トライアングル9
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「やっぱりさ。難しいよね」
あれこれと荷物を詰め替えながら、僕はぼそりと呟いた。
そばにいたルックとシーナが顔を上げる。
「何が?」
「戦争ってやつ」
一応薬は多めに持っておいた方がいいよな。
僕はせっせと荷物を詰める。
「…だなぁ……。あれだろ? フリックとオデッサさんって人のこと」
「うん…。オデッサさんは、その難しさも悲しさもわかってたんだろうな、って」
「美人だった?」
「うん、そりゃもう…っておいシーナ、ヘタなコト言うとフリックに冗談抜きに斬られるよ」
「うわそりゃやべぇ。……まぁ、そうだなぁ。だってオレたち、実際には戦争知らない世代じゃん」
シーナのセリフに僕はふと気付く。
「……そうか。そうだよね。結構細々した事件とかがあったりするから知ってるつもりでいたけど。…継承戦争の時、僕6歳だったっけ」
「オレだって4歳だし。記憶なんかほとんどねぇよ」
僕も記憶なんてかすかしかない。
ただやたらと淋しかった記憶だけがある。
戦争の意味なんかわからなくて、父さんがいないって駄々をこねてた。
僕にとってはそのくらいの意味しかなかったんだ。
…あちこちで何人死んだ、その報告をただの数字でしか受け止めていなかった。
所詮僕には関係ないことだったから。
勉強も武術も習ってた、でもそれと「人の死」とはとてもかけ離れていたから。
だから……。
向かいに座ってたルックが、ひとつ息をついた。
「考えたってしょうがないよ。始まってしまったものをいくら言ったところでね。…始まってしまったなら…終わらせるだけだろ?」
「うん……」
「ただ、そうだね……難しいとは、思うよ。僕もね」
ルック…。
僕たちは戦争の記憶をほとんど持たない。
それが本当はどういう意味を持つのか、わかっていないと思う。
もしかしたらそれを、これから嫌というほど知ることになるのかもしれない。
それがとても怖いけど。
そして、こんな僕がリーダーで、本当にいいのかなって…そんな不安もある。
それはもう最初からそう思ってたけど。
…なるべく思わないようにはしてるけど、でも。
「ああ、やめようぜ、レイもルックもさ。それより今しなきゃなんないことを考えなきゃ」
「あ、うん。…だよね、敗戦を喫したあとだもんね」
「敗戦ね…。厄介な敗戦だよ。あの花をどうにかしなきゃならないんだろ?」
「とにかく解毒剤を作れる人がみつかれば話は早いんだけど」
状況はめまぐるしい。
いろんなことが起こってくる。
考える暇がないくらい忙しいから、それはそれでいいんだ。
本当に…あんまり考えたくないんだ。
考え込むと、どんどん深みにはまっていきそうで。
僕たちは、ミルイヒ将軍の治めるスカーレティシア城に攻め込んで、負けたんだ。
それはスカーレティシアに咲く遠目から見てもわかるくらいの大きな薔薇。
あれの毒で僕たちは負けたんだけど…。
でもあの城を落とさないと次へ進めない。
だからあの毒を無効化する薬を作れる人が必要で。
それを作れる人を探すために僕たちは偵察に出ることになったんだ。
けど、そのメンバー編成で今日は少しもめた。
いつもみたいにふいに現れたシーナがまず、
「オレ行く、オレ〜!」
と自己主張。
やれやれ。
前は面倒だからとかなんとか言ってついて来たがらなかったのに。
このごろ必ずついてくる気がするのは気のせい?
僕は渋々承諾しようとした。
それに反論したのはレパントだ。
「すみませんが、よろしいですか」
「え? うん、なに?」
「シーナを北へ偵察にやりたいのです」
…北?
「えええっ、ちょっと待ってくれよ親父っ」
シーナが異論を唱えるのを、レパントさんが手で制す。
「帝国兵が小さな小競り合いを起こしているらしいのです。兵を割くほどではないのですが、早めに摘んでおいた方が後々の憂いを断つことになるでしょう。が、腕の立つ者も必要です」
なるほど、それでシーナか。
シーナの訓練にもなる、ってわけだね。
なぜかすっと背筋を寒いものが走った気がするけど…。
僕はマッシュを見る。
マッシュは頷いて、
「報告は私も聞いています。他にも何名か同行していただければそれで問題ないでしょう。早々に手を打つ件に関しては、そのほうがよろしいかと」
……そうか。
わかった。
「…てか、オレの意見は関係ないわけ?」
「わかってるだろう、シーナ。これは遊びではない」
「わかってるさ、それくらい! でも、なんか…今レイと離れちゃいけない気がするんだよ!」
「……え?」
僕が怪訝な顔をすると、シーナは少しばつの悪そうな顔をした。
「あ、違う。そういう意味じゃなくて。何となく、そんな気がするんだよ……」
その言葉にルックがわずかに反応した。
何のことだか、僕にはわからない。
でも、たしかに後続の憂いは断っておくべきだって…それは僕にもわかる。
「ごめん、シーナ。今回は北の偵察に行ってくれ」
「…………。あぁ。レイの指示なら、そうするけど」
煮え切らないシーナの態度。
僕は意味もなく不安になる。
さっき僕も、背中に感じた…少しの悪寒。
「それでは、残りのメンバーを決めてしまいましょう。まずビクトールさんにフリックさんですね。それから…」
「もちろん私も入れてくださいねっ」
マッシュが言いかけた言葉に、グレミオが言葉を重ねる。
そうだろうな、僕が行くところにはグレミオは当然のようについてくる。
もうそれが習慣みたい。
だってグレミオが初めて僕の目の前に現れてから、ずっとのことだから。
僕もグレミオがいないとなんか変だと思っちゃうんだよね。
「もちろん、じゃあグレミオとあと……」
「…あー…すまん、レイ」
?
なに?
今度はビクトール?
ビクトールは少しだけ難しい顔をして頭を掻いた。
「なんだかいやな予感がするんだよな。……なぁ、グレミオ。今回ばかりは留守番しててもらうわけにはいかねぇか」
「え? え? 何をおっしゃるんですか? だってぼっちゃんをお守りするのは私の役目なんですよ?」
「ああ、そりゃ了解済みだ。けどな…虫の知らせってやつがするんだよ」
「ビクトールさん、急に何を…! そんなもの、なんの根拠もないでしょう?」
「そりゃあ、まぁ、な。だが……」
「でしたら!」
「悪いことは言わん。おまえは残れ」
「そんなこと、聞くわけにはいきませんよ」
ビクトールがそんなことを言い出したからなんだろうか、今日のグレミオは一歩も引かない。
グレミオは僕のことでは滅多に引かない、でもこんなに強引なグレミオは久し振りに見た気がする。
僕は目の前で繰り広げられる行くないや行くの押し問答を困り果てて見ていた。
これは、どっちの意見を尊重したらいいんだ?
同じく困ったようなフリックが、
「いい加減にしろ、おまえら! どうするかは、レイ、おまえが決めろよ。リーダーなんだろ?」
と言い放ち、僕がグレミオの涙目に負けて同行を許可して一段落ついたけど。
それにしても、フリック…。
やっぱり棘があるね。
そりゃそうなんだけどさ……。
マッシュがこほんと咳払いをした。
「では、そのメンバーで。あとはどうなさいますか?」
「ええと、そうだね、キルキスに…」
あとは、とつなげようとした。
そこで誰かが僕の腕を引いた。
びっくりして振り返ると……ルック?
「僕が行く。かまわないだろ?」
いつもみたいな冷静な顔。
なのにどこか、苦しげな顔。
ルック…?
不安って、ぽつんと落ちたインクみたいなものだ。
だけどそれが、少しずつ広がっていく。
僕は釈然としないまま、荷物を背負った。
Continued...
<After Words> |
いつか書かなきゃな場面に行き当たりましたか。 ですね、ここを通過しなければこの先にはいけないですし。 が、今ここにぶち当たるのか……! もうちょっとコンスタントに書けていればとっくに書き終わって いたかもしれないところなのに! そうしたら幾分か楽だったのでしょうけど…。 おかげで書きにくさといったらもう…。 しかし3の傷から立ち直れない今にこれを書くのもなにかの縁でしょうか。 というわけで次回に続きます。 |