バレンタイン・パニック!
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シーナが一直線に向かったのは、城の一番上のフロア。
そのさらに奥、渡り廊下を渡ったところにある部屋。
それだけで重要だと思わせる。
そこには、シーナお気に入りの人物がいるはずだ。
とんとんとん、と軽い音をさせてドアを叩く。
しかし、
……しーん。
中からはことりとも音がしない。
留守かな、と思ってもう一度叩いてみた。
するとようやく中からか細い声で、
「……どなたですか」
ようやくそうと聞き取れる返事。
シーナはどうしたんだろうと思いながら、
「オレだよ〜オレオレ。新世紀のスーパーミラクルアイドルあなたのシーナくん」
「知りません」
「うっわ。そんなあ、オレとレイってこんなに想い合う仲なのにぃ」
ようやく覇気の戻った口調に、シーナは明るく声を張り上げる。
それには、扉越しでも聞こえるわざとらしい溜め息が返ってきた。
「……はいはい。どーぞ」
「んじゃあ入るよ〜」
がちゃり、と落ちそうになる包みを抱えながらドアを開ける。
「やっほー」
ひとつ落ちかけた箱を慌てて支えてから視線をあげる……。
そのシーナの視線が、ぴっと部屋の中央で釘付けになった。
「……ありゃりゃ、これはまた……」
つぶやいた言葉に、げんなりと顔を上げたのはレイ。
そのレイの目の前には、山になった包み。
それは間違いなく。
「やぁ…シーナ」
ひらりとあげた手にもなんだか力がない。
シーナはそっと視線をずらした。
ベッドの脇、ぐったりと寄りかかるルックの前にも色鮮やかな山。
「…………」
こちらは、言葉がない。
シーナは乾いた笑いを浮かべながら後ろ手にドアを閉め、その輪に入ることにした。
「なーんか見事だなぁ」
自分も床にもらったチョコレートをばらまいてみて、シーナは感嘆ともとれる溜め息をついた。
それに軽く非難の目を向けるルック。
「…って、あのねぇ。あんたはどうせこういうの慣れてるんだろうけどさ」
恨みがましい目は、シーナほどになるとただ困惑してるだけなんだと理解できる。
シーナは首をかしげて、
「あれ、去年ってどうだったんだっけ」
そうどちらに向けたわけでもなく聞くと、レイが肩をすくめた。
「そっか、去年のこの時期には、シーナももういたんだっけ」
「うん、ぎりぎりな。でもあんまり記憶ねぇなあ」
「……ま、この1年で飛躍的に人間増えたから。相対的に人が少ない上にまだ組織として安定してなかったし。それどころじゃなかったんだろ。…それがよかった、っていうのも、おかしいんだけどさ」
レイの視線は完全にもてあましています、という色。
たしかに目の前にどおんと積まれた色とりどりの包装紙、その中には多分どれもチョコレート。
時折びっくりするくらい大きなものまであって、それがチョコレートだったらと考えるだけで目眩がする。
義理も積もれば山となる、と。
何となくシーナはそんなことを思って自分で「うまい!」と座布団を1枚積み重ねてみたりして。
「うーん。そりゃ…この量だもんな。かといって他の奴らに配るっていうのもどうかと思うし…。まあ、オレは平気だと思うけど」
「え!? 全部食べるわけ!!??」
レイが目を見開くと、シーナはえへんと胸を張る。
「まあね〜。だって、オレのコト好きだっていうみんなの気持ち、無駄に出来ないじゃんvv」
「ああそうですか……」
呆れたようにレイは肩を落とした。
それにしても、レイとルック、ふたりのルックスでこの程度の量に辟易しているとは。
ちょっと意外に思うシーナである。
「…ふたりって、普段はもらわないわけ?」
「ああ…今まで、ってコト?」
「うん。だってふたりが町中歩いてたら女の子たちほっとかないと思うけどな」
そのセリフに、レイとルックは顔を見合わせた。
「僕? ううん。そりゃあルックならわかるけど。別に僕はそんなでもなかったよ。…そうだなあ、クレオが買ってきたものをくれるくらい。ルックは?」
「…レックナート様とふたりが多いんだよ? そんな機会なかったし、あっても興味ないし」
「でも一応レックナート様が」
「あの人がそんなことすると思う?」
(思わない!!)
思わず心の内でレイとシーナがハモった。
穏やかそうな外見に惑わされている者も多いが、実は人使いが荒い上に結構さらりと酷いことをしたりしている。
この性格のルックの役割が家事手伝い、というあたりでもそれは十分に納得できた。
まずいことに触れたかも、とシーナは慌てふためいて、
「あ、じゃ、やっぱびっくりしたんじゃないの? こんなに大量でさ。ルックもよく受け取ったよね」
なんとか話題を変える。
どうやらそれには成功したらしい、レイとルックははああ、と大きな息をついた。
レイの場合。
すっかり今日が2月14日とは忘れていて、マッシュとの打ち合わせに部屋を出た。
そりゃそうだ、何月何日かは心にとめていても、それがなんの日だとかなんの記念日だとか、気にしてなんかいられない。
その上、今までは家族同然のクレオから「家族に」という意味のチョコをもらっていただけだし。
一応2月14日がバレンタインデーだとは知っていたし、確認もしていたつもりだったが、前日の夜から考えている策があってそれのことばかり考えていたせいですっかり抜けていた。
と、そこに通りかかったのが(あるいは待ち伏せだったとか?)カスミで。
「あ、あの、これを!」
いきなりそう言ってきたと思うと、赤い箱を押しつけるように渡すと、声をかける間もなくいなくなった。
さすが忍者、と感心する暇もない。
それを見ていた女の子たちが一斉に駆け寄ってきたからだ。
「レイ、これあげる〜」
「受け取っていただけますか、レイ様っ」
とたんに抱えきれないほどのチョコを腕に抱えることになり、レイの頭は一瞬にして真っ白になった。
ルックの場合。
もちろん今日が2月14日で、バレンタインデーだということは承知していた。
だが別に興味もないし、いつも通りいつもの場所で石板の番をすることにした。
ちょっと冷えて足下から寒さが伝わってくるが、我慢できないほどじゃない。
そう息を吐いた、その息が早朝のせいで白いのがよけいに寒々しい。
と、そこに早朝には考えられないようなわいわいとしたざわめき。
首をかしげたルックの前に、群れをなした女の子たちがどっと押し寄せたのは次の瞬間だった。
「あ、やっぱりここにいた〜!」
「わあ、ルックさん、これ、受け取ってください!」
「……はあ?」
「やだあ、バレンタインデーですよお」
「そんなのはわかってるけど。いったい何の用事? 朝から」
「だから、チョコレート受け取ってもらいに来たんです!」
「は? 僕そんなのいらないよ。さっさと帰ってよ……って、何勝手に人の袖に…っ」
その時の苦労を思い出したのか、レイとルックはもう一度溜め息。
シーナはきょとんとして腕を組んだ。
「なんか、今の聞いてるとさ。というか、今のふたりを見てると、なんだけど。もしかして、バレンタインデーに反対?」
するとレイが難しい顔をする。
「…反対っていうわけじゃないよ。女の子たちがあんな風に元気なのっていいことだし。いじらしいな、とは思うけど」
「いじらしい? あれが? 僕には一揆の暴徒に見えた」
「あはは…ルックってガード固いから、彼女たちも必死だったんじゃないの?」
迷惑だ、と小さくつぶやくルックが、まったく彼らしい。
「じゃ、レイとルックには嬉しくないイベントなんだ?」
たたみ込むようにシーナが聞くと、今度は困った顔をしたレイが、
「いや、嬉しいよ。僕のことを…まあ、最悪嫌いじゃない、ってコトだから。好意を向けられるのは嫌じゃないし、嬉しいけど」
「僕は嬉しくない」
「うーん…。えぇと、でも、ほら。あとのことを考えると。彼女たちは別にいい、って言うんだけど、そのまま放っておく、っていうわけにも行かないだろ」
シーナは首をかしげた。
「お返し?」
「ま、つまりはそういうこと。最低限の甲斐性だしさ…。それに、僕、仕事が忙しいから…って、リーダーをいいわけにするの嫌だから」
なるほどまじめなレイらしい。
「それに、そんな資金がどこから出るっていうんだよ。軍の資金から出すわけにいかないから、どうしたってポケットマネーだろ? こういう話をするのもなんなんだけどね」
シーナはそれを聞いて軽く唸った。
一体どこまで優しいんだろう。
もしシーナが女性だったら、つきあってみたいタイプナンバー1かもしれない。
それだけ優しくされたら彼女冥利に尽きるというものだろう。
そう思って、シーナはぶんぶんと頭を振った。
いや、ダメだ、レイに彼女なんて。
「まあそれはどうにかするとして…ねえレイ、誰からもらったか覚えてる?」
シーナが思考をあさっての方向にとばしていると、ルックが仕方なさそうにそう聞いた。
ちらり、とレイはそっちに目をやる。
「…問題点その2。あんまりに急で、そこまで気が回らなかった。…みんなちゃんと名前書いてくれてるかなあ」
「え? オレ、ちゃんとくれた子の顔と名前、覚えてるよ?」
「「一緒にすんな、このナンパ師!!」」