トライアングル11
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 ……赤だ。
 嫌気がするくらいの赤だ。
 血…炎……この世にある、地獄だ。
 骸を踏みつけ戦う光景は、残酷、だなんて一言で済ませていいはずのものではない。
 どれだけの命がこの手で消えていっているか。
 どれだけの命がこの足の下で消えていっているか。
 そんなことを考える余裕なんてない。
 たぶんそれを考えてしまえば、その重さに潰されてしまう。
 僕は…僕は…僕は…っ。
 唇を噛んで、棍を振るう。
 声を張り上げて、軍を動かす。
 『進め』という命令の、その、とてつもない重み。
 火炎槍の威力はすさまじかった。
 自分たちの力を過信するわけではないけれど、前の戦とは明らかに違う。
 行こう。
 進もう。
 その先に道があるならば。
 あるならば。
 味方の怪我を憂い、兵士を鼓舞する表側の僕。
 その影で、ただの物体と化した屍を冷めた心で見ている僕がいる。
 そうして。
 その戦いの終わりが見えた頃に。
 僕は、
 あの人の前に立っていた。


 言葉は、血のつながりを否定している。
 別個の思想のもとにある、別個の人間としての。
 それでいい。
 僕もあなたを父とは思わない。
 気を読まず、暴走していく帝国を諌めもせず、腐敗していく官吏の暴挙も見逃している。
 ただ従うことが、忠誠だとは僕は思わない。
 あなたがそれを正しいとしても、僕は違う。
 僕はまだたくさんのことを迷っている。
 でも、これだけは言える。
 国は民を守るための存在にしか過ぎない。
 自国の民を苦しめる国は、もはや国ではない、と。
 だから……僕はあなたと戦う。


 剣は、とても重かった。
 重さそのものよりも、そこに込められた心が重かった。
 それはお互いの信念そのものだからだ。
 信じ、貫くべきものが、自分の中にあるその重さが、直接ぶつかっているからだ。
 だから重い。
 太刀筋は正確で、まっすぐに僕を狙う。
 僕はその流れに乗り、ギリギリで避けながら勝機を狙った。
「…どうした。迷っていないで、打って来い」
 !
 ぎくりとして、僕は引きかける。
 そこにまた剣が降りて、僕は再び踏み込んだ。
 迷う…その心は見抜かれている。
 だけどここで斬られるわけにはいかない。
 ……そう思って。
 どうして?
 と…ふと、思った。
 どうして斬られるわけにはいかないんだろう?
 本当は…本当は…そうだ、こんな戦い、やめてしまいたいのに。
 今すぐにやめて、戻りたい。
 あの平凡だった頃に。
 何もないけれど、平和だったあの頃に。
 どうしてその道を選ばなかったんだろう。
 解放軍のリーダー、なんて、重いとずっと思っていた。
 やめたい、と何度思ったか。
 自分はリーダーの器ではない。
 誰もが自分を買いかぶりすぎている。
 誤解だ。
 自分はこんなに弱いのに。
 なら、逃げてしまえばいい。
 目の前の剣……あの下に踏み込めば、一瞬で済む。
 一瞬じゃないかもしれない、もう少し長いかもしれない。
 …でも…それがなんだって言うんだろう。
 僕はたくさんの命を奪った。
 それが僕の身に降りかかるというだけのことだ…何も怖くない。
 そうだ、今更この命にこだわる理由なんてないのに。


 !


 今……
 僕の中で、声がした?
 誰?
 誰かの声……僕を…呼ぶ?
 僕が…、今ここで諦めたら……二度と聞けない、声……。
 僕が支えにしてきたもの…。
 僕を支えとしてきたもの…。
 すべてなくした?
 なくしたのなら……どうして声が聞こえるんだ?
 どうして、こんなに、そばにいたいと…!!
 熱い…何かが僕の中でうずまいてる。
 それじゃだめだと、誰かが叫ぶ。
 こみあげてくる、何か。
 僕が僕であるための、何か。
 それの答えだ。
 漠然としていながらも確かにある、答えだ。
 聞こえる……。
 そうだ、聞こえる。
 こんなにはっきりと!
 だめだ……僕は、こんなところで負けられない!
 約束したんだ。
 こんな、戦いの世界なんかじゃない。
 誰もが戦わずにいられる場所。
 ただ、そばにいられるだけの。
 それだけでいい世界を。
 そんな世界を探すんだって。
 そんな世界を作るんだって。
 3人で、約束したんだ。
 僕たちの本当の場所を!!


「……っぁぁああああああ!!!!!」


 僕は。
 渾身の力で、棍を突き出した。
 たくさんの、思い出が僕の中を駆け抜けていった。
 本当にたくさんの。
 数え切れないくらいの。
 あっという間で、永遠に続くと思っていた時間の記憶。
 暖かな場所。
 あぁ……。
 優しい笑顔。
 懐かしい、顔だ……。
 ────お父さん……。





 静かな凱旋だった。
 勝利に沸き立ちはしたけれど、それでもどこか静かだった。
 僕はそれを精一杯ねぎらった。
 言葉には少し詰まったけれど、たぶんうまく言えたと思う。
 消沈することはない、僕たちは勝ったんだから。
 悲しく思うことがあるならば、それを糧に次を目指せばいい。
 すべてが終わったとき、たくさんの人が喜ぶために。
 愁うことならあとでもできる。
 僕たちはひとつの存在だ。
 共に悲しみ、共に喜び、共に勝利を勝ち取ろう。
 ……そんなようなことを言ったと思う。
 たぶん、僕自身に言った言葉だ。
 僕は、勝利の宴を催すよう指示した。
 今日はやめておいても、という意見もあったけれど、宴で紛れる気持ちもあるだろう。
 だけど僕はすぐに引き揚げるけど、いいだろうか。
 そう言ったとき、誰も僕を引き止める人はいなかった。
 僕に向かって穏やかに頷いた顔、顔……。
 ……ありがとう。
 軍としての勝利も大切だね。
 だけど、僕には他にも大切なことがあるんだ。
 とてもとても大切なことがね。
 ……最近、会ってないから。
 会いたいんだ。
 すごく。





 言葉通り宴の席から早めに出た僕は、まず自分の部屋に向かった。
 最上階は相変わらずの静寂。
 それを破る、足音。
「レイっ!!」
 そして……声。





Continued...




<After Words>
攻略本のフローチャートを見ていて、
ふたつのイベントが近いなぁ…と思ってました。
たたみかけるように来るんだなぁと。
…前回に続いて、話がわたしの手を離れてました。
ちょ、ちょっと待って! と思ってるうちに。
そしてそのまま、勢いで次の話を書いてしまいました。



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