みにまむ
=ちっちゃいぼっちゃん・激闘編=
− 2 −

 とりあえず居間に当たる部屋の、目につくところは粗方拭いた。
 ルックが引っ張り出してきたぞうきんで、プチレイも手伝って3人がかりだ。
 丁寧にしまわれて埃がつくこともなかったティーセットでなんとかお茶を飲めるまでにはなった。
 それでようやく落ち着いて座る。
 何せ本拠地では「いつ見つかるか」とひやひやしながら、慣れない小さい子供の相手。
 こうして気兼ねなく座って、やっと自分が気を張っていたことに気がつくルックだ。
 井戸水から沸かした湯で入れた紅茶は、いつもより穏やかな香り。
 ふぅふぅと息を吹きかけて紅茶を冷ますプチレイを眺めながら、わずかに沈黙が降りる。
 どうやらシーナもシーナなりに気を遣っていたようだ。
「さてと……」
 息を吐きながら言ったのはルック。
「そろそろ夕飯のことも考えなくちゃいけないな」
「あー、そっか。そうだよなあ」
 完全に失念していたらしいシーナが、ようやく気づいて相槌を打つ。
 が、夕飯?
 失念していたがゆえに準備も何もあったものではないシーナは悩み込んだ。
 と、黙って紅茶に挑んでいたプチレイが、ひょこんと顔を上げた。
「ぼく、おそとであそんできたい」
 そろそろ部屋の中にいるのが飽きてきたのだろう。
 不意にそう言ったプチレイに、ルックは平然と「いいよ」と言った。
 プチレイがそれを言い出すのをわかっていたようなタイミングだ。
 すんなりと許可して、「ただし」と続けた。
「…ただし、一人じゃ危ないから。シーナと一緒に行くんだよ。いいね」
「うん!」
 にっこりと頷くプチレイ。
 驚いたのはシーナだ。
「えっ。でも、ルック。オレはいいけど…でも夕飯とか」
 シーナがそう言うのも計算通りだったらしい。
 ルックは城を出る時にシーナに背負わせた袋を指差した。
「あれに材料は入ってる。食事の支度なら僕がしておくから、シーナは外でレイと遊んできてやってよ」
「ああ、それがいいかな………って、えええっ!?」
 一瞬納得顔で頷いて、シーナはぎょっと目を見開いた。
 思わず耳を疑ってしまう。
「あ、あの、ルック?」
「なんだよ。僕が食事の支度をするんじゃ不満?」
「そんな滅相もない!!! う、嬉しいけど。いいの?」
「あんたに支度させる方が怖いからね。ほら、さっさと行っておいでよ。レイが待ってるよ」
「えっ、あ、うん」
 レイはにこにこと笑ってシーナの袖を引っ張る。
「じゃあ、いってきま〜す!」
「いってらっしゃい。怪我しないようにね」
「あ…じゃ、オレも行ってきます…」
「はいはい、適当にね」
 まだ呆然としたふうなシーナをプチレイが一生懸命引っ張っていく。
 ルックは、それを肩をすくめて見送った。





(別に……)
 布にくるんで置いてあった包丁をまな板の上でさばきながら、ルックはひとつ息をつく。
(別に最初からこうするつもりだったから、いいんだけどね)
 レイが小さくなった。
 それを誤魔化すのに一番手っ取り早いのは、レイを連れ出してしまうことだ。
 そして、その秘密を知るのはルックとシーナだけ。
 ならばこの役割分担は当然のことだし、それ以外の分担なんて考えられない。
 だがそれでみすみすシーナを喜ばすことになるとは、そこまで考えが及んでいなかった。
 それは失策だったかな、と思うルックである。
 なんだか「おさんどんのうまい家政夫」なんて見方をされてはたまらないから解放軍内ではひた隠しに隠しているが、だてにレックナートにこき使われているわけではない。
 シーナがプチレイに連れ出されてから大した時間はなかったが、そのくらいの時間があれば十分というものだ。
 とんとんとん、と規則正しい音が小さなキッチンに響く。


「おなかすいたねぇ」
 後ろを歩くシーナの手をぐいぐいと引っ張り、プチレイがぱたぱたと駆ける。
 そのシーナはといえば、もうくたくただ。
「あー…待ってよ、レイ…」
「いくのー!」
 きゃっきゃと笑うのにシーナも笑うが、もうほとんど乾いた笑いにしかなっていない。
(これ…グレミオさん…。マジで朝から晩までつきあってたわけ…? オレ、あの人見直しちゃうよ)
 そりゃあレイの腕白ぶりといったら、あの木からこの木から、次から次へとするする登っていってしまうわ、今朝の雨でまだぬかるんでいる土に飛び込もうとするわで片時も目が離せないのである。
 このレイを、解放軍リーダーを立派に勤めるまでに育てあげたのは、他でもないグレミオで。
 それすなわちこの腕白小僧につきあっていた、ということで。
 それは並大抵の努力ではないように思える。
 そんな努力をしているのだから本人もさぞかし立派になっているかといったらさにあらず。
 相変わらず「ぼっちゃあ〜んっv」などと大騒ぎしては周りからある意味温かい目で見守られてしまっている。
 とはいえ、それを知っているのは上層部のみ、下層部にはほぼ知られていないあたりはさすがというべきか。
「たっだいまあ!!」
 ばたん、と勢いよくドアを開けて、レイが小屋の中に駆け込む。
「…ただいまぁ」
 へろへろになったシーナはそのあとに続いて、そうして部屋いっぱいに広がるいい香りにふと顔を上げた。
「おかえり」
 ひょい、とルックがキッチンから顔をのぞかせる。
「ただいま、ルック! あのねあのね、い〜っぱい木に登ったんだよ」
「そう。怪我しなかった?」
「うん、大丈夫! でもシーナは僕の半分くらいしか登んないの」
「ふうん。鈍くさいんだね」
「ええええ? だってレイがめちゃくちゃ早すぎるんだってば!」
「あはははは〜、どんくさいどんくさい」
「レイっ」
 軽く睨むと、プチレイは笑いながら肩をすくめる。
 とは言いながら、シーナにはやはり気になるこの香り。
「あ…ねぇ、ルック」
 まだ戸惑いを隠せないシーナに、ルックは呆れたように溜め息をついた。
「夕飯の支度ならできてるよ。先にご飯にするんだろ? レイも待てなそうだし」
「ああ……うん」
「わあい、おなかすいた〜」
 楽しそうに席に着こうとするプチレイ。
 ルックがそれをそっととがめる。
「ダメだろ。外から帰ってきたら手を洗わなきゃ」
 ああ、そんなことまで言われては。
 ますます混乱してしまうシーナであった。



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