッシュの話の途中で泣きながら話に加わるもんだから、進むものも進まない。
ああ…だから、悪かったって!
そりゃあの場面、もうちょっと気を付けてればな、って、ちゃんと反省もしてるし!!
不可抗力だって、わかってくれてることもわかってるんだってばー!!!
……思わずそう叫びたくなったよ。
でも迷惑かけたのは僕だし。
ああああああ。
なんかこう、やりきれないってっ。
わかったからさっさと解放して欲しいってっ。
なんなんだ、この板ばさみは。
………さっさと部屋帰ろ。
僕はすっかり重い足どりで、部屋に向かう。
同じフロアにあって本当によかった。
なんだかエレベータに乗る気すらならない。
だから夕飯も食べに行く気にもなんなくて、でもおなかはすいてるし。
そう言ったらグレミオは顔を袖でぬぐいながら、
「それじゃあ、お部屋に食事をお運びしましょうね! すぐにご用意しますから! 先にお部屋に戻っていてくださいね!」
と駆け出して行った。
いや…ほんと…頭下がるよ。
申し訳なく思いながら廊下をふらふらと歩いてると、その先にルックが立っていた。
腕を組んで壁に寄りかかってる。
うん。
別にかっこつけてるとかそんなんじゃない。
第一、ルックがそんなことするわけないしね。
寄りかかってるのは疲れてるせいで立ってられないんだよ。
ルック、ほんとに体力ないからさ。
「……お疲れ」
肩をすくめながら、ルック。
「うーん、本当に疲れたかも。下手したら森の中をウロウロしてるときより疲れた」
「かもね。僕はいいんだけど」
「?」
「僕を説教する奴はいないだろ? いてもし返すしさ」
「あはは…だろうなぁ」
それにルックが説教を食らう理由はないもんね。
たしかにあのときのルック、魔法を使えることをしっかり失念してたみたいだけど。
それが責められるようなもんじゃないってのは誰もが承知してることだ。
かえって事情を知ってる人は、ルックが僕を助けに飛び込んだことを驚いたくらい。
「で?」
「で…って?」
「軍の連中に…バレてなかったんだろ?」
「ああ、それか」
僕はルックを促して部屋に誘う。
ルックはひとつ頷いてついてくる。
「…うん。あのあとね、グレミオとビクトールは『瞬きの手鏡』で城に戻ったんだけど、ビクトールだけマッシュに報告に行ったんだって。グレミオはその間地下に隠れてて」
「ああ…そっか。あの過保護男がひとりでウロウロしてたらレイがいないのが目立つから」
「そういうことだね。ビクトールだけならちょっと用事で戻ったって言えば終わりだもん。残りのメンバーがいませんってことになっても視察から帰ってないだけだって説明できるだろうし。だから、知ってるのはグレミオとビクトールとマッシュと、あとクレオとパーンくらい」
「最低限に押さえられたわけか」
「うん。…あ、オニールさんは気付いてたみたいだけどね…さすが。あ、あと、…レパントさんとアイリーンさんはばっちり」
「……あぁ。馬鹿息子か」
だよねぇ。
一応親には報告しなきゃいけないでしょう。
レパントさんなら噂が広まるはずもなし。
「なもんで、僕が心配されたあまり長時間説教食らって、一件落着…ってワケ。ルックは? 魔力戻った?」
「もうちょっとだね。普段はこんな無茶やらないんだけど」
「まぁ…緊急事態だったもんね……」
笑うに笑えない。
いや…ほんと。
これからは気を付けます、はい。
にしても、足が重い。
ほとんど牛歩に近いスピードで僕たちは僕の部屋へ向かった。
なーんか…情けないけどさぁ…。
「…ねえ、レイ」
「んー?」
やっぱりどこか億劫げなルックの声に、僕も気の抜けた返事。
「部屋の前で誰か死んでるよ」
「へ?」
死んでる?
僕はぱっと顔をあげた。
日が沈んでだいぶ経つから、廊下はすっかり暗くて。
でも明かりは灯してあるからそれなりに明るいはずなのに、部屋の前だけなんとなく暗い感じがする。
そこに、うつぶせに行き倒れた姿がぽつり。
……息してんの、こいつ。
ようやくそこに辿り着いた僕たちは、それを見下ろす。
気配にはまったく気付かないのか、動く様子まったくなし。
爪先でなんとなくつついてみる…やっぱり反応はない。
僕たちは顔を見合わせて、
「ダメだね。屍だ」
「じゃ、ほっとこうか」
そう結論付けてさっさと部屋に入ることにした。
僕がそれをよけてノブに手をかけると、ルックはそれを遠慮なく踏みつける。
「ぐぇ」
ルックの足の下からつぶれた声。
「…なんだ、生きてたの?」
さすがルック、ものすごい淡々としてる。
「生きてるってば〜…ルックちゃん、痛い……」
「よかったね、生きてる証拠だろ」
「たしかに。…って、でも痛いって〜」
……おーい、そこの元屍。
痛い、とか言ってる割にはめちゃくちゃデレデレした声してるよ。
僕が呆れながら見てると、元屍がふっと顔をあげて僕を見た。
「あ。レ〜イ〜v やっほー」
「…やっほーじゃないだろーが。なにやってんだよ、そんなトコで」
「見てのとおり、行き倒れ。ねぇ保護して」
「そういうのは行政に任せないと」
「だってレイが行政のトップなんだから、レイが保護してくれてもいいじゃんv」
「……さぁて…本物の保護者がいるんだっけな。レパントさーん」
「あっ、ちょっと待った、ちょっと待ったぁああ!!!」
ずりずりとはいつくばって、僕の足にすがりつく。
ふふん、僕の勝ちだね。
元屍は情けない顔で僕を見る。
「いや、マジでさー。今の今まで、本物の保護者にありがた〜い言葉をいただいてきたトコなんだよ。これ以上聞いたら、オレ、倒れる」
「シーナも?」
「そ。ああ、そんなことより、保護保護〜」
…ったく。
しょーがない奴。