トライアングル8
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 立たせて、だのなんだの騒ぐシーナを無理矢理立たせて、僕たちは部屋に入った。
 ばたん、と僕がドアを閉める。
 すると同時に、
「はあぁ……」
 見事なタイミングの溜め息。
 ルックが多少ふらつきながら椅子に座り、シーナが遠慮の「え」の字もなくベッドに寝転がり、僕は床に座り込んでベッドに寄りかかった。
 あー…やっと帰ってきた、って感じだ。
「お疲れ様〜…」
 そう言うシーナの布団のせいでくぐもった声。
 僕とルックは声もなく頷いた。
 町に行き着いて安心して、グレミオとビクトールと合流して安心して、そして城に帰ってきて安心した。
 そのはずなのに、まだどこかで緊張してたんだってことが今わかる。
 …そりゃまあ、本当の僕の部屋じゃないけど、でも、一応「僕の」という名前がついた部屋だ。
 なんだか体から一気に力が抜けて、指1本動かすのがもうめんどくさい。
 家に帰るまでが遠足だ、っていうなら、今ようやく遠足が終わったことになるのかな。
 遠足よりもずっとエキサイティングでスリリングでしたけど。
 あぁ、でも……。
 部屋がしんと静まりかえる。
 呼吸の音も聞こえないくらい。
 そう思ってたら、勝手に口が動いた。
「……でもさぁ」
 ルックが顔をあげて、シーナが後ろで僕を見た気配がして。
 それで僕はなんとなく続けた。
「ちょっと思ったんだ。あー…でもどうかな。これって言っちゃっていいのかな…やっぱりまずいかも」
「いいよ。言いなよ。なに?」
「…いいの?」
「ルックもいいって言ってるし。オレも聞くよん。なになに?」
 本当にいいんだな?
 言っちゃうぞ?
 僕の立場からしたらホントはまずいんだからね。
「……なんか、楽しかったな…って」
 しん、と。
 また部屋の中が静かになる。
 げ、やっぱまずかった?
「あ、だから、心配かけまくっちゃったこととか、みんな怪我して大変だったこととか、そういうことじゃなくってさ! 敵と戦うためじゃなくて、帰り道探しながらああでもないこうでもないって…。そういうのが…なんか楽しかったんだ」
 わかってるってば。
 リーダーの僕がそんなガキっぽいこと言うのって、筋違いなんだよね。
 そうなんだけどさ…。
 すると、シーナがぷっと吹き出した。
「…あははははは。やっぱり? オレもそー思ってた」
「え?」
 びっくりして顔をあげると、ルックと目が合う。
 ルックもほんの少し笑ってて……………って、え?
 ええっ?
 る、ルックが笑って…る……?
「なんだ、ふたりもそう思ってたわけか。僕は別に…楽しいとは思わないけどね。悪くない、とは思うよ」
 起き上がったシーナもそれを見てぎょっとしてたようだけど、そこはシーナ、すぐに満面の笑顔に戻ってた。
「だな。たまにはああいうの、悪くないぜ?」
「でも大怪我はごめんだよ。そのたびに僕が魔力使い果たして大変なことになるからさ」
「……うん。そうだよね。誰も怪我しない方向でいこう。だから敵と戦うのとか、却下だね」
「あったりまえじゃん!」


 僕たちは…そうして、そんなとりとめのない話をした。
 戦争だとか解放軍だとか帝国だとか真の紋章だとか、そんな話はまるきり無視して。
 そうだね。
 僕たちは忘れたかったのかもしれない。
 この、僕たちを取り巻く環境を。
 もちろん忘れられるはずもないし、忘れちゃいけないことも理解してる。
 今ある場所で精一杯自分らしくあることが一番大切で、「どこか違う場所」を求めることに意味なんてないことも。
 だけど。
 僕たちが欲しいのは、ここじゃない。
 今僕たちがある場所は、本当にいるべき場所じゃない。
 こんな……戦いなんて、間違ってる。
 戦いから逃げ出したいって、そういうことじゃない。
 もちろんこの戦いが今必要なんだってことはわかってる。
 でも一番いいのは、戦いがないことだ。
 なくすことだ。
 そのためには、僕たちは戦わなきゃいけない。
 なんだか矛盾だけどね。
 シーナは笑った。
「まあ、そのために今頑張っちゃおうぜ、ってことだよな。いつかオレたちがあるべき、本当の場所が見つかるまでさ」
 そうだね。
 僕たちの本当の場所、か。
 うん、それって探し甲斐がありそうじゃない。
 3人で探せたらいいよね。
 そう思うよ。


 そこに、とんとんとドアが鳴る。
 はい、と返事をするとすぐにそれが開いた。
「あのぼっちゃん、お食事はもうお持ちしても…」
 あ、グレミオ。
 グレミオは少し開いたドアの隙間から部屋を覗いて目を見開いた。
 そうだよね、僕だけのはずが増えてるんだもん。
 そうして、グレミオはすぐに笑った。
「では3人分にいたしましょうね。すぐに運んできますから」
「ありがとう」
 僕はそう返事をして、すっかりくつろいだふたりを見た。
 シーナの明るい笑顔。
 ルックの少しだけ和らいだ顔。
 僕は肩をすくめて、笑った。





「っあー…そろそろ寝ようかなぁ。疲れたもんなぁ」
 食事の後しばらくして、シーナが背伸びしながら言う。
 だろうねぇ、お昼頃までは遭難中だったんだから。
 それがこの時間までもったんだから、意外にスタミナあるんだったりして?
「今日は早く寝ようよ。明日は…ははは、軍議が入っちゃったしー…」
「それってオレも出席なのかなー。やれやれ」
 情けないコト言うなって。
 立ち上がるシーナに苦笑する……と。
 そういえば、ルック。
 さっきから窓の前に立ってるけど。
「ルック? どうしたの? ルックも今日は早く寝た方がいいよ。まだ魔力回復してないんだよね?」
 僕が声をかけると、ルックはびくりとして振り向いた。
 …え?
 険しい顔してるけど……。
「ルック…どうかした?」
「あ…あぁ。なんでもないよ」
 ルックはそう言って首を振るけど。
「そうかなあ」
「うん。なんでもない。疲れてるんだよ、それだけだ」
 何かを振り払うような口調。
 どうしたっていうんだろう?
 シーナが不思議そうな顔で僕を見る。
 何かあるんだろうけど……一体?
 それきり、ルックはなんにも言わなかった。


 ルックが見ていたもの……。
 星?
 僕にはなんだかわからない。
 でも、
 小さな不安が、胸の片隅にぽつりと残った。





Continued...




<After Words>
トライの新作です〜。
前作から2か月以上経っての新作なのですが、あんまりそんな気がしません…。
しかし…トライは…なんて書きやすいんでしょう。
書き出すのこそ遅かったんですけど、なぜかそのあとは一気に書き上げてしまいました。
やっぱりトライは書いてて楽しいですv
…とは言っても、ちょっと暗雲の兆しが。
本編、進みます。



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