みにまむ
=ちっちゃいルック編=
− 2 −

 さて、とレイが座り直す。
「なんか大騒ぎになっちゃったけど、仕切り直すよ。…で? 抱きついた、それで?」
「いや…抱きつこうとしたら、もうちっちゃかったんだよ」
「へ? 目の前で?」
「というか、一瞬目を離した隙に」
 シーナの時と同じか。
 一瞬前には話をしていたのに、振り向いたらもう小さくなっていた、あの時と。
 レイは一つ息をついて、
「それで? ルックは何か心当たりある?」
 なんだかいつもと同じ接し方っていうのもな、と思いながら聞くと、ルックは顔色一つ変えずに、
「ぼくにわかるわけないだろ」
 あきれたように一言。
 やっぱりルックだな…とつい思ってしまうふたりだ。
 が、レイはふと不安になった。
(もしかして……)
 いったん思いついてしまうと、浸食するように不安が広がるから不思議だ。
「…ええっと。それって、その前後のことを覚えてないってこと? ……それとも、僕たちのことも覚えてないってこと…かな?」
 つぶやくように聞くと、ルックは動きを止めた。
 そしてそっと人差し指を唇に当てる。
「きみたちのこと…? しらないよ。……そうだね、そういえば…記憶があやふやで、ほとんど覚えてないね」
「…あっちゃ〜〜〜〜……」
 やっぱりか、とレイは肩を落とす。
 これは面倒なことになった。
 まだレイたちのことを覚えているならごまかしようもあるかな、と思っていたのだが。
 その話題に遅れかけたシーナが、突然話に割り込んでくる。
「え、なになに? どういうこと?」
「だからぁ〜〜…」
 溜め息をつきながら、レイ。
「僕たちを覚えてるんなら、ルックとも話が合うと思ったんだけど…」
「あいにくだね」
 だろうな、こういう返事になるだろう…。
「シーナ。シーナが小さくなった時ってどうだった?」
「あ…。そういえば、あの時の記憶って結構あやふやなんだけどさ。レイのこともルックのことも…わかんなかったかも。うわ、嘘みたいな話!!」
「いや…もう小さくなる、って時点で嘘みたいな話なんだよ……」


「…それで? ぼくときみたちっていったいどういうかんけいなわけ」
 ルックが目を上げてそう聞いてきた。
 小さいくせに、ずいぶん冷静なものである。
 これがルックのルックたる所以かもしれないが。
「え? オレたちはね、恋び…」
 言いかけたシーナをレイが慌てて止める。
「とっ、友達だよ! 友達!!!」
 ちぇっと舌打ちするシーナを一発殴って。
「ふうん…ともだちね」
「まぁ、覚えてないなら仕方ないけどさ。僕たちは解放軍っていって、帝国と戦ってるワケなんだけどー…その中でもね、ほら、年もそんな違わないから、仲いいんだよ」
 心の中では「べっつにシーナとは友達じゃないしね、勝手に僕たちに言い寄ってきてる変態だからぞんざいに扱っちゃっていいよ」と思っていたが、そんなことを言えばまたうるさいやつがいるから言うのをやめた。
「…で。ぼくが、ほんとうはきみたちと同じくらいの年だっていうんだ」
「そういうことなんだけど…信じてもらえる…?」
 目の前にこんな現実を突きつけられているレイの方こそ「信じられないって!!」と大騒ぎしたいのだが。
 どうせ騒いだところで現実が変わるわけではないし。
「わかったよ。そういうことなんだね」
「…あのさ。こういうことを聞くのもなんだけど、よく冷静でいられるよね…」
「そういうこともあるんじゃないの。よのなかってふじょうりなことがおおいからさ」
 不条理…レイは軽くめまいを感じる。
 こんな小さな子供が「不条理」だなんて単語を吐くとは。
 もしかしてこいつ、記憶あるんじゃないかと思わず疑ってしまうではないか。
 しかしそれはすぐに思い直す。
 だってルックがそんな冗談をするはずがない。
 冗談とは一番縁遠いのがルックである。
「じゃ、ぼくときみはともだちなんだね?」
「うん」
 つい真剣にレイは頷く。
 ちびルックは納得した風で、けれどちらりと視線を移す。


「…きみがともだちだっていうのはみとめるよ。……でも、こいつともぼくともだちだったわけ?」
 ちびルックが見たのは、紛れもなくシーナ。
 シーナは「オレ?」と目をぱちくりさせる。
「ええと……」
 即答できないレイ。
 不思議そうなシーナに、ちびルックは溜め息。
「こんなあたまのわるそうな、けいそつななりしたかるいおとこと?」
 びしりと。
 さすがのシーナもぴたりと止まる。
 なんの感情もないんじゃないか、それどころか悪意がある口調。
 レイは「ご名答!!」と心中で思うだけにとどめた。
 にしても…ここまで物言いのキツいルックのセリフは初めて聞くが…。
「だいいちさ、ひとをかってにらちしといてともだち? おめでたいもんだね」
「あっ…あの、ルック…さすがにそれじゃシーナが…」
「どうせそんなもんじゃないの。ちがうんだったらはんろんしてみたら? ぼくにかてるんならさ」
 はん、と鼻で笑わんばかりの見下し視線。
(うわ〜…)
 完全に逃げ腰になるレイ。
 シーナは目を見開いたままの表情で、
「あのさ…レイ」
 ぼそりとつぶやく。
「オレともあろうものが……かる〜〜〜くむかっと来ちゃったんだけど……」
 レイはぽん、とシーナの肩を叩く。
「…もう少しの我慢だよ。………たぶん」
 がくり、とふたりは肩を落とした。





「……僕? ここでなにしてるの?」
「えっ…あ、何言ってんの、ルックが自分から来たんだって!」
「…そうだっけ?」
「そうそう!! やだなぁルック、寝ぼけてんの!?」
「……ふぅん。まあいいけどね。僕、忙しいんだ。じゃあ、ね」


 どうせそうなるんじゃないかと思っていたら、やはりそうだったらしい。
 ちびルックは、レイとシーナが一瞬目を離した隙に元のルックに戻っていた。
 いったいどんな仕組みなのだろう。
「…な、レイ。どうしてルックに事情説明しなかったんだよ」
「だって。今まで小さくなってましたー、だなんて言ったらまた機嫌悪くさせちゃうかな、と思って。シーナだってごまかしてたじゃんか」
「たぶんオレみたいにしばらくしたら何となく思い出すんだろうけどさ……つい…。蹴り飛ばされることを先延ばしにしただけなような気もするけど…」
 あはははは……。
 ふたりは乾いた笑いを浮かべる。
 シーナはがたんと椅子をひいて勢いよく座り込みながら、
「でもさー」
 と溜め息混じりの声を上げた。
「なんだよ?」
 苦笑いのレイが向かいに座る。
 そのレイをじっと見ると、シーナは机にひじをつく。
「オレ、今回めちゃくちゃよくわかったことがあるんだけど」
「なに?」
「……今のルックってめちゃくちゃ優しい上に可愛い」
「はい?」
「だって、あのちっこいルック見たろ? 人を人とも思ってないあの傲岸っぷり!! けど今のルックって、そりゃあ蹴り飛ばされるし攻撃仕掛けられるし強制転移だって何度食らったかわかんないけど、結局一緒にいてくれるし反論してくれるし! ものすっごい優しいって!!!」
「……んー……同感、かも」
 アレが地なんだとすると、つまり今のルックはふたりを見て態度を変えてくれてる、ということで…。
「もしかしてオレ、脈ありかなぁ」
「さあね。直接ルックに聞いてみれば?」
「うええ! どうせ吹っ飛ばされるに決まってんじゃん! …なぁ、レイ、一緒に聞きに行かない?」
「…やだ。なんで僕が?」
「だからなんで怒るの…」
「知るか」
 突き放したように言うと、シーナはきゅう、とでも言わんばかりに情けない顔をする。
 それが何となくむかつくレイであった。
 と。
 またシーナがとんでもないことを思いついてしまう。
「そうだ。…オレときてルックときたから……。もしかすると、次はレイの番じゃん?」
「……はあああ!?」
「だってそういう計算にならない?」
 計算になるかどうかは知らないが。
 しかし、その可能性は十分にあり得る…ような気がする。
 血の気が音を立てて一気にひいた。
「ま、そうなったらオレが一緒に遊んであげるからな♪」
「や……やだああぁぁぁっっっっ!!!!!!!」


 いやな予感というものは、得てして当たってしまうものであるからして。
 レイの明日は果たしてどっちだろう。





Continued...?




<After Words>
すいません、やってしまいました第2弾。
今度はルックを小さくしてみました。
絶対今の性格のまんま小さくしたらかなりむかつくだろうよ、と。
だから、今のルックって、アレで十分ふたりに優しいんだろうなぁ……。
…っていうのが好きなんです。
だめですか? やっぱりだめですか? そうですか…。



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