トライアングル12
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 今まで…黙っていたルックが、小さく頷いた。
「レイが……わがままなことなんて、知ってたよ。今更言われたってどうってことない……」
 消え入りそうなルックの言葉。
 ルックはそれでも少し迷うように、僕とシーナの顔を交互に見る。
「…一体なんだってこんな暴露大会になってるか知らないけど。この場で僕が何も言わないのも筋違いだから。……少しだけ、言っておく」
 小さくそう前置いて。
 ふぅ、とルックは息をついた。
「僕も…言葉が見つからなかった。…というより、言葉があるなんて考えるほうが間違いだったんだ。あの時、レイが失ったものの大きさ…それは想像できるけど、そんなもの想像に過ぎないね。だとしたら、どんな言葉を用意したって、そんなものはうわべだけの単なる言語に過ぎないんだ。それに、第一……僕が取るべき道は、あの時ちゃんとあったんだから」
 ずいぶんと静かな口調。
 だけど穏やか、とも違う。
 もしかして…何かをこらえているような。
「それに関しては、今も後悔してるよ。全員引っ掴んで移動魔法を使えばよかった。もしかしたら、風で壁くらい作って胞子だけ部屋に閉じ込めることもできたんじゃないか、とかね。でも後で何を言っても、無駄なんだ」
 ……あぁ。
 そんなの、ルックだけじゃないのに。
 あの時こんなふうにできたら、なんて、いつも誰もが思ってるのに。
 たとえ…それが可能で、それで全員が助かったのだとしても…僕はルックを責めたりなんかしないのに。
 悲しいけど……でも…それでルックを責めるのは、お門違いだ。
 それを言えば、ビクトールの忠告を聞かずにグレミオを連れて行った僕にも責任はある。
 だけど、そんなの、……今になっては意味がない。
 いいから…そんなに気にしなくて、いいから…。
「…ルック。お願いだから……そんなに自分を責めないでよ。そうやって突き詰めて考えれば…誰もが悪いってことになる。責任の所在なんて、重要じゃない。ねぇ、ルック…」
 ルックは首を振る。
 表情では冷静にしながら、僕のことでこんなに悲しんで、苦しんでる。
 本当に……優しいね、ルックは。
 僕は、笑いかける。
 すると、ルックがぎゅっと拳を握った。
「……やっぱり、僕は…僕が嫌いだ。誰よりも、僕自身が。それでも僕は、ここにいていいって言うの?」
 そんなの。
 考えるまでもない、僕たちの答えは出てるから。
「僕たちは…別の存在で。たぶん、100パーセント理解することはありえない。他人の心なんて、すべて理解なんかできないと、今でも思ってる。それでも?」
 シーナが笑う。
「わかんないから、一緒にいるんだよ。たとえ心がわからなかったとしても、隣にいれば、感じることはできる。そんな難しいことじゃないと思うぜ。……それをさ、試してみない?」
 僕も、頷く。
「そうかもしれないね。確かに…僕も理解なんかできないよ。だけど、理解できないからぶつかったり、ケンカしたり、喋ったり、……そういうことができるのかもしれない。もしかしたら…そのために、一人一人が別の心を持ってるのかも……」
 とても。
 それはとても、複雑な人の心のあり方。
 だけど、そうなのかもしれない。
 同じ心で、すべてを理解できたら、それで終わりだよね。
 違う心で、理解しきれないから、一緒に歩いていけるのかもしれない。
 ルックは何か言いかけて、口を閉ざした。
「……そうか。それだけでよかったんだ。…僕は……そうだね、手の伸ばし方を知らなかった」
 少し間を置いて、小さくそう言った。


 なんとなく…僕は、手を伸ばしてみた。
 ルックの言葉を聞いたせいでもあるし……本当になんとなく、でもある。
 シーナが、嬉しそうな顔で僕の左手を取る。
 ルックが、ほんの少しためらいがちに右手を取る。
 ……あったかい。
 そう思って、僕はすべてをなくしたわけじゃないことを改めて知る。
 それから、…これから何をなくしても、この瞬間には確かにあった、それは永遠に変わらないということを。
 僕は…これからも、歩いていける。
 シーナが笑いながら、ルックの残った手を取った。
 ルックがほんの少し非難めいた目をシーナに向けて、僕は少し笑う。
 そうだよね。
 僕たちはそうでなくちゃ。
「たぶん。悲しいことはこれからもたくさんあるだろうし。僕は…今まで起きたことも、きっといつまでも悲しいかもしれない。今この瞬間も…押しつぶされそうなくらい……」
 シーナとルックの、僕の手を握る強さが強くなる。
 僕はそれに、笑いかける。
「悲しいよ。つらいよ。…それを、ぶつけられるものがあるうちは、精一杯ぶつけていこうと思うんだ。もちろん私情は挟みません、って顔をしてさ。それで、ぶつけられるものがなくなったら……めいっぱい悲しむことにする。僕は絶対忘れない。…僕、ガキだからね。八つ当たり」
「いいんじゃないの? ガキで十分。なぁ?」
「……そうだね。それでいい」
 そう。
 きっと、悲しみは薄れないけれど。
 いつか癒される時が来るまで、大きな傷だろうけれど。
 そして癒されたあとも、心の底に残るだろうけれど。
 だけど、僕は立ち止まらない。
 ……昨日までのがむしゃらに突き進む、「立ち止まらない」じゃない。
 振り返りながらもそれをバネに進める「立ち止まらない」。
 小さいけれど、大きな違い。
 僕たちは、一緒にそれができる。
 ねえ、
 そうだよね?


 シーナが、あ、と声をあげた。
「なあなあ…よく考えたらさ。まだ飯食ってないな」
「あぁ…そういえばそうだね」
「しかも難しい話しちゃったからさあ。腹減らない?」
 ちらりと向けられた視線に、ルックが溜め息をついた。
「…やれやれ。あんたの集中力、一体どんだけ欠落してるのさ」
「欠落〜? そうでもないと思うけどなぁ」
「じゃなかったら鳥並みなんだろうね」
 と、鳥並み?
 僕は思わず吹き出した。
 シーナは慌てた様子で僕を見る。
「ええっ? な、なに? 鳥並みって…」
「だからね。鳥って、3歩歩いたら全部忘れるんだそーだよ」
「え、じゃ、オレ、3歩で忘れちゃうってこと〜?」
 手をつないだままルックに詰め寄ると、ルックはさっとその手をひいた。
「…そうだね。3歩はないか」
「そうだよ〜」
「じゃあ2歩だ」
「ええええっ」
 シーナの抗議の声。
 ルックはつんとそっぽを向いてる。
 ほんとに、飽きないなぁ。
 ……え?
 僕も?
 …うん、そうかもね。
「あ、でも、いったん出てきた宴会場に行くのはなんだか気まずいなぁ」
 ぽつりと僕が言う。
 じゃあ、とシーナが笑った。
「調理場にこっそり行こうぜ。料理も余ってるだろうし…。よし、そうしよ。3人で、調理場にお忍び!」
「…僕も行くの?」
「とーぜんっ! さ、行こう! ね、レイ、ルックv」
 そうだね。
 自分とこの城の調理場に忍び込む、だなんて、馬鹿馬鹿しいけど、スリルだよね。
 行こう………一緒に。





 途中。
 ビクトールとすれ違った。
 僕の部屋に来てくれる途中だったみたい。
 ビクトールは呆れたように僕たちを見て、それから僕の額を指で弾いた。
「…って…。ちょっとビクトール、何すんだよ」
「ったく、心配かけやがって。飯だったら一緒に食ったらいいだろーに」
「いいじゃんか。僕、ちゃんとさっさと抜けるよ、って言っただろ。ビクトールだって了解したじゃん」
「……あーあー、わかったよ。とっとと行って来い、リーダーが盗み食いじゃB級のゴシップだ」
「うん、じゃあね」
 僕たちは顔を見合わせて、階下へと駆けた。


 父さん。
 最後に…僕を誇りに思ってるって…言ってくれて、ありがとう。
 ねぇ…大好きなお父さん。
 僕には、こんな友達がいるんだよ。
 僕はやっぱりお父さんにはかなわないと思うけど。
 でも、こんな友達がいること…それは、胸を張って誇れるよ。
 それから、グレミオ。
 僕はきっと大丈夫だと思うよ。
 信じた道…僕はこれからも貫ける。
 僕を支えてくれる人…僕が支えていける人……。
 全部全部、大切にしていきたいんだ。
 お父さん、
 グレミオ、
 ……ありがとう。
 月並みな言葉だけど……通じてるよね?





Continued...




<After Words>
たぶん…全ての答えが出たわけではないと思ってます。
それは3人が一番よくわかってることかもしれませんが。
もちろんレイは悲しいままだし、シーナもルックも苦しいまま。
それでも、「そばにいる」ってことが3人の選択のようです。
ようです…って、まるで他人事のみたいですが。
今まではたしかに3人はわたしの思うように動いてくれてました。
なのに、トライアングルの10あたりから、勝手に動き出してくれて…。
当初は「3人の間には一定の距離を」と思っていたのですが、
「そんなこと聞いてられるか、僕たちは一緒にいるんだ」とでも
言わんばかりにお互いの距離を縮めていってしまいました。

本当は…トライ11で、レイは自分を閉ざしたままの予定でした。
それでふたりに諭されて、ようやく目が覚める…みたいな。
ところがどっこい、レイは自分で気付いてしまいました。
自分で閉ざそうと(あるいはわたしが閉ざさせようと)していた扉を、
内側から簡単に開いてくれました。
こんな扉なんて、どうってことはないよ、なーんて言われたみたいです。
その上、かなり重要なセリフを吐いてくれちゃってますね……。
それ……かなり先の……ごふごふ(咳)。
わたしが思ってた以上に、どうやら彼らは強いみたいですね。
まだ全ての壁が取っ払われたわけではありませんが、この分では
近いうちに力ずくで壊されそうな気がしてます。

そういう書き方は、誰か助けて、ってくらいに手が止まらなくて、
すごく楽しいのもたしかなんですが……小説としての技巧を埋める余裕が
ないのも困りもんですね(技巧を埋められるほどの腕もないくせに)
今回は少し…同じ言葉を重ねることで、レイの葛藤に迫ってみましたが。
まだまだ未熟未熟。
これからも3人とのバトルは続きそうです。わたしの身が保つかな…(笑)。
ある意味、ここで最終回にしてもそれはそれなりにいいんですけどね。
でも、またひとつの山場を越えたばかりです…山も、もう少し。
今回の後書き……長いですね(汗)。



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