星に願いを
<後編>
− 2 −
いっぺんに2つ増えたたんこぶをさすりながらそれでもにこにこと満面の笑顔のシーナ。
対してふたりは怒りマークを頭上に散らしている。
それでなくとも湯船でこうしてシーナと肩を並べている、それだけでもレイとルックにとっては異様な光景なのだ。
「いやあ、ほんとに気持ちいいなぁ」
だらだらというかでれでれというか、言ったシーナの顔は全くしまりがない。
それがまた癪に障る。
普段からこういう顔をしているが、今日はいつもにまして崩れているのは気のせいだろうか。
気のせいじゃないんだろうな、とレイは心の中で溜め息をついた。
おそらく……この状況のせいなんだろう。
フリックが不思議がるのもわかるのだ。
男同士だし、それにお互いがそうと認め合う友達同士だし(ルックははっきり言わないけれど多分そう思っている?)。
だから「風呂ぐらいどうして一緒に入んないんだ」というフリックの疑問は当然至極のこと。
だがしかし。
友達だ。
友達だが、それが本当に友達オンリーなだけなら問題はないのだが……。
「やっぱさー。いいよな、なんかv 初めてだもんな、レイとルックと一緒に入んのって」
「……あー…そうだね……」
「さっきも聞いたけどさ…ほんとに理由なしなわけ? 時間が合わないとかじゃなくて?」
「んー……ねぇ……」
あはは、と乾いた笑いを浮かべるレイ。
さっきからルックはそっぽを向いたままだ。
そう、こいつはこともあろうにレイとルックに向かって「好き」だとかぬかしたのだ。
それも、「特別な意味で大好き」と。
そう言われてしまって……つい、身構えてしまっているわけで。
だからといってこの状況にひたすら緊張している自分もどうなのだろう……レイは再び潜りたくなる衝動に駆られた。
「あれ、ルック、髪まとめてるんだ」
シーナがすい、とルックに近付く。
するとルックは小さく肩を震わせる。
あ、とレイもピンと来る。
(うわ…そうだろうなぁ。ルックも緊張してるんだ……)
ルックは湯舟に入るということで頭の高い位置で髪をまとめていた。
それがシーナには珍しく映ったらしい。
確かにレイも滅多に見ないが。
もしかしたら特に目的のない今回の旅(それは慰安旅行と言ってもいいのかもしれない)に、ルックも気が大きくなっていたのかもしれない。
普段よりルックの気負いが少ない気がする。
「ふうん。こういう髪型も可愛いじゃん」
「そ、そんな風に言われても頭に来るだけだよ」
「えー? でも似合うよ。すっごく可愛いv」
「だ…っ、だから……」
しどろもどろになるルック。
すっとシーナが手を伸ばして、栗色の髪に触れる。
ルックはあからさまに慌てた様子でその手から逃げる。
逃げてから、はっとしたようにいつものような冷静な表情を作った。
「…なにするんだよ」
言い放つような、それでも戸惑うような口調。
シーナは首をかしげる。
けれど切り替えの早いシーナらしい、すぐにそうだ、と手を打った。
「ねっ。やっぱさ、旅先のでかい風呂っつったら、あれだよね?」
「あれって?」
「背中の流しあい」
ぎゃっ。
思わずレイは声に出さずに悲鳴を上げる。
まさかとは思っていたが、そこに来たか。
「ぼっ…僕はいいよ。遠慮しとく」
「なんで? いいじゃん、親睦〜」
「あー…いや、うん、ねぇ…」
「僕はやだ。あんたなんかと親睦深めたくない」
「つれないなぁルックってばv」
「あ、じゃあ僕もそれで」
「ほらほら、レイ。そーいうなよ」
「わ…っ。腕ひっぱんなって……っ」
「ルックもおいでって」
「やだ、って言ってるだろっ」
「ええぇ……シーナ、本気なわけ?」
「もっちろ〜ん♪」
なぜか(自分ではわからないからなぜか、なのだが)ようやく冷静を装いながらレイは上空を見上げる。
すっかり空は夜の色。
深い紺色のキャンバスに散らばる白や赤や青、色とりどりの光の点。
「……綺麗だね」
同じように空を見ていたらしい、ルックがぽつりと呟く。
「ん? あぁ、星……そうだね。すごい綺麗だ」
レイの背中を洗いながら、シーナも答える。
ルックは岩の縁に肘をついて腕に顔を埋めた。
「余計な明かりがなにもないからね…だから相対的に目立って見える。論理としてはそうなんだけど。本当に目で見ると……綺麗だ」
結局「背中を流す」というイベントには乗らなかったルックだ。
どうにかそれから逃れられた安心感で少しだけ気が楽になっているらしい。
その穏やかなルックのセリフに、レイも頷く。
「……なんか。やっぱり、いいね。こんな風に、ただ……のんびりとしていられるって」
「そうだよな。理想…だよ」
ただの光の点ではない、幾千幾万の星。
一瞬たりとも同じ光ではない、少しずつ違う光。
涼しげに穏やかに、瞬く星。
とても静かな気持ちになる。
とても優しい気持ちになる。
そしてとても……。
同じ心でその空を見上げていた3人。
……しかし、ふと視線を落としたシーナがその思考を乱した。
シーナが思わず思ってしまったのは。
(……レイって……色、白いんだなぁ…。さらさらの肌……。ほおずりとかしたら怒られるだろうなぁ……)
それを行動に起こす前に、今の独白を聞かれただけでおそらくまた攻撃を喰らうことだろう。
しかし思ってしまったものは仕方ない。
その上、当然無意識だろうふたりから追い打ち。
「さすがに少し熱くなってきたよ……」
「大丈夫、ルック? そこの縁に座ったら? 上半身だけでも涼しくしてれば大丈夫じゃないの?」
「だね…」
と、ルックは立ち上がると浴槽を縁取る平らな岩に座る。
(わっ…。ルック………き、きれ……)
白い肌。
夜の闇の中で、浮き立つように。
それがあまりに現実離れしていて……めまいがした。
(めまい? いや、これって…。うわ、やばいっ)
「え? ちょ……っ。シーナっ!?」