トライアングル17
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 東の兵糧の運搬ルートに盗賊が出る?
 なるほどね。
 広間で報告を聞きながら、頷く。
 道理で兵糧班の戻りが遅いと思った。
 心配になって偵察部隊を出したんだけど、正解だったみたいだね。
 さほど重要なルートじゃないから放っておいても問題はないだろうけど、それじゃダメだ。
 僕たちは「帝国の圧政から人々を救うための解放軍」だから。
 盗賊が出るのをわかっていて、僕たちのために働く人たちが被害に遭っていて、それを見逃していたら大義名分は崩れるわけだし。
 なによりも、今は怪我人も出てないからいいけどこれからもそうとは限らないからね。
「すぐに救援を出すべきだと思う」
 僕はそれだけを告げた。
 それだけで十分だと思ったから。
「しかし、今は軍を動かすべきではないのでは…」
 答えたのはサンチェス。
 いえ、とマッシュが短く呟く。
「いえ……やはり放っておくのは得策ではないでしょう」
「だろうね。それに報告を聞く限りでは、軍を動かす必要はない」
 山間の道…。
 手勢がこのくらいなら、人数は……頭を叩けば大丈夫だな。
「最低限の人間で大丈夫だよ。多人数だと狭い道じゃ統率がとりづらい。少数精鋭で行く」
「それがよろしいかと」
 その場にいた誰も特に異論はないようだ。
 話は、ならば誰が行くか、に移った。
 僕はすっと息を吸う。
「僕が出る」
 きっぱり言い切る。
 マッシュは一瞬間をおいて頷いた。
「わかりました。では、残りのメンバーはどうなさいますか」
「うん」
 広間に集まった解放軍の主力メンバーの顔を見渡す。
 誰を連れて行っても問題はない。
 それだけ力を持った者たちばかりだから。
 連携だって問題ないはずだしね。
 もちろん城の守りのことも考えなきゃいけないけど。
 ふと、斜め後ろのルックと目が合った。
 ルックはほんの微かに首を縦に振る。
「…じゃあ、ルック、頼むね」
「わかった」
 最初から、お互いそのつもりだった。
 何も言わなくてもわかる。
「それから、キルキス、いいかな。アレンとグレンシールも手伝って欲しい」
 すぐに承諾がかえってきた。
 うん、これで………。
 ………?
 あれ……?
 メンバーはちゃんと選んだはずなんだけど。
 なんだか不完全な気がする。
 どうしてだ?
 ルックに頼んで、キルキスとアレンとグレンシールにも来てもらって…。
 足りないはずはないんだけど。
 えーと……。
 悩んで………僕は、はっとした。
 大体こういう状況になると、必ず自己申告する奴がいたはずだ。
 それが今日は、ない。
 びっくりして広間を見回すけど、そういえば、来てない。
 どうしちゃったんだ?
 思わずルックを見ると、ルックも気がついたようだ。
 わずかに目を見開いて、僕の方にすっと体を近付けてくる。
「捜してくるよ。レイは準備があるだろ。出発は?」
「明日の朝。ごめんね」
「いいよ。明日の朝だね、伝える」
 短い言葉で伝えきると、ルックは頷いて広間を出る。
 僕は出発の時刻を、改めてメンバーに告げた。





 翌朝。
「おっはよー」
 ひらひらと手を振る、明るい笑顔。
 隣のルックの涼しげな表情とは対照的だ。
 でも、僕を、まっすぐに受け止めてくれるのは同じだね。
「よし。それじゃあ、行こうか!」
 仲間たちは一斉に頷いた。


 町を出て、僕は思いきり背伸びをする。
「大したことはありませんでしたね」
 グレンシールが笑う。
「そうだね。みんなのおかげだよ」
「いいえ、貴方の指揮があってこそでしょう」
 そんなことはないと思うけどな。
 個々の高い能力に助けられた。
 アレンとグレンシールの見事な連係攻撃は向こうの隊列を切り崩すきっかけになった。
 それに、こうして……旧知の人に認められるのは嬉しいしね。
 ふたりとも、解放軍にはあまり慣れないようだけど…たしかに、帝国軍から解放軍に移ってきた仲間たちは居場所に迷うかもしれない。
 元からいた人たちも戸惑うだろう。
 でも、そんな垣根を取り払い、ひとつの理想へ進むのが解放軍だ。
 辿ってきた道が違っても、目的や目標が違っても、それが叶うための理想を掲げる。
 僕たちはそういう仲間だから。
 だから、………父さんの言葉に従ったとはいえ、こうして僕に力を貸してくれてるのは素直に受け取っていいんだと思う。
 少しずつ、僕を僕として見始めてくれているのもわかるから。
 無事盗賊たちも町に引き渡したしね、久しぶりに穏やかな気分だ。
 ………と。
 背後からの視線に気付いた。
 一番後ろを歩いてた…シーナ。
 にこにこして、ずいぶん嬉しそうだけど。
 僕は、歩調をわずかにゆるめてシーナに並ぶ。
「どしたんだよ? 崩れそうな顔して」
「んー? 別に〜」
「それにしちゃ随分ご機嫌じゃないか」
「まあね」
 こいつが脳天気な笑顔を浮かべてるのは珍しいコトじゃないけど。
 いつもならこれでもかとばかりに喋りまくるから、黙って笑ってるだけなんてすごく妙なんだけど。
「…悪いものでも食べた?」
「なんで?」
「だってここ何日か…おまえ様子おかしいよ。……というより…喋りかけてこないし、僕のところにも来ないじゃないか」


 しゃべりながら……僕はこの数日、ぬぐいきれなかった違和感の正体を知る。
 なにかがちがう。
 そう思ったのは、そのせいだったのか。


 言葉を探しながらそう聞くと、シーナはいっそう嬉しそうな顔。
「今は、レイが嬉しそうだったからオレも嬉しくなっただけだよ」
「はぁ?」
 それは…僕がグレンシールと話してたこと?
 いや、そうだけど……。
 じゃあ今じゃなくてこの何日かは?
 そう聞こうとしたことがわかったんだろうか。
 シーナは視線を落として笑って、上目遣いに僕を見た。
「たしかに、オレ、意識してレイに話しかけなかったし、そばにも行かなかった」
「どうして……」
「レイが気にしてたことは知ってたよ。ルックもそうだったね」
 ………?
 何が言いたいんだ?
 前を歩いてたルックが、自分の名前に反応して振り返る。
 シーナは、そんな僕とルックの顔を交互に見る。
「あえてオレはふたりから遠ざかってみた。この遠征に来るときさ、レイはオレのこと思い出してくれたでしょ? ルックはそれでわざわざ迎えに来てくれたよね」
 え…?
「オレがレイスフィア城に来た頃のこと、覚えてる? ふたりからオレに話しかけてくれるコトなんてほとんどなかったし、そばに来てくれることもなかった。それが今じゃ、ふたりからオレのところに来てくれるんだもんな。ほんとに、それが嬉しいv」
 っ!!
 な…!!
 ぼっ、僕はそんなつもりじゃ…っ!!
「あんた、僕たちをはめたわけ…?」
 ルックが不機嫌そうに呟く。
「はめたなんて、とんでもない! 先人の知恵だよ。押してダメなら引いてみろ! ってねvv」
 僕はそれを聞いてピンと来た。
 そういえば……シーナが僕のところに来なくなったのは、食堂で一緒にお茶を飲んでからだ。
 あの時、こいつなんて言った?
 たしか、「押しても押してもダメなもんは、一度引いてみるのもひとつの手だよな」とか……言ってなかった?
 おい、それって……!!
 一体そこまでシーナが本気で落としたいのは誰なんだろうなんて迂闊に思っちゃったじゃないか!
 それって僕たちのことだったってわけ?
「シーナ…それって……この前食堂で…!?」
「そのとーり」
「……だからっ!! 本人の前で作戦を堂々と喋る奴がどこにいるんだ、っていつも言ってんだろ!!」
「あんたレイにそんなこと言ったわけ? ほんっとに馬鹿だね」
「っとに恥ずかしい奴なんだからなっ!!」
 シーナは、笑顔を崩さない。
「でもさ。見事に策略にハマってくれたじゃないか」
 ………っ!!
 うわ……。
 も、ものすごく悔しいっ…。
 ルックもそう思ったみたいで、くるりと前を向くとそのまますたすたと早足で歩いて行ってしまう。
 待って、僕も行く。
「あー。やだなぁ、ふたりとも照れちゃって〜」
 てっ、照れてなんかないっ!!
 あぁもう、なんだってこいつってば……!!
 走り出しそうな勢いで歩く僕たちは、すぐに前を歩いてたアレンたちを追い越した。
 3人とも、唖然としてたみたいだったけど。
 今はダメだ、フォローの言葉なんて浮かばないよ。
 あとでどう言い訳すればいいものかなぁ……。





 まあね。
 こんなふうなやりとり、嫌いじゃないけどさ。
 嫌いじゃない……いや、違う。
 すごく嬉しい。
 あ、見事にはめられたコトが、じゃなくて。
 対等に笑っていられることが、どれだけ僕の心を満たしてくれるか。
 殺伐とした毎日の中で、ふたりの存在がどれだけ大きいか。
 改めて思うよ。
 僕は、
 ふたりのことが、
 大切だ。
 きっと、この気持ちさえあれば………
 進んでいけるよ。
 この先にどんな道があろうとも。
 たとえ……道がないのだとしても。





Continued...




<After Words>
うっわー。
こんなに書いてなかったんだ…!
いえ、実は。
常に頭の中はトライアングル状態が続いておりまして。
全身全霊でもってトライアングルに熱中してます。
それがいろんな形で表現されている故、メインであるはずの
ノベルが微妙におろそかになっていたのでした(汗)。
いかんねぇ。

でも、久し振りに書いてもやっぱり3人はめちゃくちゃ仲良し。
なんだかものすごくほっとしますね。
だけどもうちょっと進展があってもよかろうと思うんですが。
ダメですかねぇ。
そんなもどかしい3人を書き続けて、5年ですって!
今後もずっと続けていきたいなぁとなんとなく思ってます。
……コレで落ちてないんですって。



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