クリスマスローズの咲く頃に
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 そうやってしばらく黙り込んでしまうシーナ。
 それは随分珍しいことだ。
 普段だったらやかましいくらいに喋り続けているくせに。
 けれどルックは、そんなシーナに文句を言うでもなく、ただ黙ってシーナが口を開くのを待っていた。
 それも、また珍しい。
 まだ暖まりきらない手をこすり合わせ、ようやくシーナが声を発した。
「あの……さぁ…」
「うん」
「レイにとって、オレって特別かなぁ……」
 散々迷ったあげく、なんとか要点を絞りこむ。
 ルックはわずかに肩を揺らしたが、大して驚きはしなかったようだ。
 どころか、腕を組んで溜め息をついた。
「まあ、あんたが悩んでるなんてそんなとこだろうね。言われなくても想像ついたけど」
「えええ?」
 じゃあ今まで考え込んでしまった立場は?
 困ったようにシーナが顔を上げる。
 するとルックは呆れた目を向けた。
「あんたってさ。わかってたけど、…………あんたって馬鹿だよね」
 え。
 返答を色々予想していたのだが、それはその範疇外。
 いやルックらしいといえばルックらしい。
 しかもそれは言われ慣れていたからそう来てもおかしくなかったのだけれど、今のシーナにはなんとなく意外だった。
「そんなにオレ……?」
「大馬鹿だよ。そうでなければ大間抜け」
「うわぁ」
「まず……今更そんなことで悩んでるあたりで馬鹿だ。もうひとつ、それを僕に相談するんだから本当にあんたって奴は鋭いんだか鈍いんだか」
 ?
 シーナは首を傾げる。
 そこまで言われることだったろうか?
 本気で戸惑っているらしいシーナに、ルックは小さく首を振った。
 仕方なさそうな足取りで壁際まで歩いてくると、隣に座り込む。
 驚いた顔にはあえてつっこまず、「それで?」と聞いた。
「それで、一体何があったってわけ? 一応聞いておくよ」
「あ…うん」
 かいつまんで、先程のやりとりを話す。
 いつものように軽く女の子の話をしていたこと。
 それをまったく意に介していない様子のレイ。
 それはすなわち、自分が誰と一緒にいても別に関係ないってこと?
 そこまで話すと、深くルックが息をつく。
「つまり。あんたはそこでレイにヤキモチ焼いて欲しかったってことか」
「えっ!? いや、そういうわけじゃないんだけどさ……」
 だったらどういうわけなんだ、とルックは心の底で思う。
 相手に自分のことを見ていて欲しい、と思うのは常のこと。
 それがもともとの素だとはいえ、あえて目の前で気を引くことを言うなんて、子供の構われたがりだ。
 妙に悟ったことを言うこともあれば、時々こんな子供のような戸惑いを口にする。
 一体どちらが本当の顔なのだろう。
 しかもそれを、こともあろうに自分に言ってくるのだから、なんて抜けた奴。
 レイとシーナはそんなところが少し似ている。
 自分の気持ちの半分には気付いているくせに、残りの半分にはあることすら気付かない。
(まあたぶん僕にも欠けてるところはあるんだろうな。だから、………僕たちは3人なんだ)
 ルックはひとり頷き、とっとと立ち上がる。
「……ルック?」
「あんた、どうせ暇なんだろ?」
「レイに振られたんでなんもないよ」
「そう。じゃ、僕に任せる気があるんならそのまま予定あけときな」
「え……? う、うん」
 まったく。
 世話が焼けると言ったら。





 一体ルックは何を?
 とっとと石板のある部屋を出て行った背中を見送ったまましばらくシーナはそこで首を傾げていた。
 が、随分待ったのだが、ルックは帰ってこない。
 どこに行ったのだろうか、ずっと待っているだけでは芸もないし、とりあえず探しに出ることにした。
 相変わらず城の中は寒々しい。
 気温の下がりやすい構造もあるのだろうが、技巧を凝らして作られたわけではない簡素な感じの壁や床が余計にそう思わせるのかもしれない。
 よくレイがそれを気にしてたよな、と思うとズキッと来る。
 その感覚にシーナはまた戸惑った。
 なぜ?
 別に、今心苦しいことを考えた訳じゃないのに。
 ただ、レイのことを考えただけなのに。
 それだけなのにどうしてこんな頭の中がぐちゃぐちゃになるんだろう。
 よく、わからない。
 気を紛らわせようと視線を巡らせると、廊下の端の方でロッテとテンガアールとメグが何やら楽しそうにおしゃべりをしているのが見えた。
 ふらりと足が勝手にそっちへ向かう。
 習性だからしょうがない。
「はーい、お嬢さん方v 何してんの?」
 あっという間にぱっとのんきな笑顔に変わる…それもほとんど習性だ。
 普段だったら振り向いたとたん嫌そうな顔をされるところだが、どうしたことか今日の彼女たちは明るい顔で振り返った。
「ああ、シーナさん。実はね、今日、クリスマスパーティやろうって計画してるの」
「へえ…パーティ?」
「そうだよ。みんなにたくさん出て欲しいねって今話してたんだ」
「こういうことってみんなで楽しんだ方がいいもんね」
「だからたまにはシーナさんも誘ってあげようかと思うの。どう?」
「たまには、なんてつれないね」
 笑って。
 頷きそうになるけれど、
 ─── 僕に任せる気があるなら……
 すぐにルックの言葉が浮かんで、首を振る。
「ごめん。今日は先約があるんだ」
「えー? 珍しい、今日はフラれなかったんだ?」
「ちょちょちょ、それってどういう意味?」
「だってOKもらったんでしょ? 滅多にないのにね」
 実は……もうとっくにフラれているし、OKももらっていない。
 しっかり当てられてしまっているのだけれど。
 でもルックとの約束がある。
 シーナは曖昧に笑った。
「そういうわけで、今日はごめん。また誘ってね」
 片手をあげて、彼女たちに背を向ける。
 そのまま階段に向けて足早に去っていってしまったから、その後の彼女たちのセリフは聞こえていなかっただろう。
「…そっかぁ。レイさんも誘おうと思ってたんだけど……無理みたいだね」
「てことはルックくんもダメね」
「クリスマスだもん、しょうがないんじゃない? 恋人同士の夜だし」
「ボクはちゃんとヒックスも呼んでるよ」
「いいなぁ……」


 なんとなく。
 なんとなくなのだけれど、最上階には足を踏み入れる気にならなかった。
 ふたりとも見かけなかったから、ルックもきっとそこにいるのだろう。
 食堂で話を聞くと、どうやら先程レイを訪ねてきた使者はまだ帰っていないらしく、もしかして食事を出して差し上げることになるかもしれない、とバタバタしていた。
 とすれば、そこにレイは必ずいることになる。
 つまり今日はもう会えない。
 ああやっぱり。
 女の子たちに誘われたパーティも断ってしまったし、本当にすることがない。
 すっかり気落ちして、夕食を取るのも面倒になったシーナは、とっとと部屋に戻るとベッドに寝ころんだ。
 世間は楽しいクリスマスだというのに。
 部屋の明かりをつけないままだったせいで、なんだか余計に物悲しい。
 まったく自分らしくない心のありように、頭を抱えてしまう。
 こんなときに限って、いつもはうるさいくらい小言を食らわす父親も何も言ってこない。
 本当に静かなものだ。
 誰か、ドアを叩いてくれないか。
 さっきのパーティの再度の誘いでもいい。
 この静かな部屋のドアを叩いてくれたら。



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