トライアングル13
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 でもさ。
 慣れない赤ちゃんの世話って、やっぱり大変だ。
 全部手探りだもんね。
 僕たちは3人でかわるがわるに赤ちゃんを抱いて、手の空いたふたりで必至にあやす。
「おなか空いたでしょー。ミルクの時間ですよー」
「そうそう。いい子にしてるんだよ」
「いないいなーい、ばぁー」
 正直、どうしちゃったんだ僕たち…って感じ。
 シーナはめちゃくちゃあやすの上手だし。
 ルックはだっこがうまい。
 うーん………。
 しばらくしておなかがいっぱいになったのか、赤ちゃんはルックの腕で眠そうに目をとろーんとさせてたかと思うと、すやすやと寝息を立てはじめた。
 僕たちはしぃ、と指を立てる。
 時々静かに言葉を交わしながら、僕たちの穏やかな時間が過ぎていく。


 お母さんが帰ってきたのはそれからすぐのことだ。
 上の子供のケガは大したことはなくて(ルックが紋章治療をしたおかげでもあるんだけど)、すごく元気良さそうに笑ってた。
 よかったね、と言うと、
「ありがとう、お兄ちゃんたち」
 って返してくれたのが微笑ましかった。
 お母さんは何度も何度も頭を下げて、上の子の手を引いて歩いていった。
 最後に、お母さんの肩越しに、赤ちゃんがひょいと顔を覗かせた。
「ばいばい、ラナちゃんv」
 シーナが手を振る。
 赤ちゃんは、ぎこちない手つきで、だけどちゃんと、手を振ってくれた────。
「…………ねぇ」
 その背が通りの角に消えたあと、僕はぽつんと呟いた。
 ルックとシーナが、僕を見る。
「もしかしてさ……。僕たちが戦う意味って……ああいう子供たちの未来を救う…ことにもなるのかな」
 迷いながら、言葉を探した。
 間違いなく誰かの命を奪う「戦い」、それが誰かを救うことになる、その矛盾。
 僕はその言葉を口にしながら、その矛盾にさいなまれていた。
 もしかしなくても僕は、自分の行動を正当化したいんだと思う。
 やっぱり、今でも、「戦うということ」、それ自体もその先で辿り着く結果もすべてが怖い。
 だけど「誰かを救うこと」、それも間違いじゃないんだろう…たぶん。
 僕は迷わないと決めた、でもこんなに迷っている。
 どうしたらいいのか、それが今でもわからない。
 その僕の両肩を、ぽんと叩く手。
 見るとルックとシーナが僕をまっすぐに見ていた。
「そんなのはわからない。だけど……レイ、自分で言ってただろ? ……今、犠牲の先に、たしかに救いは見えてるんだよ。僕たちがこの戦争に勝てば、それはたしかに救いになりえるはずなんだ。ただし、それはレイが諦めればただの命の無駄遣いになる。……ただ…それは、ひとりで背負って欲しいとは思わない」
 ルック…。
「そう。そうじゃなきゃ、なんのための108人だよ、って話だろ? まぁオレは、そんな108人がどうのなんてもんはどうだっていいんだけど。最初から決めつけられたメンツなんて気に入らないけどさ、それだって同じもん背負うんじゃなきゃフェアじゃないって」
 …シーナ…。
 僕は、差し出された小さな手を思い出した。
 小さな、小さな、僕よりもずっと小さな手。
 だけど握りしめてきた、その強さと暖かさ。
 答えは出ない。
 でも………。
「ねえ、あの子……可愛かったね」
 僕は小さくそう言った。
 ルックは視線を落として、シーナは笑って……ふたりが、頷く。


 短い沈黙を、シーナが破る。
「なーんかさぁ。オレも子供欲しいかも」
 さらりと軽く言い放つ。
 おいおい、そんな軽い話なわけ?
「…好きにすれば? 認知でも何でもさ」
「だから、ルック〜。オレ、さすがにそれは……」
「信用できないね」
 ふうっと空気が元通りの穏やかさを取り戻す。
 僕は肩をすくめて笑った。
「ま、本人が知らないからだけだったりして?」
「レイ〜っ」
「……まさかと思うけど…そこまで成功率低いの? だとしたら、シーナ、相当才能ないよ?」
「そっ、それは……」
「ふぅん。口だけなんだ」
 シーナがしどろもどろになる。
 ここまで慌てるシーナも珍しいね。
 まあね、どっちに転んでも不名誉なことには変わりないし。
 ぐっとシーナは拳を握る。
「だからっ、オレはここで身の潔白を証明しますっっっ!」
「別に僕たちはそんなもん証明してもらわなくても全然まったく一向に問題ないけどね」
「いや! ふたりにだからこそ!!」
「…なんで?」
「! なんでって、そんなあまりにも気のない返事……」
「だって全然気なんてないもんねえ、ルック?」
「同意見」
「またまたぁ。……あ、そうだ。いいこと思いついたv ねえねえ、あのさ…」
「言っとくけど。生物学上無理なこと言ったら即効絶縁」
「……う」
「………言おうとしてたな、こいつ……」
「最低」





 僕は。
 ドアの鍵を閉めるべきなのかどうか、
 本当は今でも迷ってるんだけど。
 だけど……
 今はこのままでいいや。
 こんなくだらないやりとりを、
 たまに真剣な話を、
 もう少ししていたいから。
 それだけのこと。
 それが、僕の、
 本当の願いなのかもしれないから。





Continued...




<After Words>
実際本当に子供がいたら、金○先生の1stバージョンだよね。
…と軽くオチをつけたところで……(わかりますよね?)。
それにしても、うーん…。
このごろ書くペースがのろい上に話がちぐはぐで、何ともはや。
昔から才能ないとは思ってましたが、これほどとは。
もっと文才があれば3人を幸せにできるのかなぁと思うと、
不甲斐ないです、はい。
でも、久し振りにちょっとだけほのぼの。
なんとほぼ1年ぶりのほのぼのなんですよ〜。
いや、厳密に言うと1年半以上……!? ぎゃふん。
ここから先はとんとんと行きたいんですけどね、どうなることやら。



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