バレンタイン・パニック!
− 3 −
どうにかこうにか、記名されたものやあやふやな記憶でもって、チョコレートの仕分けをしていく。
改めてきちんと積み直してみると、その量がバカにならないことに気付いてしまう。
これは尋常ではないのではなかろうか。
余裕で背丈の数倍はありそうで……。
「本当に、みんな、暇なんだね」
噛みしめるようなルックのセリフは、精一杯の弱音。
レイはとっくに目眩を感じているようだ。
さすがのシーナも整理が大変なこの量に、
「…もしかして、名簿作っといた方が楽だったかな」
とぼやくほどだ。
レイの部屋でレイはともかくルックまでもチョコレートをぶちまけて息を潜めていたのはどうやら彼女たちから避難してきたからだったようだが、それも理解できようというもの。
今までたくさんもらったことがなくて、それでいきなりこれでは圧倒されて当然かもしれない。
慣れているはずのシーナでさえ軽くびっくりするほどだ。
「でもさあ、これだけもらっちゃうとさ、個々の有り難みってあんまりないよな」
部屋を見回して、シーナが達観にも似た言葉を吐いた。
それに妙に反応したのは、残ったふたり。
ちらりとレイが視線をあげ、ルックはそれを受けて溜め息をつく。
「有り難みがない、ね。じゃあしょうがないんじゃない」
「だよね。どうせこれだけもらってるんだから、今更増えなくたっていいよね」
え、と首をかしげるシーナ。
レイとルックはそれを呆れたように見て、
「…そろそろパターンに気づけよ、バカ」
と言ってのけた。
やはりそれでもわからないらしいシーナに、ふたりは大仰に息を吐く。
そうして、背中を向けて何事かごそごそとやっていたようだが…。
「ホント…僕たちも十分バカだと思うよ」
レイの言葉にますます訳がわからなくなるシーナだ。
が、
ぽん、と。
レイとルックから渡された、青と緑の箱。
レイが青で、ルックが緑。
「これ」
完全に裏返った声を上げて、確かめるような問いかけるような視線をレイとルックに送る。
もしかして。
もしかしなくても。
ほとんど暴走に近いほど混乱する脳で、シーナはこの部屋に来てからの記憶を探り出す。
ふたりの目の前に積まれたたくさんのチョコレート、95パーセントの割合で記名された包み紙、完全に当てはまっていた名前。
どのシーンにも、今シーナが手にしているこの箱はなかった。
とするとすでに整理し終わっていたものとか…いやそれはない。
あの時点では疲れ果ててばらまいただけで、特に整理をした様子もうかがえなかった。
と、いうことは。
やっぱり。
「…あのさ。もしかして、これ、ふたりがオレのために用意してくれた?」
「他に何があるんだよ」
つっけんどんなレイの口調、それって照れてる?
うわあ、とシーナは声にならない声で叫んでみた。
多分これって夢じゃない。
「ああああ、まさかふたりにバレンタインチョコもらうとは思わなかったー……」
ちら、とルックがシーナを見る。
「……誤解してると困るから言っとくけど。そもそもこの日って、世話になってる人に贈り物をする、それだけの日なんだからな。別に……その…女の子が言うような日じゃないんだから」
「でも、それだってオレのコト大切に思ってくれてるってことでしょ?」
即座に言い返したシーナにルックが詰まる。
レイはレイで、シーナを上目遣いで見ながら、
「で? 嬉しくないの?」
聞いて来るもんだから、
「もちろん!!! 嬉しいって!!! こんなに嬉しいことなんて滅多にないよv ホント、オレって、オレって、幸せもんだって、うん!!!!!!」
思わずそう力説してしまったではないか。
レイはそれを聞くと、ふっと表情を和らげた。
「それならいいんだけどさ」
(……うわあ)
つい見入ってしまう、レイの柔らかい笑顔。
「あ……あのさ、レイ…ルック…」
「なに?」
「オレ、さっきさ、チョコレートなんかで本物の愛してます、なんて、重くていらない、って思ったんだ」
「それで?」
「…取り消すわ。オレ、レイとルックの愛なら、ぜんっっっぜん!! 余裕で!!! 受け止めるから!! オレも精一杯の愛で返すから!!!!!」
拳を握って、大熱弁。
それを聞いていたレイとルック。
レイはいたずらっぽい顔をして、ルックはそっと目を伏せる。
「「いらない」」
「遠慮すんなってっv」
「「…はいはい」」
仕分けが終わって袋に詰め替える作業に移っていたレイが、ふと手を止めた。
「シーナ」
「ん? 何〜v」
「10倍返しだからね」
「え〜。そのくらい余裕だよv おつりが来るほど返すからv」
天に昇れるほどのテンションのシーナに、レイは少し赤い頬のままで告げる。
「…ただし。特に僕たちへのお返し代は、自分で稼げよ」
とたん持っていたチョコレート(当然レイとルックからもらったものではない)がばさばさと落ちた。
「ええええ!? そりゃきっついぜ〜」
「当たり前だろ、バカ。レパントさんからくすねたら、即絶交」
「うえええ、そんなあ」
「表で歩いて、モンスター退治すれば、そのくらいたまるんじゃない? あと剣の修行にもなるだろ」
「うっわあああ」
無茶だ〜、と大騒ぎするシーナを見ながら、レイも溜め息。
「…って言う僕もこれだけ返せるような財力ないもんな。…僕もちょっと『修行』しようかなあ…」
ルックも目を上げて、
「……それって、僕も戦わなきゃダメってこと……?」
はああ。
3人は仲良く溜め息をハモらせた。
ただし、シーナのそれは喜びの溜め息だったことは言うまでもない。
End
<After Words> |
しまった、またもや勢いだけだ。 でもどうやらバレンタインデーに間に合ったようでよかったです。 というか、書いているときにすでにバレンタインデーに突入していたんですが。 しかも、おかしいなあ。 仕事中に(おいこらちょっと待て)書き始めたときは、全然筆進まなくて。 家に帰ってからもそんなに進まなくて。 だいたい普段と同じくらいの量になるか、それより少ないかな、と思ってたのに。 ふたを開けてみれば「書きすぎ」。 おかしいなあ。しかし、このところ、シーナさんいい目見てるよね。 そのうち落とし穴があるんじゃないか、わたしは心配です(笑)。 |