星に願いを
<後編>
− 3 −

 ようやく気が付いて目を開けると、控えめな木目の天井。
 ぼんやりとそれを見て、シーナは自分になにが起こったかを何となく察した。
 そうして、
(ちぇ…。もったいないことしたなぁ……もうちょっと見てたかった)
 などと思う。
 思うのである、こいつは。
 レイとルックはどうしただろう。
 こんなことで疲れさせたりなんかしてないだろうか。
 ごろり、寝返りを打つ。
「目、覚めたか?」
 突然レイの声。
 ぎょっとしてシーナはがばっと飛び起きる。
 が、ふらりとして結局ベッドへばたりと倒れ込んだ。
「いきなり起きあがるバカがどこにいるんだよ。ちゃんと寝てろ」
 そう言ったのはルックの声。
 枕の上から視線を巡らすと、レイとルックがシーナを見下ろしている。
「あ…ふたりとも」
「ふたりとも、じゃないよ。のぼせて倒れるだなんて……やばくなりそうだったらその前に言えよ」
 まったく、とこぼしながらレイが枕元で濡れたタオルを絞り、それをシーナの額の上に乗せた。
 熱くてがんがんと音が響くような頭が、すうっと冷やされて気持ちがいい。
「……ごめんね」
「あぁ、うん。別に構わないけどさ。それより、平気なわけ?」
「うん。ちょーっと起きあがるとふらふらするくらい。でも大したことないと思う。…ビクトールたちは?」
「まだ食堂だと思うよ。夕飯の時間だから」
 そっか……シーナは頷く。
 自分にとっては一瞬でも、その間にそれだけ時間が経ってしまったというわけか。
 ルックがシーナの顔を覗き込む。
「そうだね。大したことはなさそうだけど。夕飯どうする?」
「んー…。お腹すいた……」
「そう。じゃあ食べるんだね」
 ひとりの食事は結構淋しいが、それはこの際仕方がないだろう。
 と、そこに、部屋のドアが鳴る。
 返事をするまでもなくそれが開いて、ビクトールが入ってきた。
「よーう、シーナ。目ぇ覚めたんだな」
「おかげさまで」
 さすがに情けなくて、シーナは頭を掻いた。
 そこでレイとルックが顔を見合わせる。
「いいタイミングだね。……ビクトール、シーナのこと任せていい?」
「ああ」
「じゃあ、お願いするよ。僕たち、夕飯運んでくるから」
「ふたりで行くんか」
「さすがに3人分はひとりじゃ持てないよ。それじゃ、シーナ、ちょっと待ってて」
 え?
 シーナが目を丸くする。
 何か言おうと……しているうちに、ふたりはビクトールが入ってきたドアから出て行った。


 うわあ、と心の中で慌てるシーナ。
「あ…あのさ、ビクトール。これって……。だって、ビクトールたちは食堂で」
 ついその場に残されたビクトールに救いの手を求める。
 ビクトールはひとつ溜め息をつき、隣のベッドに腰掛けた。
「おまえの想像してる通りだよ。俺たちもおまえのことなんぞほっとけって誘ったんだけどな。倒れたおまえほったらかしにして行けるか、って駄々こねてなぁ。ずっとおまえのそばにいたぜ、あいつら」
「レイとルックが…?」
 なんて贅沢な。
 あのレイとルックがつきっきりで、心配していてくれただなんて。
 そんなめちゃくちゃ幸せな状況下でのんきに気など失っていただなんて、なんてもったいないことをしてしまったのだろう。
「それにしてもな。こういうことにだけはおまえ、頭回るんだな」
 呆れたように、ビクトールが息を吐いた。
「レイとルックの奴を視察じゃない、旅に連れ出せ、って言ったのはおまえだもんな。それで? のんびり出来るのがよくて部屋は俺たちと別がいい、だ? っとにとんでもないこと言い出すもんだよ」
 シーナは落ちそうになった額のタオルを嬉しそうに押さえた。
「ま、オレが言ったのはそこまでだけどね。でもここまでランク高い宿取ってくれ、なんて一言も言ってないぜ」
「俺もそろそろ疲れが限界に来てるレイを労ってやりたかったからな。だからこんな策略に乗ったんだ。そうでなきゃスポンサーだなんて、やってられないだろーが。けどな、予算ギリギリで取ったんだぞ。おまえらのお駄賃だなんて聞いてないんだがなあ…」
 ぶつくさ言うビクトールに、シーナはにぃっと笑う。
「まぁまぁ。そこら辺はオトナとコドモということで」
 そう言われてしまうと、一応仮にも「大人」としては言い返せない。
 ここで反論して口喧嘩になるのは明らかに「大人」の取る態度ではないし。
「にしたってな。買い物して、パフェ食って、露天風呂? なんなんだそのデートコースは」
「そりゃもうオレの願望どーりにコトが進んだからね。…けど、焦ったぜ。いきなり買い物メンツはジャンケンで、とか言い出すんだからさ。オレたちが負けなかったらどうするつもりだったんだよ」
「その時はそのメンツに行かせるまでだろ。あのなぁ、俺がなんだってそこまでお膳立てしなきゃならないんだ」
「いいじゃんか、そのかわりビクトールの恋路も手伝うからさー♪」
「コドモのおまえらに手ぇ借りなきゃならんほど俺は奥手じゃねえぞ」
 言い返してきたビクトールに、シーナは肩をすくめた。
 ビクトールはそう言うが、果たして実際はどうなのやら。
 こんこん、とドアが鳴る。
「シーナ? ご飯持ってきたよ」
 レイの声だ。
 とたん、シーナの顔がぱっと輝く。
 同じ笑顔でも、ビクトールに向けた笑顔とは全く異質の笑顔。
 ビクトールは「こいつら…」と呆れた顔で立ち上がり、ドアへと向かった。
 が、その途中で振り返り、じっとりとシーナの顔を見る。
「……ひとつだけ聞いとくが。おまえ、本当に『のぼせただけ』だろーな? 湯にあたっただけだろーな?」
 その問いには、乾いた笑いでだけ答えることにした。





 のちほど。
 自分が倒れた、という事実をオーバーにアピールして、「食べさせてv」だのと言い出した懲りないシーナ。
 案の定鉄拳を喰らっていた。
 ……が。
 目の前で倒れたのはよほどインパクトがあったらしい。
 仕方ないな、と溜め息をつきながらもちゃんとしてくれたのだ。
 しかもレイだけでなく、ルックも。
 両手に花とはまさにこのことか、とシーナは至福の時間を味わっていた。
 もちろん、「人には絶対話すな。いいね?」と脅しまがいの箝口令は敷かれたが。
 だがシーナには最初から人に話すことなど微塵も考えていなかったりする。
 3人だけの、こんな満たされた気持ちを他人に知らせてしまうだなんて、もったいない。
 これは3人だけの秘密。
 誰にも教えてあげない。
(ああ……。お星様、ありがとう!!!)
「なにひとりでにやにやしてんだ、気色悪い」
「食べないの? 片付けるよ?」
「あ、ごめんごめん。もっと〜〜〜〜v」
 星に、願いを。
 この時間が続きますように。





End




<After Words>
………(かなり遠い目)。
やっちゃったよ…(笑)。
なんだよまったくめちゃくちゃ甘いわ〜!!!
もしかしたらサイト史上もっとも甘い話だったかも。
でっ、でも、やましくはありませんでしたでしょ(汗)?
ひとり「ちょっと待てよおい」とつっこみたくなる人いましたけど。
どうでもいいですが、うちのシーナって…バカですねぇ…。
いやもう…本当に……。
これ、年末に妹。の家を掃除しに行ったとき、近くの温泉で
のーんびり露天風呂に入りながら考えてたのでした。
あの時の湯は無色透明でしたが…それはさすがにアレなので、
(だからどれなんだよ)乳白色にさせて頂きました。
だってねぇ。無色透明にしたらシーナとわたしが暴走するわ。
しかもあんたの策略かよ!!
…そんなつもりはなかったんですけどね…書いてる最中は。
たぶんアレでしょう、ぼっちゃんの視点をメインに書いてたから、
シーナの目論みに気付かなかったのかも。
………わたしの知らないところで動くなよ、シーナ……。



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