〜トライアングル16〜

【裏タイトル : ONE 】

February 20th, 2004

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− 1 −

 たとえ、踏み出す一歩の距離が短くても。
 休むことなく歩き続けていれば、やがて千里の果てへも辿り着ける。
 途中で少しずつ、その踏み出す距離や早さが増していったならば、なおさらだ。
 僕たちは歩いてきた。
 たくさんの仲間を得、共にその道を確かめながら。
 その過程で、……失ったものもあるけれど。
 だけど立ち止まらない。
 立ち止まれない。
 全ては急流のように、その時に向かって走り続ける。
 その早さに足をもつれさせて転んだりなんか、出来ないから。
 でも……止まれなくてもいいから、この手につかめるなにかが欲しい。
 なにか、なんて抽象的なことを言わなくても、僕にはそれがなにかは多分わかっているのだけれど。





 あっつー……。
 僕は棍を腕に挟んで、手のひらでぱたぱた仰いだ。
 あぁ、だめだ、全然涼しくならないや。
 久しぶりに本気で汗かいたからなぁ……。
 普段だって戦いに出るけど、あれは本当に「戦い」だから。
 だからたまにはこんな風に「体を動かす」だけっていうのが気持ちいい。
 師匠もわかってくれてるみたいで、技に殺気がなかった。
 師匠にまで気を遣わせちゃうなんて、悪いと思うけど。
 でも、たまには、だから。
 屋内に入ると、いつもよりも暗く感じた。
 今日はいい天気だから、外が明るい分どうしてもね…。
 目を慣らすために瞬きをしてると、ふと感じ慣れた気配がした。
「珍しいね」
 言った声は、穏やかな色。
 僕はまだ輪郭くらいしか見えないその姿に笑いかけた。
「体を動かすと、色々発散できるんだよ。気持ちいいよー。今度一緒にどう?」
「それ、わかってて誘ってるわけ? 僕は動くのあんまり好きじゃないんだけど」
 苦い顔でそう言ったのがわかる。
 もちろん、言ってみただけだよ。
 どう返されるかはわかってた。
 で、予想通りだった、と。
「…第一。僕とレイが武芸で稽古しても、稽古にはならないだろ。運動にだってならないと思うよ。物理攻撃の威力が段違いじゃないか」
「じゃあ、紋章ありの総力戦ではどう?」
「それもごめんだね。発散どころか疲労がたまるだけだよ。稽古だったら、シーナとすれば? そこそこいけるんじゃない?」
 シーナと?
 確かに最近、シーナの奴実力つけてきてるからなあ。
 僕たちにつきあってしょっちゅう戦闘に出てるせいかもしれないけど。
「…あぁ、でも、だめだな」
 小さく首をかしげて、ルックは目をそらした。
「だめ? なにが?」
「レイとシーナでも勝負にならないよ。あいつに本気でレイに斬りかかれる度胸があるんならわからないけど」
「あいつ、それなりに度胸はあると思うけど。この前だってひとりで大物に斬りかかって行ってたよ」
「敵相手だから、だろ。いくら練習とはいえ、レイに剣を向けられると思う?」
「…………あんまり」
 そう言われてみればそうだ。
 冗談でも、シーナってそういうことしなさそうだし。
 だけど、ちょっと本気で手合わせしてみたいかも。
「そうだ、レイ。ちょっといいかい?」
 ふいにルックが柔らかな表情を引っ込めた。
「え、いいよ。なに?」
 答えると、手に持っていた紙を広げる。
 陣形…この前の帝国軍との衝突で敷いた布陣だ。
 少し苦戦したっけ。
「魔法兵の配置についてなんだけど。この前は右翼に展開させただろ。ここをさ……」
「なるほどね。だけど、それだとこっちが手薄にならない?」
「ある程度は仕方ないね。でも、この方が機動力が高い」
「そうか…。じゃあ、かわりに騎馬兵を……」
 本当は、立ち話でするような内容じゃないんだけどね。
 そのかわり、どこをどうするとは具体的には言わない。
 だってどこで誰が聞いてるかわからないから。
 そしてそれが、本当に僕たちの「味方」だとは限らないわけで…。
 全てを疑ってかかるような、そういう考えは好きじゃない。
 好きじゃないけど、それが現実なんだからしょうがない。
 淋しい考え方だけど。
 まあね、こうやって立ち話をしながら、僕とルックは周りに神経を張り巡らせている。
 だから誰かがいるとは思えない。
 気配を消すプロだと、さすがに気付くのは難しいかもしれないけどね。
 だけど、僕たちには、どうも苦手な気配があるみたいで。
「ちょっとそれで進めてみようか。悪くないと思うし。うまくいけば裏がかける」
「試してみて損はないと思う」


 気が付いた時には、気配だなんてあやふやなものじゃない、しっかりした存在感。
 いつの間にか隣にいる、という感じ。
 僕は息を吐いた。
「相変わらず、神出鬼没だね」
 言うと、嬉しそうに笑う顔。
「え〜? オレ、ちゃんと廊下を歩いてきたけど」
「じゃ、めちゃくちゃ高速で移動してるわけ?」
「あ、そうかも。愛の力は光を超える! からさv」
「なにそれ」
 呆れちゃうよね。
 それにももう慣れてきたけど。
 ルックはしっかりそっぽを向いている。
「…今更だけど、あんたってバカだよね」
 遠くを見る眼差し。
「そうか?」
「そうだよ。少しは自覚した方がいいんじゃないの」
 ぴしっと言い放つ。
 最近は、言い切っても、突き放しはしない。
 それって大きな変化なのかもね。
 少なくとも、初めて魔術師の島で出会った時には、セリフは棘だらけだったから。
 ふいに、シーナが「あっ」と声をあげた。
「そうだ、ルックに荷物が届いてるって知らせに来たんだっけ、オレ」
「荷物?」
「うん、なんか小包が図書室の方に届いたって聞いてさ、使者を引き受けたんだけど」
「ああ……頼んでた本だ」
 本?
 いつの間に頼んでたんだろう。
「わざわざ頼んでたんだ。買いに行くならつきあったのに」
「って軽く行けるものでもないだろ。それに、絶版だって話だったんだよ。…じゃあ、取りに行ってくる」
「うん、行ってらっしゃい」
 手を振ると、ルックはちらりとだけ僕を見て、小さく頷いた。
 そうして、そのまま廊下の向こうに消えていく。


 その背をふたりして見送って……シーナがぽつんと呟いた。
「なぁ…レイ?」
「なに?」
 シーナのわずかに沈んだ声。
 滅多に聞かないけど、そんな声。
 だから僕はちょっとびっくりして、シーナの横顔を見つめた。
 シーナはそんな僕に視線を合わせて、
「思うんだけどさ。やっぱりルックって、オレたちに対しても壁持ってるよな」
 と、言った。
 …………。
 そう。
 シーナもそれを、思ってたんだ。
 困ったような顔でシーナが僕を見る。
 僕は眉をひそめるだけで返した。
 シーナが窓の外へ目をやって、僕はすっと視線を落とした。
 ……何となく。
 何となくなんだけど。
 それをずっと感じてた。
 そばにいるのに、時々すごく遠い感じがする。
 大抵それは、僕たちが大きな渦の流れを感じている時。
 自分たちの力ではどうにもしようがないんじゃないかと思えてしまう「運命」の前に立った時。
 とても遠く……僕たちには知り得ないものを見ているような目を、する。
 なにかを心の奥で押し潰して、誰も踏み込めないようにそれを必死で守っているみたいに。
 隠していることがあることさえ、隠すように。
 出会ってばかりのころは、その物言いの癖でそう聞こえるのかと思ってた。
 だけど、ずっと一緒にいて、共に大波を乗り越えるたびに……それは気のせいじゃないと、だんだん確証を持つようになってた。
 ルックがそれに触れて欲しくないようにしてたから…触れないように…してたけど。
 本当は、淋しかった。
 子供みたいなわがままだとわかってるけど。
「でも…そういうのってすごく疲れると思うんだよな。別に全部しゃべって欲しいとは思わないけど…しゃべりたくないんならさ。だけど……。なぁ、レイ、オレ間違ってるかな」
「間違ってるとは…思わないよ。僕だって、そう思う」
「だよな。レイだってオレにこんだけなついてくれてるんだから、ルックだってな」
「うん……」
 頷いて…はっと僕は我に返る。
 待った、今、シーナ!
 勢いよくシーナを見ると、すっかりさっきの落ち込んだような顔からいつものにやけた顔に戻ってる。
「やっぱそーなんだv レイってオレになついてくれてるんだv」
「べっ…別に!! 今のはおまえの話なんか全部まともに聞いてなかったから頷いちゃっただけだろ! それに、なつくって、僕はペットじゃないぞ!」
「そりゃそうだv もっと親密な関係だもんなー」
「無関係だっ」
 ったくっ。
 今、何の話をしてたんだよっ。
 僕はもっと真剣に……っ。
 そう怒鳴りかけて、シーナが後ろ手になにかを持っているのに気付く。
 そしてシーナも、僕がそれに気付いたのに勘付いたらしい。
 なにかを企んでるような笑顔のまま、それをすっと出す。
 それは、深緑の瓶で………。
 って、まさか!
「必殺、もっと仲良し作戦v 前にレイもこれで落としたからなv」
「な……っ」
「さぁて、そうと決まればセッティングだ。じゃ、レイ、行こうぜっv」
 ぼ、僕は乗るとは言ってないぞ〜っ!!



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