みにまむ
=ちっちゃいぼっちゃん編=
− 2 −

 しばらくはぺたりと座り込んで、悩みこんでしまう2人だ。
 これはどう誤魔化したらいいものか?
 シーナやルックだったら「出かけた」ですむかもしれないが…。
 こんな小さな軍主、誰がそうと信じるというのだろう。
「…あれ? ねぇ、ぼく、なんでこんなとこにいるの? ここ、どこ?」
 まったくわからない、というように2人を見るレイ(プチ)。
 わからないのは聞かれたほうも一緒だ。
「ええっと。ここは、レイスフィア城」
「ふうん? おうちじゃないんだ?」
「うーん…一応おうちみたいなもんだと思うんだけどなぁ」
「そっか」
 それで納得したのだろうか。
 プチレイはきょろきょろとあたりを見回したかと思うと、
「ねえ」
 とシーナの服のすそを引っ張った。
「ん? 何…?」
「ねえ、ぐれみおしらない? きょう、しちゅーつくってくれるっていったのに」
「えっ? あ、うん、お台所でシチュー作ってるから、ちょっと待っててね」
「そっかあ」
 冷や汗をかきながらシーナがプチレイの相手をしている。
 その会話を聞きながら、ルックが一言。
「…そうだよね。あの過保護男に引き渡せばいいんじゃないの?」
「あー」
 たしかに、レイの世話といえばグレミオだろう。
 グレミオならば、多少小さくても(多少?)違和感を持たずに世話をするに違いない。
 いや、かえって嬉しそうに世話を焼いたりして…?
 ルックは「小さい頃のぼっちゃんなんて久しぶりですねぇ。ぼっちゃん、グレミオと遊びに行きましょうねぇ」などと言いながらどこかへ去っていくグレミオの姿が見えたような気がして頭を抱えた。
 あのグレミオならばやりかねない。
 するとそこへ、先ほどの雷に心配になったのだろうか、向こうの方から足音がする。
「ぼっちゃ〜ん。ぼっちゃん、どこですか〜?」
 噂をすれば…第2弾。
 とっさにルックは立ち上がると、レイの手をつかんだ。
「シーナ! あと頼んだ!」
「え? え? オレ、どうすればいいんだよ?」
「過保護男にうまい言い訳でもしておきなよ!」
 と叫ぶや否や、シーナを置き去りに走り去ってしまったではないか。
 ルックとプチレイが走っていくその背中を、呆然とシーナは見送った。





 ばたん、と派手な音をさせて自分の部屋に戻り、ルックは大きく息をついた。
「あはははは。おいかけっこ? おいかけっこ?」
 笑いながら無邪気に話し掛けてくるプチレイに、
「…そう。楽しいだろ?」
 などと語りかけてしまう。
 プチレイもまったく疑問に思っていないらしい。
「うん!!」
 そう言ってまた笑った。
「けど、ぐれみお、おいてきちゃったね」
「いいんだよ。見つからないように、かくれんぼだから」
「かくれんぼだね! ぼくとくいだよ!」
 自分のセリフを頭の中で繰り返し、ルックはめまいを感じた。
 まるきり子供と遊んでやっている口調。
 一体自分はどうしてしまったのやら。
 どうしてしまったついでに、もうひとつ。
 自分からグレミオに預ければ、と言いながらレイを連れてきてしまったのも自分自身不思議だ。
 今日の自分はちょっと疲れているらしい。
 そうに違いない。
「んー…ねぇ、おにいちゃんのおなまえは?」
 プチレイが下からルックを見上げてそう問うてきた。
 さすがにシーナのような不届きな間違いはしないようだ。
 そんなことになんとなく安堵しながら、
「ルック」
 と短く答える。
 けれどすぐに付け加えて、
「それから、さっき一緒にいた金髪がシーナ、だよ」
 一応シーナの紹介もしてやる。
「ルックにシーナ、ね。うん!」
 何がおかしいのか、プチレイはくすくすと笑う。
 そうでなくて、ただ楽しいだけなのだということはルックにもすぐわかったが。


 そこに、こんこん、とドアがなった。
 とたんにばっと走り出そうとしたプチレイを押さえつけ、慎重に声をかける。
「…はい?」
 この『ちっちゃくなっちゃう症候群』はレイとルック、そしてシーナの3人だけの秘密事項だ。
 他の者にばれたらまずい。
 特に小さくなったのがレイなのだから。
「あ…いたいた。オレだよ、オレ」
 ルックは小さく息を吐き、プチレイを離してやった。
 どうやら秘密共有者のようだ。
「…どちらのオレ様?」
 わかっていながら聞いたのは、少しだけ驚かされた分のささやかな仕返しだ。
「えええ!!?? 酷いなあ、ルック。オレだよ〜、いとしのシーナくんv」
「誰がいとしだって? 入ってきなよ」
 がちゃりとシーナが扉を開ける。
 するとプチレイがとととっとシーナの下に走り寄った。
「おかえり〜、シーナ」
「ただいま〜」
 ちっとも動じずに笑いながら返すのだから、すごい。
 呆れたようにシーナを見て、
「で? どう誤魔化したの?」
「えーと…『今被害が広まってないか城内を回ってます。ルックも一緒だから大丈夫だと思うよ?』で」
「一時凌ぎにしかならないけど…まあ合格かな」
 とりあえずは一時凌ぎで十分だ。
 また目を離した隙に元に戻っているに違いないのだから。
 ……たぶん。


 しかしプチレイをルックの部屋にとどめておくのは結構な重労働だった。
 このプチレイ、気がつくとあっちへ行ったりこっちへ行ったり、で目が離せない。
 ドアから外に出ようとしたかと思うと、窓を覗き込んだりしてちっとも落ち着かないのだ。
 好奇心が旺盛、というのだろうが、どこからどう見てもやんちゃな悪ガキだ。
 密かに「レイ君って素敵!」と影で騒いでいる女の子たちが見たらどう思うことか。
「そーいえば、グレミオさんが言ってたっけなぁ」
「なんて?」
「…レイって、小さい頃から元気で腕白で、いたずらが大好きなんだ…って」
「ああ…なるほどね」
 そう言われてみれば、シーナはリーダーになってからのレイしか知らないのだった。
 ルックだって、レイが仕官してから会ったわけで。
 今はおとなしく本を読んでいるが、そのいたずら好きな悪ガキ、がおそらくレイの地なのだろう。
 それでも、字ばかりの本を読んでいるところを見ると、やはり貴族の嫡男らしく勉学にも通じているようだが。
「にしたって、ルック、なんで先に行っちゃったの? あの時グレミオさんに事情を話せば、レイの面倒見てくれたかもしれないじゃん」
 思い出したようにシーナがルックに聞いてくる。
 ルックはわずかに視線をそらせた。
「だって。あの過保護男に任せたが最後、レイが僕たちのところに来ることもないじゃないか」
「…それって、ちっちゃいレイに愛着持っちゃったわけ?」
「! そんなんじゃない…っ。ただ秘密が他の人たちにばれるのがいやだってだけで、べつにっ!!」
「へええ」
 にやにや、とルックの顔を覗き込んでくるシーナに腹が立って、ルックはシーナの足を思い切り踏んづけた。
 痛ぇ、とつぶやくシーナを不思議そうに見るプチレイには、なんでもないよと手を振って。
 しかし、ルックには気になることがある。


「…シーナ」
「ん〜?」
「レイが小さくなって、今どれくらい?」
「ええと。あぁ、もう9時間になるかな〜。結構誤魔化せたもんだな。騒ぎにもなってないし」
 シーナがさらりと言ったセリフに、ルックは考え込む。
 シーナは何? とルックの顔を見る。
「…シーナのときが結局5時間。僕が3時間。……長すぎると思わない?」
「え?」
「いいかい、あの時はふと目をそらした瞬間に元に戻ってた。僕たちはさっきからレイを見てないんだよ?」
 ばっとシーナはレイを見る。
 くるくるとよく動く黒目がちの瞳が、きょとんと見つめ返してくる。
 …小さいまま?
「……ちょっと…遅くない?」
「いや…でもオレとルックが早かっただけかもしれないし」
「それにしても、そろそろ夕食の時間だろ? これ以上どうやって誤魔化しきるつもりさ」
「あー、それはたしかに」
 にこり、とプチレイが笑う。
 それに笑顔を返してから、シーナは腕を組んで考え込んだ。
 これ以上遅くなれば、間違いなくグレミオを筆頭にレイを探し回りだす者がたくさんいる。
 とすれば、騒ぎになるのは必至……。
 上目遣いで何かを考えていたルックは、はぁ、と溜め息をついた。
「仕方ないね…この線で行こう」


 さて。
 小さくなったままのレイ。
 一体どうしたら元に戻ってくれるやら。





Continued...?




<After Words>
お待たせしました〜。って誰か待ってんのかいな。
そんなわけで、トライアングル番外編みにまむ第3弾、ぼっちゃん編です。
え、誰も待ってない? まあね…ふふふ(意味のわからない笑い)。
しかもぼっちゃん編の前編(たぶん)です。続きます。続いちゃいます!
その上たぶん、としたのは次回が後編になるのか第2話になるのかわからないからという。
いいんだろうか…こんなもの書いて(笑)。
で、これ書いてるときめちゃくちゃ体調悪かったんですよね。
なのにいつも以上のスピードで書いてしまったという。
この直前まで、某「ホイッスリーク!」を書いてたからトライアングルに飢えてたのかも。
トライアングルって書きやすいなあ…もしかすると。
ってわけで、待て次回!!!(いつだよ)



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