August 12th, 2002
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窓の外は、雲ひとつない青空だ。
どこまでも澄んで青い。
広い空……。
僕は、こんな空を見ていると、飛んでみたくなる。
そりゃ僕には羽はないし。
だから飛べないことはわかってるんだけどね。
でも、両手を広げて飛んでしまえたら…そう思うんだ。
ぽつり、とシーナに言ってみた。
そうしたらシーナはきょとんとした顔で、
「なに、それ。自殺願望?」
と聞いてきた。
別にそんなわけじゃないけど。
「…ただ。この空なら……この大きな空なら…僕を受け止めてくれるのかな、と思ってさ」
「ふうん?」
「なんか全部浄化してくれそうだよね。そんな気がしない?」
「じゃあさ、レイ、オレがレイの青空になってやろうか?」
「シーナがぁ? いい、いい、遠慮しとくよ」
僕は笑いながら答える。
シーナはやっぱり笑いながらそれでもつまらなそうな声を出す。
「ちぇ、オレは本気なのになぁ」
「シーナの本気はあてになんないから、ね」
えええ、とシーナ。
だってそうでしょ?
次から次へと、さっきも女の子に声かけてたじゃないか。
そんなやつの本気をどうやって信じろっていうのさ?
そうすると、必ず溜め息が聞こえる。
「……やれやれ」
「え? なに? ルックv」
「…飽きないな、と思って。レイもこんなのにつきあってると人としての道はずれるかもよ」
「うーん、そうだろうなぁ、やっぱ」
「えええ? それってオレがすでに人の道踏み外してるってコト?」
「違うって言えるなら言ってみな」
「…言えると思うんだけどなぁ」
周りから見たら、僕たち全員、ひっくるめて「飽きないな」って思うんだろうな。
いつも同じやりとりな気がする。
でもいいじゃない?
これはこれで、結構僕たち楽しんでるんだと思うよ?
ああ、こう考えると僕たちってガキだなぁ。
こんな時今更ながら思うんだけど。
あ、わかってるから、何も言わなくていいよ。
…というか、言わないでくれると嬉しい。
そうなんだよね、ここは解放軍の本拠地で、僕は戦争のまっただ中にいて、軍をまとめるリーダーなんだ。
もちろん僕も、シーナも、ルックもわかってる。
でも、だから……。
時々息抜きだってしたいじゃん。
それが多分こんな時なんじゃないかな。
そうなんだよなぁ。
僕もたまに自分で忘れるんだけど。
僕ってまだ10代じゃなかった?
自分自身すごくギャップを感じてるんだよね、普段の僕とリーダーの僕。
どっちが本当の僕なのかって聞かれると、正直困る。
だって別に意識はしてないからね。
こうやって今みたいに書類を読んでても、ここに来た当初みたいに自分で混乱することもなくなったし。
けど……うん、嘘は言わない。
ちょっとだけ息苦しいよ。
でもそう言っちゃったら終わりだしね。
とりあえず頑張るしかない。
僕が託されたもの…少しでも守りたいから。
「……間諜からの報告書?」
足音が近付いて、ルックが声をかけてきた。
「え? うん。間諜ってほどじゃないけどさ。一応潜入捜査の報告」
「それっていわゆる間諜だろ」
「まあね。けど帝国側の情報じゃないしね。どっちかっていうと町の様子とか」
ふうん、と肩をすくめてルックは僕の目の前にある椅子を引いて座った。
このところ、こんな風にしてルックはたまに僕のところを尋ねてきてくれる。
前は滅多にこんなコトなかったけどね。
だいたい僕がルックのところへ行ってたもんだ。
それだって素っ気なさそうにしてたけど。
だからものすごい進歩なんだよ。
そう、この前なんか笑ってくれたし。
ルックが笑うとこなんてそれこそ滅多なことでないと見られない。
皮肉混じりに見下したように笑うことはたまにあったけど…それってやっぱり普通の「笑顔」とは違うじゃない?
だから僕はものすごく嬉しいんだけどね。
僕とルックの隙間が、埋まっていくのはとても嬉しいんだ。
「…で?」
「で…って。ああ、報告書ね。まあ、こんなところかなぁ……」
「軍師とも話はつけてきてるんだろ?」
「うん。……そうだね、近いうちに……南、かな」
「南ね。妥当なところか」
「いよいよ本格的になってきそうだよ」
気配を探りながら、僕はぽつりと言った。
ここで下手に気配を探るのを忘れると、また何が入り込んでるかわからないからね。
それこそ帝国側の間諜が。
でも、僕とルックは近くに人の気配がすれば気付くから。
そんなことが慣れちゃってるあたりは悲しいけど。
……だけど。
「やっほ〜。あ、ふたりともいたいた〜」
はぁ。
僕とルックはそろって溜め息。
「どうしたのふたりとも溜め息なんか」
いやそれはおまえのせいだ。
声には出さずにそう突っ込む。
だからさ、僕もルックも気配を探ることに関しちゃもう慣れてるわけ。
気配を消そうとしてる間諜もだいたいわかったりするんだよ。
なのに……なのになんだってシーナの気配だけは気付かないかなっ。
うん、近くにいる時はシーナの気配がどんなのかとか、それはわかるんだよ。
問題は現れる時だ。
いつもいつも突然うしろにいたりするんだから。
どんな特殊な気配の持ち主なんだコイツはっ。
ルックがしてやられた、という表情でシーナを睨む。
「……それで? 何しに来たの。今日はいつもみたいなばかばかしい理由じゃないようだけど?」
「ばかばかしいだなんて〜。オレはいつもふたりに心の底から会いたいって思ってるからだけなのにぃ〜」
「それがばかばかしいって言ってるんだよ。だから、何」
するとシーナはぽんと手を叩いた。
本当に何か用事があったらしい。
「そうだ。なんか青いのが来てるぜ」
「青いの?」
青い……僕はすぐにピンと来た。
旧解放軍の……。
…………オデッサさんのこと…どう言えばいいんだろう。
それからはもう。
とんでもなくばたばたしたよ。
そう…城に来たのは、フリックだった。
オデッサさんは子供をかばって亡くなった。
そしてそのあとを僕が継ぐ形になった。
…けど、それをどんな言葉で説明していいのか……。
僕たちは…旧解放軍からの流れを断絶しないためにオデッサさんの死を隠してた。
もちろんそれは、軍としての取るべき道だった。
でも、フリックにはそれだけじゃない。
フリックにとってオデッサさんは尊敬すべきリーダーで、何より、
……一番大切な人だった。
その人が自分の目には見えない場所で、助けることもできずに亡くなってしまったんだ。
これから共に歩めるだろう道を、知らない場所で奪われてしまった…。
僕をリーダーとは認めない、とフリックは言った。
そうだろうな。
フリックはオデッサさんを通して未来を見ていた。
そこにぱっと出の僕が現れても……。
シーナは、何も言わずに僕の頭をぽんと叩いてくれたけど。