〜トライアングル13〜

May 18th, 2003

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 私室のドア…のはずなんだけど、それはよく僕の意思とは関係なく開く。
 そりゃ、最初の頃はうっとうしかった。
 なんだってこいつ、ノックしないかな…。
 いつもそう思ってた。
 だけど、いつからだろう、それが嫌じゃなくなったのは。
 今の僕にとって、それがノックもなく開くことは別になんでもないことなんだ。
 いや、なんでもない…ってことはないかな。
 いつの間にか僕は、それを待ってる。
 やらなきゃいけないことが山積みで、身動きが取れないようなときでもドアの方をこっそり窺ってたし、意味もなく心に隙間があいたときには特にそれが待ち遠しかった。
 それって、すごいご都合主義に見えない?
 だからそれを「待つ」のはちょっと嫌なんだ。
 でも、そのドアは、僕が開いて欲しいと思うと大抵開く。
 それで「待ってた」ことに対して自己嫌悪に陥る前に、その気持ちを吹き飛ばしてくれる。
 それを開ける存在が増えたからだけじゃない。
 なんだかすごく甘やかされてるような気がするけど、そのドアはそれをわかってる。
 その上で甘えてもいいよ、って言ってくれてるようで。
 それに、僕から開けちゃったら…たぶん片方は申し訳なさそうにするだろうし、もう片方は間違いなく図に乗る。
 簡単に想像ついちゃうね。





 ばたん、ドアが開く。
「よっ。おつかれー」
 軽い声。
 ほら、また。
 今日もノックなしだな、こいつ。
「お疲れ。…ってそっちはそれほど仕事してるの?」
「そりゃあなー。近頃やたら親父がこき使うもんで、何かしらいつもばたばたしてんだよなぁ」
「あははは。今までがなにもしなさすぎたんだよ」
 そうかな? なんてシーナは首を傾げてる。
 自覚なしなわけ?
 怖いねー。
「でもま、オレの一番の仕事はこうしてレイに会いに来ることなんだけどさ」
「…ふぅん、仕事? 義務なんだ」
「義務なんてとんでもない。どっちかっつーと権利かな」
「なに、ソレ」
「趣味を仕事にいたしました♪ だから、趣味と実益をかねて」
「実益? そんなのあった?」
「もーバリバリ」
 僕は机の上の書類をまとめながら笑った。
 実益、ねぇ。
 …さてと、午前中はこのくらいにしておこうかな。
 あ、別にシーナが来たから仕事ができない、ってことじゃない。
 たしかに仕事にはなんないんだけどさ。
 僕もちょうど疲れてきたところで、シーナが来てくれたのは渡りに船ってやつ。
 だからさ、このドアが開くのっていつもこんなふうに、タイミングがいいんだ。
 不思議なもんだよね。
 すると、ドアの前に人の気配。
 僕はそれに気付いてそっちに目をやる。
 すぐに控えめなノックの音。
 なんだかその音が、性格を見事に表してるみたいで、僕はちょっと笑った。


 ドアの向こうにいたのはルックだ。
 そんなところで性格見えるよなぁ、なんて思っておかしがっていたのは顔に出てたのかルックにはすぐバレた。
 僕の顔を見てすぐに、
「何がそんなにおかしいんだよ」
 ってぶっきらぼうに言い放ってきた。
 ……ルック、すねてる。
 意外に年相応な顔するんだよね、ルックって。
 にしても、本当にノックの仕方で性格がわかる。
 ノックなしの無遠慮な開け方は明るくて突っ走りがちなシーナにぴったりだし、控えめなノックで返事を待つルックは実はおとなしくて人に気を遣うタイプ。
 言うとルックは怒るだろうけどね。
 怒る、っていうか照れてるんだろうけどさ。
「…って。またあんたいたわけ?」
 そのルックは部屋にシーナがいることを見て取ると、呆れたように言った。
 シーナは椅子にもたれてリラックスしきった(だから僕の部屋なんだけどなぁ…)様子で、ひらひらと手を振る。
「やっほ〜v いらっしゃ〜い」
「……僕はレイの部屋に来たつもりなんだけど?」
 お。
 そうそう、ルック、言ってやってよ。
「その通りv レイの部屋にようこそ〜」
「だから、僕はレイの所に来たんだから、あんたの歓迎を受ける筋合いはないんだけど?」
 そうだそうだ。
「えええ? いいじゃん、オレとレイとルックの仲じゃんか♪」
「……はぁ。あんたの論理はどこまでも無茶苦茶だね」
 そうそ……え?
 あれ、ルック、そこで折れちゃうわけ?
 論破してくれるもんだとばかり思ってたのに!
「ね、ルック? それで終わり? 僕の部屋にこいつがいることに疑問持たないわけ?」
「別に。だってレイとこいつ、最近仲いいから、それでもいいのかと思ったんだよ」
「ぼ、僕が? いつの間にそんなことに?」
「なってるだろ」
 …………うーん……。
 はっ。
 悩んじゃいけないよな、ここで。
 ほら、シーナのヤツ今完全に舞い上がってる。
「いいっていいって〜v 気にすんなよ〜v それにレイだけじゃないよ、ルックともオレ、仲良しだし〜♪」
「…記憶にないけど?」
「つれないな〜」
 ……やれやれ。
 仲良し?
 いいけどさ、それでも。
 僕は何となくおかしくなって、笑った。
 シーナがそれに笑顔を返してくれる。
 ルックも少しだけ笑ってた。
 それだけのこと。
 それが、僕の……。


「そうだ、せっかくだから外に出ない?」
 突然言い出したのは、シーナ。
 僕とルックは顔を見合わせてから、シーナを不審げに見る。
「外? なんだって今頃? 明日にはまた遠征に出るのに、なんで今日出かけるんだよ」
「遠征だからこそ、じゃん。ほら、天気だってこんなにいいわけだしさ。明日になったらそれどころじゃないわけだよな? ってことはせいぜい今日のうちに表出て、英気養っとこうぜ!」
 はあ…英気を養う、だなんて、適当なこと言っちゃって。
 わかってるよ、どうせシーナはただ外に出たいってだけだろ?
 それもただ「出たい」わけじゃなくて、僕たちの息抜きを最優先にしてさ。
 ルックが肩をすくめる。
「一体『解放軍の皆さん』にどう説明つけるわけ?」
「あー…だからあれでしょ。仲間を集めに、って」
「便利な言葉だね……。そう言えば外に出放題なんだ」
 うーん、そう言っちゃうと元も子もないような気もするけど。
 でもルックはそう言っただけで、シーナの提案自体を否定してるわけじゃない。
 ……そうだよね。
 遠征っていっても、特に僕が準備するものはないし。
 あんまり遅くならなきゃ問題はないだろうしね。
 僕たちはとりあえずマッシュにそう言って出ることにした…もちろん、「仲間集め」という名目で。
 マッシュの部屋にはビクトールが来ててマッシュと話をしてた。
 僕たちが外に出てくる、と告げるとマッシュはただ頷き、ビクトールはからかうような口調で「一緒に行ってやろうか?」と言ってきた。
「いいよ。戦いに行くわけじゃないんだから」
 断ったら、仕方なさそうにビクトールは笑った。
「だろうな。言うと思ったぜ。ま、気をつけろよな」



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