クリスマスローズの咲く頃に
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 コン、コン。
 絶妙なタイミング。
 うとうとしていたシーナはばちんと目を覚まし、ものすごい勢いでドアに駆け寄った。
 こんなとき、どうせドアの向こうは親だったりとか、きっとそんなものだ。
 大体ドアを開けてがっかりすることになるのだ。
 でも、どこかでそんなはずはない、と思っている。
 自分は運がいいから。
 きっと。


 がちゃんっ。
 飛びついた勢いそのままで開けたドアの向こうで、ルックが怪訝な顔をして立っていた。
「………なに。その慌てようは」
「いや……きっと…ルックだと思ったから」
 目の前にあったのが大好きなひとの瞳だったから、本当に気が抜けたようにシーナは呟く。
 対して、ルックは「そう」と軽く頷いただけだった。
 全部わかられているようだ、と思う。
「それで、予定は入れてないんだろ」
「誘われたけど」
「断ったわけだね。なら寒くないように仕度して」
「あ……うん、ちょっと待ってて!」


 コートを持って慌ててルックの消えた階下へ走る。
 指定されたのは船着き場、出入り口から駆け出るとそこには防寒具を身につけたレイとルックが話をしている。
 シーナが出て来たことに気付くとレイがふわりと笑った。
 今まで考え込んでいたことを吹き飛ばしてしまうくらいに明るい顔。
 だから、言葉に迷ってしまう。
「……お待たせ」
 とりあえずそれだけを言うと、
「ホント、待ったぞ。寒かったんだから」
 と肩をすくめる。
 隣にいたルックも手袋をした手を頬に当てる。
「寒いから、とっとと行こうか」
 どこに、と問う暇もない。
 ルックがすっと杖を掲げた。
 ふうっと暖かい風と光があたりに満ち溢れ、翼に抱き込まれたような不思議な浮遊感が足の裏から感覚を奪う。
 次に感覚を覚えるときには、光が消えていくのが見えて、足が地面を捉えている。
 ここは一体?
 どこかで見たことがあるような。
 トラン湖が向こうに見えて…少し高台で。
「テイエン……だね」
 シーナの疑問に答えるように、レイが呟いた。
 ああ、そこだ。
 何度か足を運んだことがある。
 夜なのにすぐそれがわかるレイはさすがだ。
 それにしても、どうしてこんなところに。
 レイもそれが不思議だったらしく、きょとんとシーナを見てくる。
 自分もわからない、と首を振り、ふたりで一斉にルックを見た。
 ルックは柔らかく口元をゆるめる。
「いいから。そっち、街の方。見てごらんよ」
「え、こっち? …わっ」
「わあ……」
 短く感嘆の声を上げて、ふたりはそのまま言葉を失う。
 街は……たくさんのあかりで彩られていた。
 暖かい、オレンジを帯びたたくさんのあかり。
 三角錐のガラスの中でちらちらと揺らめき、街全体をほのかな光で染め上げる。
 支柱には赤いリボンが丁寧に結ばれ、金のモールがそれぞれを繋いでいた。
 そうしてそれが港の向こうの湖に移り、ゆらゆらと揺れる。
 陸と湖上、ふたつの光る街。
 それはとても幻想的な景色。
「……うちの錬金術師がからくり師と喋ってるのを聞いたんだよ。町の人に頼まれて明かりのオブジェを作るんだ、って。せっかくだから……」
 ルックの静かな声。
 穏やかで暖かい景色に、それはとても心地いい。
 けれど、次の言葉にシーナはぴくんと反応する。
「レイだって仕事ばっかじゃ息詰まるだろ。疲れる相手とばっかいることないよ。大体がレイは人に気を遣いすぎだから……少しは息抜きしてもらわなきゃね」


 それは……。
 レイに言っているようで、しっかりシーナに向かって言った言葉。
 だからその言葉を反芻する。
 人に気を遣う…疲れる相手。
 そこから離れている………今。
 そこにいる、自分。
 レイは、なんでもない風に笑ってルックを見る。
「ごめんね。そういうルックこそ、僕たちに十分気を遣ってくれてるじゃないか」
「僕のためでもあるんだし、別に構わないよ」
「はは…。ありがとう」
 自分が……ここにいること。
 その意味。
 ここにいる……いてもいい…ということ。
「ルック!」
 そういうことなの?
 ルックが言いたかったことは?
 聞こうとしたけれど、上目遣いに睨まれて思わず口をつぐんだ。
「わかった? レイが…僕が、誰とならこの景色を見たかったかを」
「あ……なんとなく」
「なんとなく? ……ったく。あんたはやっぱ、鈍いよ」
 はぁ、と深い息。
 そのままルックはレイの隣に歩いていくから、やっぱりかける言葉を失ってしまう。
「レイ、夕食は?」
「さっきまで話し合い続いたからね、まだだよ」
「だろうね。どうせだからここで食べていこうか?」
「だね、そうしよう。シーナも食べてないんだろ?」
「えっ…あ、うん、まだ」
「じゃあ決まりだね」
 レイが笑う。
 無邪気で…警戒心の全くない笑顔。
 そう、無防備な。





 やはりまだどこか呆然としながら、シーナはふたりのあとに続いて街に降りる道を辿る。
 と、レイがちらりと振り向く。
「……コート、着てきたのはいいけど。やっぱ薄着だね」
「そうかな。でもこのデザイン結構気に入ってるんだぜ」
「だぁかぁらぁ。デザインもそうだろうけど、あったかさも考慮しなよね。それとも、何? この期に及んでまだ誰か可愛〜い女の子との出会いを期待してるわけ?」
「どうせそうなんじゃないの?」
「え…ちょっと待った、そんなの全然っ!!」
「さっきそう言ってたじゃんか。フリックたちがいなかったら殴り飛ばしてたところだよ」
 …………。
 フリックたちが。
 いなかったら。
 ……いたから、さっきは……?
 シーナはぴたりと足を止めた。
「? どうしたんだよ? 置いてくよ」
 不思議そうにレイが振り返る。
 ルックも立ち止まり、溜め息を落とした。
 シーナは何度か大きく瞬きをする。
 そうして、あのさ、と呟く。
「オレ……さぁ。やっぱ、ふたりのこと好きだわ」
「「は??」」
「うん。レイのこと、ルックのこと、すごく、すごく、大好きだ。やっぱそうだ」
 何を言い出すんだという顔でふたりは顔を見合わせる。
 やっぱり……そうだ、好きなんだ。
 そうして、ふたりは少なくとも自分を『特別』に思ってくれている、と。
 そういうことなんだ。
 考え込むよりも前に、そのことがちゃんと目の前にある。
 それでいい。
 独り合点で頷くシーナに、レイは呆れたように笑い、ルックは肩をすくめた。
「また今更なこと言うね。何度も聞いたよ」
「ったく。ひとりでにやにやするなって気色悪い」
 シーナは、笑う。
 いつも通りの自分の笑顔。
 自分がふたりを好きだということ、それだけでこんなに暖かくなれる。
 何を悩んでいたのだろう。
 答えは、3人の関係……その中にすべてあるのだから。


「ね、寒いからさー。手、繋いでこ?」
「は? 手袋してるし」
「だってオレはしてないもん〜。ふたりの手袋であっためて」
「それこそコーディネートがどうのとか、誰もあんたのことなんか気にしちゃいないのに変なところにこだわるからだろ」
「んー、その分ふたりがつけてきてるでしょ? 最初っから計算してきてるからねv」
「おまえって調子いいな……。忘れてきただけなんじゃないの?」
「………えーと」
「あはははっ、図星なわけ?」
「どうしようもないね、あんた……」
 すっと。
 レイが右手を。
 ルックが左手を。
 手袋を取って、差し出した。
 目を見開いて……すぐにまた笑顔に戻り、シーナは両手でその手を取る。
 ほら、あったかい。
 こんなに……あったかい。
 繋いだ手も、そうだけれど……
 なによりも……
 ほら、こんなに。





End...




<After Words>
えーと。
どこからつっこみましょうか……(笑)。
とりあえず、一応ではあるものの、クリスマスに間に合いました…。
わりと早めに書き始めたのに3分の2はイブ(ていうかほとんど当日)
に書いていたってあたりが本当に自分らしいというか。

はい、なんとなくクリスマスは植物なタイトル、みたいになってますが。
今回はクリスマス・ローズ。
花言葉は「わたしの心配を和らげて」。
いつもは自信家のシーナですけど、でもつい弱気になっちゃうことが。
本当に好きなヒトの前では、どうしたってある不安だろうな、と。
でも、レイのことでルックに相談してどうするんだよ…(笑)。
そりゃレイとルックは親友で、3人っていう関係は穏やかなものでは
あるけれども、シーナがふたりを「好き」である以上、レイとルックの
間はちょっと複雑なんですからねぇ……。
それでも取り持っちゃうのがルックのお人好しなとこというか…なんと
申しましょうかねぇ、ええ……。

あ、それ以上に壁紙につっこみたい?
でしょうとも。
わけがわかりませんもんね。
コレ、前に作ったCGなんですけど…ランプがメインですけども、一応
コンセプトは「クリスマス」なんですよ実は。
明かりの下に置いてあるアレ、ツリーに飾るオーナメントなんです。
左が赤いアルミの玉で、右のが地球の模様の。
いつか使えるかなぁと取っておいたのを今回使ってみたのでした。
あんまり話とあってないような気もしますが……まぁ気にしないことに
しようじゃありませんか。

寒いのに、手袋取ったら余計寒いんですけどね。
それでも、わざわざ取ってでも、直に手を繋ぎたかったんですって。
なんか…わたしが言うのもなんですが……悩むだけ無駄じゃない?



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