みにまむ
=ちっちゃいぼっちゃん・激闘編=
− 3 −
(ヤバい)
思いながら、シーナはフォークを口に運ぶ。
いったい何がヤバいのか、シーナ自身にもわかってはいない。
だが、これはヤバい。
もうほとんど空になった食器。
そこに乗っていたハンバーグもマッシュポテトも、舌の肥えたシーナをもってしても美味で。
何がなんだかわからない、だがこれは……ヤバい。
「おいしかったあ! ルック、ごはんつくるのじょうずだね」
「そう」
「うん、グレミオのごはんもおいしいけどね!」
プチレイはほっぺたについたポテトをぬぐいながら笑う。
ルックは素っ気ないが、プチレイに布巾を手渡したり、プチレイの食事を手伝っているよう。
それはとてもではないが、普段のルックとはうまく結びつかない。
「……あのさあ。ちょっと、いい?」
その様子を見ていたシーナはルックをじっと見る。
ルックがちらりとそれを見て、「何?」と聞いた。
「うん…あのさ、もしかして、ルックって意外と家庭的…?」
ぴく。
ルックの動きが一瞬止まる。
そうして、上目遣いでシーナを見た目はどことなく恨みがましい目。
「……今度それ言ったら怒るからね」
「え? なんで? すごいのに」
「うるさい。わかったね?」
「ええと…うん」
シーナは何となく不審げだ。
(…あのねぇ。僕におさんどんのイメージがついちゃったら困るんだよ)
声には出さず、ルックは文句を言う。
「とにかく、僕が食事の支度をしたとか…そういうことは絶対口外するなよ。したら絶交」
「ぜぜぜ、絶交!?」
つん、と顔を背けるルック。
その顔は怒っているというよりも、むしろ……。
シーナとルックのやりとりを黙って聞いていたプチレイは、そっとシーナに顔を寄せた。
「ねえねえ…シーナ」
「ん…?」
「ルック、てれてるよねぇ?」
「うーん…だと思う?」
すると、ルックの鋭い声が飛んだ。
「聞こえてるよっ」
ずっと腰を曲げていたシーナは、ぐっと背伸びをした。
「ルック〜、風呂の準備できたよ〜」
小屋に備え付けの風呂。
それはあまり痛んだ様子もなく十分使用に耐えるとルックが言ったので、掃除から水汲みから湯をわかすまで、最初から最後までの仕事をようやく終えたシーナである。
プチレイも楽しそうに手伝ってくれた。
よく手伝いをしてくれるあたりは、しっかり育てられている証拠だろう。
そのプチレイはキッチンに駆け込みながら、
「できたよ〜」
と笑った。
ルックは洗い物をしていたらしい、皿を丁寧に拭いていた。
「お疲れ。…あーあ、レイ、汚れちゃってるね」
「えへへへ。あのねえ、火をふーってしたよ」
「そう。じゃあそれで汚れちゃったんだね」
しゃがみ込んで、ルックはプチレイの目線の高さで話をしている。
案外面倒見がいいんだな、とシーナはつい感心してしまった。
「ぼく、おふろはいる!」
が、そのシーナ。
プチレイの一言にふと耳を止めた。
「んー…よし、レイ。一緒に入ろうか」
「うんっ!!」
ぎょっとしたのはルック。
「待った! あんたとレイが一緒に? 冗談じゃない、そんなことさせられないよ」
「え〜? なんで」
「ダメ! あんたなんか目が危ないんだよっ」
「ええええ〜?」
思わずシーナのそばからプチレイを奪う。
プチレイはきょとんとする。
「それじゃあ、ルックもシーナもみんなでいっしょにはいる?」
「あ、それいいなv オレは賛成v」
「僕はぜっっっっったいにいやだっ!!」
夜はとっぷりと暮れた。
あたりはすっかり静けさに包まれて、プチレイも眠そうに目をこする。
大騒ぎな1日にすっかり疲れ果てたのか、シーナとルックがベッドで寝かしつけると、しばらくはおしゃべりをしていたプチレイもすぅっと吸い込まれるように眠ってしまった。
「……眠った?」
「みたいだね」
ふうう、とシーナは大きく息をつく。
プチレイは、左に横になったシーナと、右側のルックの服をしっかりその手に握ったままくぅくぅと小さな寝息を立てている。
ルックもひとつ息を吐いた。
「…にしても。戻らないね、レイ」
「あー…だな」
「長いよ、どう考えても」
「そうだよなあ…。このまま戻らなかったらどうする?」
「…ごめんだね」
シーナはプチレイを起こさないように小さく笑って、
「うーん、そしたらオレとルックでレイを育てるってどう?」
「それもごめんだよ」
「……ねぇ、そしたらさ」
「……あんたって、ほんとに人の話聞かないね」
シーナのいたずらっぽい、それでもとても楽しそうな顔。
ルックは眉をひそめてシーナの次の言葉を待つ。
くすくすと声を潜めたシーナの笑い声。
そうして囁くように。
「オレがお父さんで、ルックがお母さんって感じじゃない?」
「…はあ!?」
「しぃっ。…だって、子供とよく遊んであげるお父さんに、ご飯の上手なお母さん。な? 役割ぴったりだって」
「………切り裂いていい?」
「だめ〜。だってレイが起きちゃうよ?」
「…じゃあ朝まで待ってやるよ」
朝まで、を強調して。
朝が来たら切り裂くぞ、という脅迫だが、シーナはお構いなしらしい。
「いいなあ、奥さんがルックでレイが子供v オレって幸せじゃない?」
「だから、どうしてあんたは人の話聞かないかな……」
ルックは溜め息。
シーナは笑って尋ねる。
「ねえ、オレっていい旦那になると思わない?」
何をいけしゃあしゃあと。
眉をひそめて、ルックの一言。
「…浮気するくせに? あと、働け」
翌朝。
ルックは窓から射し込む眩しい光と、その外で騒ぐ鳥の声で目が覚めた。
ちらりと目をやると、やっぱりまだ小さいレイ。
シーナがそのレイを抱え込むようにして幸せそうな寝顔で眠っている。
(まだ戻らないか……)
やれやれ、と肩をすくめてルックは体を起こした。
(しょうがないな…朝食の支度でもするか…)
どうせシーナがそんなことをするはずもない。
今日もルックの仕事だろう。
問題は食材の残りだ。
そんなに戻るのに時間はかからないだろうと考えていたから、そんなに食料を用意していない。
まぁ足りなくなったら、近くの町で調達すればいいだろう。
最悪何日か暮らせるくらいの財力はある。
そうしてルックはキッチンに立ち、食事の支度をし始めた。
と。
「っっっっうわああああああっ!!??」
聞き慣れた声…寝室だ。
やれやれ、とルックは肩を落とす。
寝室を覗き込んだルックは、寝ぼけまなこのシーナと青ざめた元の大きさのレイの姿をベッドの上に見つけた。
すっかり呆れた声で、ルック。
「……おはよう。とりあえず、朝ご飯でも食べる?」
さて。
いったいこのちっちゃい化現象、何が原因だというのだろう。
結局何も解決しないまま、しかも「もう起きない」という保証もないままレイは元に戻ってしまったが。
果たして、これから先、何も起きずにすむのだろうか。
無言で悩み込む3人でありました。
Happy End...?
<After Words> |
とりあえず、ちっちゃいぼっちゃん編完結。 「激闘編」。もちろん「ファイト編」と読んでくださいねv っていってもわからない人も多かろうなあ。ワタルがわかる人じゃないと。 ええと、今回の話。細かく書いたらもっと大変なことになりそうですが。 ちょびっと自分を押さえてみました(汗)。 ああ、何とか戻ったみたいですね。 この先、彼らが巻き込まれないかどうかは…神のみぞ知るでしょうか。 わたしのみぞ知る? あはは。わたしにもわかりません。 |