トライアングル16
【裏タイトル:ONE】
− 3 −

 大体が、アルコールの入った席って言うのは異様なほどの盛り上がりを見せるもんだ。
 アルコールはどこか人のタガを外すらしい、声のトーンから話す内容まで大きくなる。
 時々ビクトールたちが酒盛りしているのに出くわすけど、騒々しいどころの騒ぎじゃないもんな。
 それはシーナにも比較的言えることみたいで、この前もすごいテンションで女の子口説きまくってたっけ。
 もちろん無視して僕は部屋に戻ったけど。
 だから。
 もしかしてそういうノリなんだろうかと思ってた。
 当然「もっと仲良くなる」が目的なわけなんだから、決して暗い雰囲気なわけじゃない。
 だけど、あんなふうな大騒ぎとは全然違う。
 ゆっくりと時間が流れているような……そんな感じ。
 僕はグラスを傾ける。
 淡い珊瑚の色をしたそのお酒は、果物のような香り。
 ヤバい、飲みやすいぞ。
 シーナ、一体どれくらい持ち込んだんだよ…。
「……だからさ、単に塩がきいてるとかじゃなくってさ、もっと深いもんがあるわけじゃん?」
「そうだね。単純にひとつの味だけで味付けしてもダメだろ」
「そーそー。いくらもとがよくてもさ、一種類で行っちゃうとマズいもんなー」
 …しかも、このふたりで料理論議?
 別の意味でも目眩がしそうだよ。
 チーズをひとかけら口に含んで、僕は息をついた。
「あれ、レイ〜? どうしたの溜め息なんか」
 やばっ、今度はこっちに来たっ。
「別に? なんでもないけど。…な、シーナ飲み過ぎじゃない? さっきからすごい勢いでグラス空になってるよ」
「えー? 大丈夫だよ。オレ、強いからー」
 たしかに、酒場で見かけた時はね。
 ぐいぐい飲んでて、それでもしっかり口説き文句並べてたもんな。
 そのときの光景を思い出して、なんとなくむっとする。
 ……なんでだろう?
 まぁ、いいや。
 そうだ、あの時はたしかにちゃんとしてたよ。
 でも今はずいぶんだらけちゃってるけど?
「レイも、ちゃんと飲んでる?」
「飲んでるってば。さっきからルックとばっか喋ってるから、ひとりで量飲んじゃって危険なんだけど」
「あ、ごめんな。淋しい思いさせちゃってv」
「はぁ? 誰もそんなこと言ってないだろっ」
「そう聞こえたー。レイ〜」
「くっつくなっ」
 あぁもう、手に負えないよ……。
 すり寄ってくるシーナを突っぱねて、僕はもう一度息をつく。
 目を上げると、視線がルックとぶつかった。
「本当にさ」
「? なに?」
 呆れたようなルックの目。
 だけどなんだか…眠そうな…潤んだ目。
「レイとシーナっていいコンビだよね」
「そんなことないよ」
「えー。せっかくルックが認めてくれてんのに、レイってば即答?」
「もちろんね」
「…そのやりとりがコンビだ、って言ってるんだよ」
 言いながら、ルックはグラスに唇を寄せる。
 いいのかな……ルック、結構飲んでる。
 最初はシーナに薦められるから仕方なく、って感じだったのになぁ…。
 別に積極的に飲むわけじゃないんだけど、シーナが次々注ぐのにしっかり付き合っちゃってる。
 ほんの少し頬が赤いだけだけど、もしかしてルックも酔ってるのかもしれない。
 今更だけど、僕は流されて共犯者になっちゃったことをつくづく後悔した。
 …だって。
「オレとレイだけじゃなくてー。ルックも一緒でしょ?」
 椅子を極限まで傾けて、シーナが僕の向かいのルックにもたれかかる。
「僕が? 一体いつからだよ」
「最初から。あのときからオレたちのドラマは始まってたんだ」
「角でぶつかる出会い? いつの時代のドラマだよ」
「もちろん、オレたちの時代のさv」
「……くだらない」
 ルックが笑う。
 作為がある笑いじゃなくて…突き放したような笑いじゃなくて。
 本当に、ふわり、って聞こえそうな。
 しなだれかかってくるシーナを困ったような笑いで見つめる。
 ……うん。
 そう。
 僕たち、酔ってるんだよ。
 だからこれは、アルコールが引き起こすただの勢いなんだから。
 他に意味なんてないんだから。
 僕は、がたんと音をたてて立ち上がる。
 そうして椅子を引っ張って、シーナの隣に座った。
「……僕も」
 ぽつんと僕が呟くと、シーナが嬉しそうに笑った。
 そっと寄りかかる。
 あったかくて、眠くなりそう。
「なんだよ。こんなに広いのに、なんでこんな密集してるのさ」
 ルックの笑い含みの声。
「きっと強い磁石みたいなモンでさ。引き合ってるんだよ、オレたち」
 冗談とも本気ともつかない、シーナの声。
 僕はそれを聞きながら、本当に眠くなってきた。
「…3人で磁石ならさ…。誰か反発しちゃうんじゃないの?」
 なんとかそう答える。
「でも、真ん中のポジションがあるよ。……離れるとか引き合うとかの前に…繋がったひとつの存在なんだ」
 それを言ったのはふたりのうちのどっちだったのか…。
 もしかしたら、僕が自分で言ったのかもしれない。
 意識がぼんやりとしていて、僕にはわからなかった。





 ……気が付くと。
 窓からは眩しい光。
 いつの間にか朝になってた。
 一体いつ眠ったのかの記憶がない。
 それどころか、どんな会話をしたのかも、一応覚えてはいるけどあやふやな感じ…。
 それに、なんだか、だるい。
 無理矢理に頭を振って起きあがる。
 僕、ベッドまでなんとか来たんだ。
 ふと見回すと、僕の隣ではルックが小さな寝息を立てている。
 シーナはそのベッドに寄りかかるようにして眠っていた。
「……シーナ? そんなとこで寝てたの?」
 そろそろ起きてもいい時間だ。
 小声でそう声をかけると、わずかに身じろいで目を開ける。
「んー……あぁ、レイ…おはよ……」
「おはよう。体痛くない?」
「あー…。だいじょぶ。オレって結構丈夫だからさー」
 それならいいんだけど。
 僕たちの会話が聞こえたのか、隣のルックが薄く目を開いた。
 ぼんやりと天井を見つめていたかと思うと、そのままがばっと起きあがる。
「あ、おはよー」
 シーナがのんきな声をかけるけど。
「…………。僕…っ」
 ルックは呆然と僕とシーナを見る。
 僕はぎくりとした。
 そうだよなぁ…たぶん僕たちの策略は、そうだとバレてるんだろうなぁ…。
 ごめん、ルック!
 別に悪気があったわけじゃないんだ!!
 心の中でなら弁解できるんだけど……僕って…。
 でも、ルック、何か言ってよ…。
 そう黙っていられるとかなりキツいんだけど……。
 皮肉でも言われた方がマシって言うか……。
 その空気にはさすがのシーナもマズいと思ったらしい。
 慌てたように床に正座をして、頭の上でパンと手を合わせる。
「その、ごめん、ルック!! なんか、無理矢理飲ませちゃった気がするけど!! ほら、なんかさ、飲むと心の垣根が取れるじゃん! 別に真意を探りたいってわけじゃないんだ!!」
「僕も、ごめん……。だけど、ちょっと淋しかったっていうかね! もっとルックに近付きたいと思ったから! それだけなんだ!」
 頭を下げる。
 ごめんね。
 だけど、本当にそれが、僕たちの素直な気持ちだから。


 はぁ…と、溜め息が聞こえた。
 そりゃあ呆れるだろうな……。
「……あのねえ、ふたりとも」
 はい。
 なんでしょう…。
「僕のことをどう思ってるか知らないけど。誤解があるようだから言っとくよ。2度と言わないからね」
 ルックが息を吸い込む音。
「僕は。僕なりに考えることもある。でも、だからってあんたたちを遠ざけてるつもりはないよ。第一そんなだったら自分がどうなるかわからないのにお酒なんか飲むはずないだろ? 実際に僕も酔ってた…と、思うし。……あんたたちだからあんな姿晒したんだよ」
 ……え?
 僕とシーナが顔を上げたのはほぼ同時。
 目に飛び込んできたのは、上目遣いですねたように僕たちを睨む赤い顔のルック。
 ………えええ?
「…っ。僕、先に行くからっ。じゃあねっ」
 勢いよくベッドから飛び降りて、ルックは部屋から走って出て行った。
 あとに残された僕たちは、呆然……。
 だって、無理もないよ……そう思わない?
 ルックが。
 あのルックが。
 それは誤算以外の何物でもないんだけど、間違いなく嬉しい誤算だ。
 でも……。
 しばらく動けなかった。
 ずいぶん経ってようやく、シーナが大きく息を吐く。
「……やられたなー」
 うん…。
「策略を立てたのはこっちのはずなんだけどね。……完敗」
「やっば、なんかオレ今ものすごく照れてるんだけど」
「僕も……」
 なんだか、すごく、嬉しくて。
 やっぱり壁は消えたわけじゃなくて存在し続けているんだと思うけど、それでも、その壁の向こうから僕たちを呼んでる声が聞こえる。
 手を伸ばせば、たしかなぬくもりが感じられる。
 伸ばした手に触れるものがあるって、どうしてこんなに嬉しいんだろう。
 投げたものが、
 かえってくる。
 僕はひとりじゃない。


 そろそろ起きなきゃ。
 会議の時間だから。
 でも、こんな暖かい気持ちを、もう少しだけ味わっていたい。
 ……あ。
 だけど、ちょっと待てよ。
「…シーナ? 僕は違うからね」
「えー? なにが?」
「僕は、別に、おまえのことなんか何とも思ってないからっ」
「そうかぁ? …あ、じゃあ、レイ、昨日のこと覚えてないんだー」
 …へ?
「そっかそっかぁ。なーんだ。せっかくあんな……いや、もったいないから言わないどこうかな」
「ちょ……っ。シーナ!? ぼっ、僕、一体、何を…!?」
「そりゃ、オレの口からはちょっと言えないな」
 なんだって…!?
 そういえば、記憶がない部分もあるし……。
「さってと。ルックも先行っちゃったし。朝飯にしよーぜ、レイv」
「シーナ!」
「じゃああとでなー」
「待てよーっ!!」
 あぁ、もう、なんなんだ。
 笑って走っていくシーナの背中を、僕は溜め息で見送る。
 ……だけど。
 暖かい。


 ふたりといると、いろんな気持ちになる。
 嬉しいことも。
 悲しいことも。
 楽しいことも。
 痛いことも。
 ……たくさんの気持ち。
 出会えてよかったと、
 素直な気持ちで思えるよ。
 本当に……思うよ。





Continued...




<After Words>
その国の法律(ルール)に従いましょう。
お酒はハタチになってから。日本では。(←ここ強調)
ドイツは14、だっけ?

しかし、なんだって1作1作の間が開くんでしょう。
ともあれ、久し振りの本編更新です。
…うーん。
シーナの例の策略は、以前たしかにレイも引っかかってるんですが。
同じ策略のはずなのに雰囲気があの時よりもヤバい気がするような。
一体どうしてなんでしょうか……。
書こうと思って別話とかぶりそうなので使わなかったエピソードが
あるんですけれど、あれを書いてたらよけいヤバくなっていたでしょう。
あ、ちなみに。
シーナはラストで気になること言ってますね。
何があったんだー!
って、レイ様の沽券に関わることですから言っておきますね。
何もないですよ。えぇ。ただシーナがレイをからかってるだけです。
あとでそれがバレてたぶんシーナはレイにすねられてますよ。
それと、レイ様なんだか自分からシーナのとこに行ってますが、
アレも他意はないですからね。キャラプロフィール見て頂ければ
わかるかと思いますが……それだけなんですって。レイ様曰く。
ルックもあそこまで自分でわかってて飲んでるんですからねー…。
ふたりとも、「嫌いだ」とかって言ってますが、本当にシーナのこと
嫌いなんでしょうか。どうなんでしょう。

裏タイトルの「ONE」は、遊佐未森さんの歌です。
シングルの曲らしいんですが、ベストアルバムで聞きまして…。
サビの歌詞で思わずルックのことを思い出したんです。
その時にルックにもっと近付こうとするふたりのエピソードが決まり、
サブタイトルは「ONE」にしようと思っておりました。
でもサイドではなく連番タイトルの方に持ってきたので、
裏タイトルと言うことにいたしました。
歌詞が…メロディラインが……好きな曲なんです!
次回、トライアングル本編はサイドストーリー。
若干ヤバ目になるかもしれませんが……(汗)。
見逃してやって下さい(大汗)。



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