トライアングル16
【裏タイトル:ONE】
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 夕方もだいぶ遅く、日が落ちそうになるころに僕は廊下でルックと鉢合わせした。
 …ふうを装った。
 僕は深く息をつく。
 冷静に、冷静に……。
「あぁ、ルック。今戻り?」
 打ち合わせ通りにしゃべる。
 僕、こういうの苦手なんだよね。
 恨むよ、シーナ…。
「今までかかったんだ。量が多いのもあったんだけど、つい目を通しちゃってね」
 疑う様子のないルックが答える。
 これって騙してるっていうんじゃないかな……。
「ふぅん。どんな本を頼んだの?」
「魔術の本と…古代遺跡の本と」
「魔術はわかるけど、遺跡?」
「古い遺跡には、魔術と関わるものが多くあるんだよ」
 へぇ、面白そうだ。
 そっちに興味が行きかけて、僕は慌てて頭を振る。
 ルックを僕の部屋に誘わなきゃ。
 それでなくともルックは勘がいいから、慎重を期さないといけないんだ。
「えっと、今日の用事って、他にはないの?」
「? ないけど」
「じゃ、僕の部屋来ない?」
 嘘をつく時には、なるべく情報は少なく。
 人って嘘をつく時は大体饒舌になるからね。
 普段だったら言わなくていいようなことまでしゃべっちゃうと、かえって現実味が失せるから。
 だから、どうして来て欲しいかなんて言わない。
 するとルックは、こっちが拍子抜けするくらいあっさりと頷いた。
「いいよ。どうせ暇だったから」
 ルックにはバレるだろうと思ったのに。
 もしかすると…僕が騙すなんて、毛頭思ってなかったりする……?
 うっわー、ものすっごい罪悪感…。


 部屋に戻ってしばらくは、なんでもない話をした。
 僕も最初は話題を探しながら喋ってたんだけど、ルックが頼んでた本の話になって、ようやくすらすらと言葉が出てくる。
 もともと、本を読むのって好きだから。
 教わった勉強の中でも歴史が好きだった僕には、古代史の話は楽しくてしょうがない。
 本来の目的ってなんだっけ。
 一瞬本気で忘れそうになるくらい。
 だけど、タイミングがいいのか悪いのか、僕が身を乗り出したところでドアが鳴った。
 軽く、弾むような音。
 それだけで嬉しそうな様子が手に取るようにわかる。
 ルックが怪訝な顔をするのに僕も首を傾げて、ドアの方に顔を向ける。
「……はい?」
 もちろん外にいるのはシーナだ。
 僕とルックが部屋に入って少ししてから入ってくる段取りになってるから。
 それをルックに知られちゃいけないわけで、僕は少し上擦った声で答えてた。
 つくづく、嘘をつくのが苦手なんだなあって自分で思うよ。
「やっほー。レイ、いる?」
 案の定、聞こえてきた声はシーナ。
 こっちも一応芝居のはずなんだけど、その気配は全然感じられない。
 いつもみたいにとことん明るい声だ。
 じゃあこいつもしかして、普段から僕たちのこと騙してんじゃないの、と思ったけど。
 たぶんあの声は地だね。
 なんでなんて聞かないよ、聞いたらどうせ寒い答えが返ってくるんだから。
「開いてるよ。どうぞ」
「んじゃお邪魔しまーす」
 返事とほぼ同時にドアが開く。
 声と同じ調子の明るい笑顔がひょいと覗いた。
「お疲れ〜。あ、やっぱルックここだった?」
 にこにこと、悪びれもせず。
「なに? レイを探しに来たんじゃないの?」
「レイは部屋に戻ったって聞いたからさ。探してたのはルックなんだ」
「よくここだってわかったね」
「他探していなかったもんな。もともとルック誘ってレイのとこ行こうと思ってたからさ、いればちょうどいいって思ってたんだ。いてよかった」
 間違いなく、僕がルックを誘って部屋にいる計画だった。
 だからシーナの台詞は文字通り台詞なんだよ。
 それでこんなに自然なんだからな。
「ルックを誘って僕の部屋、ってことは、僕にも関係ある用事なの?」
 ここまで来て黙ってるとよけいおかしいよね。
 あえて僕がそう聞いてみる。
 シーナは嬉しそうに頷いて、
「そうv ふたりに用事なんだv」
 なんて言った。
 白々しいはずなんだけど、本当に嬉しそうだからな、シーナの場合。
 そうしてシーナは、後ろ手に持っていた瓶をすっと掲げた。


 ほんの少し間が開いて、呆れたようなルックの声。
「……一体なんだって言うんだよ」
 僕はひやひやしながらシーナの反応を伺う。
 やっぱり悪びれない様子。
「やだなぁ、察しついてるくせにーv 酒場に入る奴をちょいとくすねてきたんだ」
「それっていいわけ」
「ちゃんともらいます、っつってきたから問題ないって。あ、ついでにつまみも持ってきたよ」
「人の話聞いてる?」
「聞いてる聞いてるって。レイ、グラスあったっけ?」
「えっ? うん」
「だからあんたはっ」
「ルック」
 声のトーンがあがったルックは、タイミングのいい呼びかけで遮られる。
 その先を飲み込んでしまったらしいルックに、シーナはさらりと。
「ね、ルックって飲めるの?」
 いつも押しが強いけど、今日はそれ以上に押してくる。
 強引というか、ねばり強いというか。
 僕もこれで押し切られちゃったんだよな……。
 ルックを見ると、ルックもシーナの普段以上の強引さに戸惑ってるみたいだった。
「…あのさ。僕の年を考えて聞いてる、それって?」
「あ、そっか。飲んだことは?」
「………ない」
「りょーかい。じゃ、ちょっとだけ、ねv」
「…………」
 うわ、ルックが黙っちゃったよ。
 完全にシーナのペースだね。
 珍しい。
「レイも座ってv」
「あ…あぁ」
 ………待てよ。
 これ、僕もシーナのペースじゃないか……?


 あっという間に机の上に簡単な料理が並んでく。
 いいのかなぁ、策略だってことバレない?
「たまにはさー、こういうのっていいと思わない? 気兼ねしなくていいもんな」
 シーナは言いながら、深いグラスを並べる。
 やっぱりルックは戸惑ったままの目でそれを見てて。
 そんな表情がすごく新鮮だった。
 僕だって段取りはわかってたはずなのに、何故か混乱する。
「え…っと。手伝うよ」
 ここまで来ると用意された言葉なんて出てこなくて、なんとなく僕はそう言った。
 笑ったシーナがナッツの袋を渡してくれたから、それを開けたりして。
 するとルックもさりげなくセッティングに参加しだした。
 きっと僕たちを包む空気はすごく微妙だったと思うよ。
 ただシーナだけがどんどんと突き進んで、僕たちは引っ張られるようについてってる、って感じだ。
 シーナは瓶の蓋に手をかける。
 ぽん、と軽い音がした。
 とたんにふわりと甘い香り。
 グラスに注がれる鮮やかな紅。
 ……目眩が、しそうだ。



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