June 2nd, 2005
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窓の外を見ると、どんよりと暗い灰色の空。
降りそうだな……。
軽く背伸びをすると、背中が痛い。
あーあ、机作業のしすぎだよな。
会議だ書類だ諜報報告だ、最近そういうのが多い。
軍が大きくなってくればある程度は仕方ないのはわかってるけどね。
世間が解放軍に感じているだろう存在感に比べると、最近の僕自身の活動はずいぶんおとなしいものだと思われているだろうな。
それでも戦闘はあちこちで続いているし、軍を挙げての戦いともなれば僕が直接指揮をとる。
総大将である僕が敵陣に突っ込むことはほとんどないけどね。
それだけの力をつけた、ってことだ。
解放軍の勢力は日に日に増し、逆に帝国軍の力は弱まりつつある。
流れは、僕たちにある。
もはやそれは止めることなんて出来ないだろう。
もちろん、僕にも。
だけど最後まで気は抜けない。
いつ何が起こるかわからないから。
一件状況が有利でも、何かの拍子に形勢が逆転することだってある。
ここからの動きは、今まで以上に慎重で計算し尽くされたものでなければならない。
でも……。
最近あんまり動いてなくて、体がなまりそうなのがつらいんだよなあ。
マッシュとサンチェスとフリックと、顔をつき合わせた話し合いで2時間。
ようやく部屋から出た僕は、思わず大きく息を吐く。
人の前では平気な顔はするけどさ、じっと話し合いっていうのは結構疲れる。
なんだか僕に関する噂ってあちこちで流れているらしくて、「物腰が柔らかく優雅だ」だの「よく出来た人格者」だの「物静かで思慮深い」だの、一体誰のことを言ってるんだ? ってくらいの仰々しい噂を耳にした。
それは半分くらい僕の印象を、ひいては解放軍の印象をよくするために故意にマッシュがばらまいた噂なんだけど。
それがきちんと尾ヒレまでついて広まるんだから、人の口に戸は立てられないとはよく言ったもんだ。
けど、僕ってそういうタイプだったっけ?
どっちかっていうと、家の中でじっとしてるのって苦手だったけどな。
今だって廊下を姿勢よく歩いちゃってるけどさ…本当は、外に行きたい。
………なんてね。
うん、思ってみただけだから。
最後まで気は抜けない、なんて言いながら、そんなことはできないよ。
ちゃんとわかってる。
…………。
部屋に戻って今の話整理しようと思ったけど、やめた。
ちょっと息抜きしよう。
食堂行ってお茶でも飲もう…。
食事の時間を外した食堂は、それでも結構混雑してる。
空いてる席は少ないな。
すぐそばにいたキルキスが席を立とうとしてくれたけど、笑って首を振る。
シルビナとの時間を邪魔する気はないからね。
ええと、どこか空いた席……。
あたりを見まわす。
所々に空席はあるんだけど、どうも入り込みづらい雰囲気だったり邪魔しちゃいけなそうだったり。
大体が途中から入り込むって勇気がいるからね。
話が堅くなっちゃうのも今は、パス。
色々考えると、自然と選択肢が絞り込まれていってしまう。
お茶だけもらって部屋戻ろうかな…。
……あれ。
窓際の席にヒマそうなヤツがいた。
ふたりがけの机でぽつんとひとり、窓の外を眺めてる。
珍しい光景。
僕は迷わず、そっちに歩いていった。
「前の席、あいてる?」
頬杖をついてぼんやりとしたままの目が僕を見上げてくる。
「……熱烈歓迎」
まったく、なんて顔してるんだか。
席はふたり分なのに、片方には誰もいないのがまた微妙だね。
見事な玉砕ってわけ?
きちんと机に収められた椅子を引っ張り出して、そこに座る。
「珍しいね、ひとりで食堂にいるだなんてさ。ね、シーナ?」
「あー、今さっきまではふたりだったんだけど」
あはは、だろうな。
誰か誘ってティーブレイクしてたらじき逃げられたってそんなところ?
シーナが最初からひとりだなんてイメージあわないもんね。
……イメージはあわないけど……わりとそういう場面は目にするような。
思い返してみると、そういえば女の子に声をかけてる姿は見るけど、実際にふたりでずっと一緒にいる様子とか見ない。
ものすごく意外な感じがするけど…。
「…あのさ。シーナって本当によく女の子に声かけてるけど。成功率ってどのくらいなの?」
「……なーんてコト聞くんだよ」
「だって、声かけてるところは見かけるけど、その後って見たことなくて」
シーナはうーん、と首をひねる。
「そーだなぁ。外なら8割、中なら1割…ってとこ?」
それって多いの?
それとも少ないの?
聞いてみたものの、どうもその基準点がわからない。
やっぱりそういうことって僕疎いからなぁ。
でもとりあえず解放軍内の確率は格段に低いんだね。
それは、みんなシーナを知ってるからなんだろうな。
自分以外にも片っ端から声をかけてるのわかってたら、引っかかりたくはないよね。
僕だったらそう思うはずだ。
誠実さのカケラも感じないからね。
そりゃ…最近は見直すことも多いけど。
「へぇ、ゼロじゃないんだ」
「ゼロはないってー。まぁ、付き合うとかはほぼゼロだけど」
…え?
そうなの?
「じゃあ声はかけてもお付き合いはしないってこと? なんで? そのために声かけてるんでしょ」
「なびかすまでが楽しいんじゃん。そりゃ女の子たちみんな可愛いけどさー。彼女たちの誰かひとりとずっと一緒にいたいと思う訳じゃないし」
「ふぅん……」
そういうもんなのか。
僕にはどうも理解しがたい。
好きならずっと一緒にいたいと思うものなんじゃないのかな。
それとも、シーナのナンパは「好き」とは違うものなんだろうか。
と、シーナがぱっと顔を上げた。
「な、レイ。それよりさ、やっぱ押しても押してもダメなもんは、一度引いてみるのもひとつの手だよな!!」
はぁ!?
とたんにいつもの顔に戻ったよ。
「さぁね…。そうなんじゃないの?」
「そっかー、やっぱそれかー」
したり顔で頷く。
本当にくじけない奴。
でも尚更珍しいね……押してダメなら引く、だなんて、わりと固執してるんじゃないか。
相手が誰だか知らないけど。
で、とシーナは続ける。
「それで、レイは一体どうしちゃったのかな?」
なんだよ、突然に。
「どうしちゃった、って?」
「だからさ。いつもと違う顔してる。今度は何を悩んでるわけ?」
「えっ? そんなに違う?」
「違う違う。普段は部屋の中でしか見せない顔に、もうなってる」
……何ソレ。
じゃあ僕って普段はどういう顔してるんだよ。
シーナって唐突にびっくりすること言い出すよね。
どう返したもんかと悩んでると、シーナは手を組み直して軽く咳払い。
「それじゃ、シーナくんのお悩み相談室ー。さ、有能なシーナ博士になんでも悩みを打ち明けちゃって下さいねー」
「はー? 一番相談したくないタイプなんですけど」
「いいからいいから。ほら、何?」
はたはたと机を叩く。
楽しそうだね……。
「…同性の友達に言い寄られて困ってます」
「それは大変だ」
「おまえだよ」
「えええ? ならば回答はひとつ、お付き合いするのが吉」
「却下」
笑いながらの会話。
冗談を叩けるのっていいよね。
まぁ……あんまり冗談でもなかったりするかも、だけど。
「いや…うん。悩みってほどのコトじゃ全然ないんだよ。本当に大したことじゃないんだ。ただ…最近外出てないから、体がなまっちゃいそうでさ。ずっと中にいるのも疲れるよね」
自分がリーダーだとはわかってる上で、僕はそう言った。
軍のリーダーと部下という関係にあればそんな話はできない。
僕を僕として見ている相手でなければね。
なのに、こんな大勢の人間がいる場所で…誰に聞かれてるかしれないのにこんな話するなんて、僕も情けないな。
するとシーナは、ふいにすました笑顔を作ってずいっと身を乗り出した。
「それならば、姫。私と逃げて下さい」
大仰な手振りにわざとらしい声。
は?
姫?
逃げる?
あぁ……、はいはい、そういうことね。
「いいえ、それはできません。それでは貴方が追われる立場となってしまいます」
「構うものか。私にはただ、あなたが必要なのですから…!!」
「ならば、逃げるだなんて言わないで。このまま私を攫って下さい」
「と、ここで音楽。暗転しまーす」
あはははは。
ト書き入るか。
一体今の芝居のシチュエーションって何?
第一、誰が姫なんだよ。
なんなんだ、それは。
…うん。
でもちょっと気が楽になった。
ありがとう。