〜クリスマスローズの咲く頃に〜

December 25th, 2005

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 常緑樹の緑も、どことなく褪せた感じがする。
 森にぶつかり道に沿って吹く風に背中を押され、かじかむ手を腕組みするように体にぴったりとはさむ。
 このあたり、気候自体は穏やかなのだが、季節がはっきりしている。
 そのために移り変わる景色はとても美しいのだが、寒暖の差は結構大きい。
 夏の暑さが和らいできたと思うとあっという間に重ね着が必要な気温にまで下がってしまう。
 大体が、気温なんてものは相対的だ。
 同じ気温でも、冬から春へ向かう時期には暖かく感じ、逆に夏から秋へ冬へと向かう時期には寒く感じる。
 昨日と比べて寒いか暑いかだから、「今日は何度です」なんてあんまり意味がないのではないかと思う。
 北に行けばもっと気温は低いのもわかっているが、それを感じるのは自分自身なので、ここではない場所のことは今はどうでもいい。
 とにかく今は、寒い。
「……寒い」
 ぼそりと呟くと、前を歩いていたフリックが呆れたように振り返った。
「そりゃそうだろうな。どう見たっておまえ薄着すぎだ」
「えー、だってトータルコーディネイト的にさー」
「それで寒がってちゃ世話ないと思うぞ。第一そんなもん誰が見るんだ」
「ちっちっちっ。甘いね兄さん。出会いはどこに転がってるかわかんないんだぜ〜?」
「戦闘中の出会いなんて魔物くらいだと思うけどな……」
 適切なツッコミに一瞬考え込む。
 そういえばそうか。
 しかしそれには、ほら途中で町に寄ったりするだろ、と返しておく。
 出会いは突然。
 ロマンスは降って来るものだ。
 それは街角でかもしれないし、もしかしたらこんな辺鄙な場所でかもしれない。
 だからいつでも気は抜けない。
 たとえばこんな場所で魔物に襲われているところを助けられたら、女の子には助けた者がヒーローに見えるに違いない。
 普通の人でもそうだろうから、上レベルの自分が助けたりなんかしたら、彼女の恋はそこから始まるんだろうな。
 勝手に想像を膨らませてにやけるシーナに、フリックはかける言葉がみつからず頭を抱え込んだ。
 すると、さらにその前を歩いていたレイが振り向く。
「え? 寒いの? …僕のマント、貸そうか?」
「えっ」
 とたんに我に返り、シーナはまじまじとレイの顔を見る。
 レイが、自分のマントを?
 それは自分を心配してのことだろうか。
 だとしたらこれほど嬉しいことはない。
 けれどそれはレイが寒くなってしまうということで。
 それは困る。
「あ……でもそれはレイが」
「気にすんな、レイ。こいつはいつか出会うカノジョのためにスタイルをキープしたいんだと」
「ふぅん?」
 あっ、余計なこと言うなっ。
 思わずそれを口にしそうになって、慌てて口をつぐむ。
 ここで変に取り繕えば、フリックは妙に思うだろう。
 シーナが女の子好きというのは誰もが知っていて、そして誰も疑っていないのだから。
 もちろん、間違ってもいないが。
「そうだね…。シーナって女の子好きだもんね。まあ我慢できなくなったら言ってくれればいつでも貸すよ?」
「あー…サンキュ。でも、大丈夫だぜ、オレって丈夫だから」
「そんなこと言って、あとで倒れても知らないからね」
 レイが笑う。
 それに笑顔を返して、なんとなく複雑な気分になった。


 レイスフィア城に戻る。
 ここは、大地の上よりさらに、風が通る分だけ寒い。
 それでも湖の上と比べればマシかと思っていたのに、船着き場に降りても、大して変わったように思えなかった。
「それじゃ、お疲れ」
「あとはまた明日だな」
「うん。よろしく」
 さすがに寒い中1日戦っていた面々は疲れもたまっているのだろう、入口で別れるとすぐさま各々が行きたい方向へ散っていく。
 レイのそばには、シーナだけが残る。
 疲れていないわけでもないし、休みたい気持ちは今すぐにでも足を自室に向かわせてしまいそうだ。
 でも……。
 少しでも、長く……。
「あー…お疲れさん。今日も大変だったな」
「そうだね。ますます気が抜けないよ」
 言って、笑う。
 リーダーの顔。
 ちらりと背後に目をやると、船の荷下ろしをする人々。
「えっと、アレだろ? 今日は別に軍師殿に報告することってないんだよなぁ」
「うん、特には何も」
「そっか。じゃ、食堂で茶でも」
 言いかけたところに、階上から声がかぶさってくる。
「あ、レイ様! おかえりなさい。先程北からの難民を受け入れて欲しいというご使者の方が見えて、お待ちなんですよ」
 ……なんて、バッド・タイミング。
 シーナはがくりと肩を落とした。
「ああ、わかった。すぐに行くよ。……ごめんね、シーナ。また、あとで…」
「気にしなくて、いーよ………お疲れ」
 自分だって疲れているはずなのに、急ぎ足で去っていく背中。
 少しずつ小さくなっていくな、と思っているうちに、曲がり角で……見えなくなる。
 大きく吐こうとした息を、ぎりぎりで呑み込んだ。





 もともと、帰ったらどうしようかなんて考えていなかった。
 そこに来て誘いが空振りに終わったものだから、ぽかんと時間が空いてしまった。
 ナンパに精を出そうにも、山道を登ったり降りたりそこに加えて戦闘まで繰り返していたわけだから、さすがにその体力はありそうにない。
 いや、きっと残ってはいるのだろうが、伸ばした腕がすかっと空を切った形で止まってしまったせいで精神的な疲労が大きいようだ。
 一体何度目の空振りだ?
 最初から数えてなんかいないけれど、それが正解だ。
 きっと数えていたら桁が足りなくなっていたかもしれない。
 だらだら足を引きずって、とりあえず目の前の昇降機に乗り込んだ。
 階段なんて今は登りたくない。
 そしてドアが開くと、まただらだらと人の多いホールを突っ切る。
 部屋に戻る気分でもないから、そのホールからわずかに外れた小さな部屋を覗き込んでみる。
 そこには、見上げるほどの大きな石板。
 その前にはそれを眺める小さな影。
 ここにいる保証があるわけではなかったから、姿を見てほっとする。
 現金なもので、今までは鉛のように重く感じていた足が、木材の重さにまで復活した。
 わずかに速度の上がった足で壁際まで歩き、そのまますとんと座り込む。
 はぁ……溜め込んでいた息が思わずこぼれ落ちた。
 それまでは石板から視線を外さなかったルックが、ようやくそこでシーナを見た。
「……おかえり」
「ただいまぁ〜。あぁもお疲れた〜。すっげぇよ、途中歩いてるってよりよじ登ってる感じでさ!」
 腕を大きく振って、ことさら明るく報告する。
 こんなことがあって、あんなことがあって。
 けれどそれはルックの溜め息に遮られる。
「………ヘタだね」
「…はい?」
「作り笑いだったらもっと上手にしたら? 本当にあんたってわかりやすい奴だよ」
 ぐっと詰まった。
 別に、何かを隠そうとして喋っていたわけじゃない。
 ルックに会えて気持ちが少し持ち直したから、それを素直に喋っただけで。
 でもバレてしまう。
 いつもそうだ。
 なぜかルックには読まれている。
「そんな感じ…するかなぁ」
「淋しいって顔に書いてある。一体何があったんだよ?」
 聞かれて、笑う。
 今度は、少し乾いた笑いになった。
 はたして言い出していいものかどうか。



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