トライアングル15
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 食堂は、人影もまばらだった。
 昼食には遅いし、夕食には早い時間だからね。
 僕とシーナは窓に面した席を選んだ。
「じゃあオレ、厨房に頼んで何かもらってくるわ」
「あ、僕も行こうか」
「いいよ。レイは座ってて」
 ひらひらと手を振って、奥の厨房にシーナは歩いていく。
 言葉に甘えて、僕は窓際の席に座った。
 シーナって、結構気を遣ってくれるタイプなんだよね。
 それも、さりげなく、さ。
 浮き草みたいにへらへらしてるかと思うと、意外と骨があってしっかりしてるし。
 不思議な奴。
 僕は歩いていく背中を見てひとつ息をついた。
 そうだよなあ……なんだか一緒にいる時って全然気にしないけど、僕ってシーナより年上なんだよな。
 そのシーナが当たるを幸い女の子に声かけまくってて、僕の方がそういうのに興味ないのってさ…逆なんじゃないかって思うことってやっぱりあるんだよ。
 もちろん、だからって焦らなきゃいけない問題じゃないことはわかってるけど。
 僕自身の気持ちの問題であって、周りがどうだからって左右されるのは間違いなんだ。
 とはいえ、ね……。
 それともあれかな…今の僕には、誰かを好きだの嫌いだの、それを考える余裕がないのかもしれない。
 リーダーとして受ける好意には気をつけてるけど。
 …そういえば、僕個人としては意識してなかったな……。
 第一さ、僕って女の子から好意を持たれるような大したことしてないと思うし。
 だったらウケがいいのはシーナの方じゃないかと思うんだよね。
 気は遣うし、優しいし、率先して行動してくれるし。
 その上、あいつ容姿にも恵まれてる。
 どう考えても、僕よりシーナだろ。
 まあね、その割には接触に対する撃沈数が並じゃないんだけど。
 それってたぶん、接触が多くて誠意が感じられないから、っていうのが理由なんじゃないかと思う。
 誠意については、出会った頃からそうなんだろうと思ってた。
 だけどこうやってシーナを深く知るようになってからは、よけいにそう感じる。
 あの頃は、本当にどうしようもない奴だと思ってたからさ。
 誰か特定の人に、それだけの誠意を見せるんなら、シーナって最高の相手だろうに。
 そういう「唯一の人」は、いないんだろうか。


 窓の外を眺めながら、中身のぐちゃぐちゃになった頭を抱えていると、遠くで僕を呼ぶ声がした。
「……レイ?」
 僕はのったり顔を上げて、食堂の入り口に首を向けた。
「あぁ、ルック」
 このぐちゃぐちゃが思いっきり外に出た声で答えてしまう。
 あ、しまった。
 ルックが心配するじゃないか……。
「どうしたんだよ。まったく覇気のない声なんか出しちゃってさ。…疲れてるんじゃないの?」
 入り口から顔を覗かせていただけのルックが、つかつかと食堂に入ってきた。
 最後のひとことは、他の人には悟らせない程度に優しい声。
 おそらく、人からすれば「どうでもいい」だろう考え事だから、ルックに心配させたくなかったのに。
 ルックって、実はものすごく心配性だからさ。
「ああ、大丈夫。大したことじゃないんだ……本当に」
「それならいいけどさ。ほら、これ…預かってきたんだ」
 ルックはそれでも気にかけるふうな表情で、僕に紙の束を渡してくれた。
 さっきクレオに渡した書類の一部だ。
 クレオに頼んだ仕事の分だけど…随分早いな。
 急がなくても大丈夫だって言ったんだけど、もうやってくれたんだ。
「それで?」
「え?」
「今レイが悩んでることは、僕に話してもしょうがないこと?」
 それならそれで構わない、っていうようなルックの顔。
 僕はちょっと迷う。
 そりゃあ、これってとことん個人的な問題だし。
 うーん……。
「……あのさぁ。ルックって、女の子に興味、ある?」
「は?」
 うん、だろうな。
 そういう反応だろうって想像はついてたよ。
「…あると思う?」
「あんまりあるようには見えない…」
「だろうね。まったく興味ないよ。女とか男とか、関係なく興味ないけど?」
 だよねえ…ルックは僕より4つ下だし、それでなくとも人に関心示さないし。
 こうやって話をしてくれるのだって、相手が僕だからだ。
 自惚れに聞こえるかもしれないけど、そうじゃない。
 ルックは本当に僕かシーナとしか関わろうとしないから。
 それでも、やっぱり隔てはおいてるみたいだけど。
 そのルックは、肩をすくめて椅子を引いた。
「今日の悩み事は、それか。次から次へと悩むことがあって大変だね」
 座りながら言う。
 僕もそう思うよ…。
 自覚症状、あるんだ。
「でもさー…僕だって18でしょ。いいのかなあって」
「それって年齢関係あるわけ」
 きっぱり言うなあ。
 その通りだけど。
「随分いきなりな話題だけど。何かあったみたいだね」
「…さっき、カスミが」
 僕はさっきの廊下でカスミとばったり事件をかいつまんで話した。
 箇条書きの要領でぽつぽつ話すと、ルックは机に腕をついて溜め息。
「あのロッカクの、ね。呆れるほどあからさまだと僕も思うよ」
「それって、ルックも気付いてたって……」
「気付かない方が鈍いと思うけど」
 そうだったんだ……ほ、本当に気付かなかった…っ。


 ちらり、とルックは僕を見た。
「僕は誰がレイに好意を抱いてるかなんて興味ないからね。気にして見てないけど……たぶんそれだけじゃないと思うよ」
「えっ? 本当に?」
「わかりやすいのが何人かいるから。レイ、自分の『リーダー』って立場の魅力の自覚ある?」
 がーんっ。
 そ、そりゃあ、リーダーとしてなら…気にしてるよ。
 軍内部の人心すらまとめられなくて、大きな帝国の壁を破れるはずがないからさ。
 だけど、それは、あくまでその立場にある人間に対しての好意であって…。
 決して僕個人へのものじゃ…っ。
「それで、レイはそれに対してどう思うんだよ」
「どう思うって……。よくわからないよ」
「じゃあそう接すればいいんじゃないの。自分を偽って無理に答えることもないと思うけど」
 ルックがすっと視線を流す。
 窓の外、どこか遠くを見るまなざし。
「答えたいなら答えればいいんだろうし。そばにいたい人がいるならそばにいればいい。…………でも、それが、届かない場所にあるなら……僕には何も言えない」
 はっと僕は息をのむ。
 僕の問いに答えるようで、ルックはもっと深いことを言ってる。
 ……僕がありたいと思う僕。
 届かない場所、
 届かない思い、
 届かない人。
「………。じゃあ、やっぱり。僕がいるのはここなんだ」
 ルックが僕を見た。
 僕は、その目に頷いてみせる。
「ここだよ。たぶん……ルックとシーナのそばが」
 一番僕が僕であれる場所。
 それは、本当にたぶんなんだけど。
 ふたりは僕を「リーダー」としてじゃなく、ただの僕として見てくれている。
 前にそう言われたことがあったけど、言われなくともちゃんと気付いてた。
 だから、もし……。
 この戦いがなくて、宿星も運命も紋章もなかったとしても、出会えたと……。
 出会えて、こんなふうに一緒にいられたと、
 僕は信じたい。


「お待たせ〜っ」
 明るい声が食堂に響いた。
 目を上げると、本当にアフタヌーンティセットを持ったシーナ。
 へぇ、あったんだ。
「これちゃんとしたセットなんだぜv バラの連中がひとセット快く貸してくれてさ〜」
 シーナが掲げたのは、銀のフレームの用具。
 取っ手の下には縦に3枚のお皿が並んでる。
「ふぅん。貴族を名乗るだけはあるんだ。わざわざケーキスタンドまで持ち込むなんて」
「本格的なんだ、やっぱり」
「まぁ…このあたりの風習じゃないからね。取り寄せたんだろ」
 嬉しそうなシーナが、ポットとカップの載ったトレイとスタンドを机に置く。
 そうだ、ルックもいるんだからルックの分も…僕はそう言いかけた。
 でも、トレイに載ってるカップは3人分……。
 驚いてシーナを見ると、シーナはぱちんとウィンクしてみせる。
「そりゃあねv オレの勘を甘く見ないでくれよな」
 …ははは。
 なんかなぁ……シーナには負けるよ、ほんとに。


 のんびりと午後のお茶を楽しむ僕たち。
 出会った頃は想像できなかったけどね。
「…あのさぁ、シーナ? さっきの話の続きだけど。シーナっていろんな子に声かけてるじゃん。本命っていないの?」
 別にもう気に病んでるわけじゃない。
 特別な子がいなくても、僕には心地いい場所があるんだし。
 でも、ちょっと気になったからさ。
 だけどシーナは、さらっと。
「へ? いるよ」
「そうなんだ……ふーん」
「もっちろん。目の前に、ふたりもさvvv」
 ……はぁ!?
 あぁ、そうか、そんなことも言われてたっけね。
 しまった、すっかり忘れてたけど。
 忘れてた…っていうか、あんまりにも言われ続けて、慣れちゃってた自分が……怖い。
 僕とルックは視線を合わせて、思い切り溜め息をついた。
 ルックは呆れた顔でサンドイッチを囓る。
「だって、オレ、ふたりのこと大好きだからさv」
 はいはい、はい。
 聞き飽きたよ。
 僕は窓の外を眺めて、ティカップに口を付けた。
 空の青と甘いミルクティが、胸の奥で静かに解け合う感じがした。





Continued...




<After Words>
うーん……。
気のせいでしょうか。
なんだかものすごく新鮮な感じがしますね。
レイも男の子だったんだなぁ…って。
いや、そうなんですけどね(汗)。
わかってますとも、わたしのせいだってコトは。
わたしが「愛情よりも友情」の友情至上主義なので。
好いた惚れたよりも一緒に突き進む方が好きなんです。
まぁ…それが災いしてヤバい方向に向きがちなのは、
気のせいにしておきましょう……ね(笑)。
それにしても、なんにも起きないノベルは久し振りかも。
今はただ、前を向いて歩くだけだって3人とも思ってるから。
だから、本当に明るいわけじゃないところが悲しいんですが(涙)。


ちょっとしたミニ(ムダ?)知識。
ちなみに。
ルックの言うケーキスタンドとはこちら。
サンドイッチスタンドともいいます。
どういう名称なのかと思って調べたら、
案外普通でしたねー。
一般的に、
  上段:ケーキ
  中段:スコーン
  下段:サンドイッチ
を乗せるんだそうです。
紅茶は通常ミルクティにするらしい。
あんまり日常生活じゃお目にかからない
器具ですよね…。
わたしも香港のホテルで初めて見たし。

言葉でうまく説明できないもんで、
適当にらくがきチックの線画で描こうかと
思ったんですが、気が付いたら結構
真剣に描いてしまいました(笑)。
頑張ればクリップアートにできるかも(笑)。
ケーキスタンド。



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