〜みにまむ’〜

= 柊の記憶 後編 =

December 24th, 2002

★ ★ ★







− 1 −

「きみのなまえは?」
 レイが問うと、少年は嬉しそうに笑う。
「おれ、シーナ。そっちは?」
「ぼくはレイ」
「レイ、か。レイはどうしてこんなところでひとりで遊んでるの?」
 身を乗り出して、シーナと名乗った少年が聞いてくる。
 初めて会ったというのに、全く物怖じする様子もない。
 レイが答えようとするよりも早く、シーナは、
「そっち、行ってもいい?」
 そう聞いてくる。
「え、うん」
 そしてまた、レイが答えた時には裏戸から庭に走り込んできていた。
 多少強引な態度は、それでも不思議と図々しさを感じない。
 なんだか昔から知っている友達のようだ。
「むこうの広場で、遊んでる子たちいたけど。レイっていっしょに遊ばないの?」
「うん…あの子たち、いつもいっしょだから。だけどぼくはいつもいるわけじゃないし」
 ふぅん、とシーナは相づちを打つ。
 そうして考え込むように、
「えっと。じゃあ、レイ、いつもいっしょの友達って、いないの?」
「そうだね」
「うん、おれにめいあん、あるよ!」
 名案?
 言ったシーナは得意げに胸を張った。
 きょとんとするレイに向かって手をさしのべる。
「そ。おれ、レイのいちばんの友達にりっこうほする! 問題ある?」
「えっ? …ううん、ないけど。でも、シーナは?」
「おれもひっこしてきたばっかで、友達いないもん。あ、でも、だからってひとりのレイをえらんだわけじゃないぜ。さっきレイを見たとき、きめたんだ。おれ、レイの友達になるって!」
 シーナの笑顔。
 なぜか疑問なんて浮かばなかった。
 とっさに、シーナの伸ばした手に、自分の手を重ねていた。
 シーナは安堵したような表情を浮かべる。
「よかった、ことわられたらどうしようかと思ったぜ〜。じゃ、レイ、遊びにいこ!」
「うんっ!!」
 レイはシーナに手を引かれるまま、裏戸を通って外へ駆けだした。


 しばらくして外に様子を見に来たグレミオ。
 庭にレイの姿がないことに気付くと、とたんにおろおろと慌て出す。
 あっちへうろうろ、こっちへうろうろ落ち着かない。
 見かねたクレオが、
「心配しすぎだよ。庭じゃなくて外に遊びに行ったのかもしれないじゃないか」
 そうなだめる。
 しかしグレミオはそれでも納得しないらしく、早口でまくし立てる。
「でも、クレオさん。私と約束したんですよ、お庭で遊ぶって。ぼっちゃんはそりゃあ元気がよくていたずらもしますけど、約束は守る子です。そのぼっちゃんが私との約束を破ってどこかに遊びに行ってしまうなんて…っ。ああ、いいえ、それは構いません、ぼっちゃんが無事でいてさえくれたら! まさか何か事件に巻き込まれでも……!」
 自分で自分の考えたことに不安になったのか、ぼっちゃあああん、とさらにうろうろし始める。
 クレオとて、その心配をしないわけではないが。
(でもねぇ…あんまり心配しすぎるのも、ぼっちゃんによくないと思うけど)
 しかしそれを今のグレミオに言っては火に油だろう。
 クレオはうんざりと肩を落とした。
「おぉ〜い、メシ……って、何やってんだグレミオ」
 部屋に入ってきたパーンはぎょっとしたように立ちすくむ。
 それはそうだろう、部屋の中をあっちへ行ったりこっちへ行ったり頭を抱えながらうろつくグレミオの姿は異様以外の何者でもない。
 そのグレミオが乱した髪の隙間からどよんとした目をパーンに向けた。
(ぎゃっオバケ!)
 ついパーンが思ってしまったのも無理はない。
「あぁ…パーンさん…ぼっちゃんがぼっちゃんが……」
 幽鬼のような姿に後ずさりしつつ、パーンは不思議そうな顔をした。
「ぼっちゃん? ぼっちゃん、グレミオになにかしたんですか?」
 ひょこ、とパーンの後ろからレイが顔を出す。
「ぼく? んー……」
 顔を見合わせるパーンとレイ。
 次の瞬間、グレミオがものすごいスピードでレイのもとに走り寄ってきた。
「ぼぼぼぼぼぼ、ぼっちゃああん!!!! どこに行ってらしたんですか!!! ぼっちゃん、グレミオと約束しましたでしょう、お庭で遊ぶって!!!」
「あっ」
 レイがはっとしたように口元に手を当てた。
 グレミオにマフラーを巻いて貰いながらそんな約束をしたことを、ようやく思い出したのだ。
「ごめんなさい、グレミオ」
 しゅんとして頭を下げるレイに、グレミオは泣きそうな顔で笑う。
「いえ…いいんです。ぼっちゃんが帰ってきて下さったんですから。でも、出かける時は、グレミオにそうおっしゃって下さいね」
「はい……」
 よかった、とグレミオはレイの服に付いた泥を払う。
 クレオは肩をすくめて笑った。
「それで、ぼっちゃんはどこに行かれてたんですか?」
 すると、レイの顔がぱっと輝く。
「うん、シーナと町はずれの木に!」
「シーナ?」
「そうだよ! シーナ、木に登るのじょうずなんだ。ぼくも負けない、って思ったんだけど、やっぱり負けちゃった」
「新しいお友達……ですか?」
「うんっ!!」
 頬を紅潮させて、レイが続ける。
「あのね、シーナのうちね、ひっこしてきたばっかなんだって。あしたも遊ぶやくそくしたんだよ!」
 楽しそうに、レイは笑う。
 家の中が、ほんわかとした暖かさに包まれた。


「こんにちはっ! レイ、いますか?」
 それからほぼ毎日、シーナはやって来た。
 最近は顔パスで、気がつくと裏庭にいたりする。
 レイも楽しそうに、
「それじゃ、グレミオ、いってきま〜す!!」
 笑いながらシーナと遊びに出てしまう。
 笑顔で手を振って見送りながら、それでもグレミオの胸中は複雑だ。
(ぼっちゃん……)
 クレオは呆れた顔でそれを見ている。
「……グレミオ。子供にヤキモチ焼いてどうするんだい」
「ヤキモチなんて! そっ、そりゃあぼっちゃんに友達が出来たのは嬉しいんですけど! でも、ぼっちゃん、シーナくんと遊んでばかりで…っ」
「はいはい、わかったよ……」


 ばたばたばた、足音もにぎやかにふたりで走る。
 何でもない町が、それだけで楽しく思えた。
 干したばかりの白いシーツを横目に、細い路地から細い路地へ、知らない角を曲がる。
 それでいつも近所であるけれど見たことのない場所に辿り着いたりするのだが、今日は違った。
 走り込んだ場所は、1本の木のある、見慣れた空き地。
「あっ。…ここに出てくるんだ」
「なに? 知ってるばしょ?」
「うん…。よくきてるところ」
 答えながらレイは、あの日を思い出す。
 ひとりきりで遊びに来たあの日。
 枝に登っていたレイに、下から声をかけてきた小さな姿。
 静かで穏やかな、エメラルドの瞳。
「ぼく……ここで、ルックにあったんだ」
「ルック?」
 レイが頷く。
「ぼく…いろんな人にきいたんだ。ルックって子、しらない? って。みんなしらないみたいで、でもしってる人は、おなじことをいうんだ。『あの子はむずかしい子だから』ってさ。なんで、ってきいたら、『モラワレッコで、人とつきあうことができない子だから』。だから、遊ばないほうがいいって。ねぇシーナ、モラワレッコってなに?」
 シーナは困ったように首をかしげた。
「おれもよくわかんないけど…。あれじゃないかな。父さんも母さんもいなくて、ほかの家にもらわれてきた子…って」
「それだと、遊んじゃいけないの?」
「なんでなのかな…」
 よくわからない。
 よくわからないけれど、何かが違うような気がした。
 レイは俯いている。
 シーナがその顔をのぞき込んできた。
「それで? レイ。レイは、どう思うの?」
「…ぼく?」
「そうだよ。おとながなんて言ったかしらないけど。でもレイは、そのルックって子が気になるんだよね? それでレイは、どうしたい?」
「………友達になれたらいいな、って思う……」
 シーナはそれを聞いて、笑う。
「だったら、かんたんだよ。会いに行こうぜ、その子に!」



おはなしのページに戻る進む