みにまむ’
=柊の記憶 後編=
− 2 −
北東の町はずれ、と聞いたから、それだけを頼りに家を探す。
すると次第に家の数がぽつぽつと少なくなり、かわりに木の数が多くなっていった。
「こっちでいいのかなぁ」
「まだ町のそとじゃあないし……」
何となく声をひそめて歩く。
家がなくなっていくのがほんの少し心細くなったせいだ。
「よし、じゃ、とりあえずあそこの家まで行って、それで違かったらほかの道さがそ?」
「…そうだね……」
道は次第に細くなり、舗装もされなくなっていく。
その先には1軒、大きな建物があった。
高い塀に、大きな格子の門。
細かな飾りがされていなければ、閉じこめられてしまいそうな門だ。
柊の木が左右に続く道をたどってそこにつくと、レイとシーナはそっと門の隙間から中をのぞき込んだ。
広い前庭、その奥には古風な、けれどとても上品な石造りの建物がある。
前庭にはひときわ大きな柊。
その隣にのびる大きな木の根元に、小さなひとつの姿。
「ルック!」
レイがとっさに声をあげた。
木にもたれて立っていたルックが、ぱっと顔を上げた。
「……っひゃー、あれがルック? うわ、かわいい…」
シーナが呟くが、レイはそれも耳に入っていない。
ただ門の鉄枠を握りしめて、その姿を確認する。
ルックは息をついて、門まで歩いてくる。
「なにか、よう?」
突き放すような声。
けれどようやくここまで来たレイは動じない。
「さがしたんだ。ルックのこと」
「ぼくを? わざわざ? あきれたもんだね」
肩をすくめる。
「それで、ぼくをさがしてなんだっていうの?」
「ぼく、ルックと友達になりたい!」
レイは迷わずそう言った。
ルックは一瞬驚いたように目を見開き、けれどすぐに溜め息をつく。
「あのね。ぼくのこと、きいてない? ぼくには親がいない。もらわれっ子だ、って。そのうえこういう性格だからね。ぼくとつきあってもいいことないよ」
淡々とそう告げる。
そして踵を返そうとするルックに、レイはひるまず声を張り上げた。
「そんなの、かんけいないよ! ぼくは、ルックに会いにきたんだから! おとなのいいぶんなんて、わかんない。でもいいじゃない、ぼくたち、子供なんだから! つきあっていいことがあるかどうかなんて、一緒にいてみなきゃわからないのに。なんでさいしょにきめちゃうの?」
ルックが、振り向く。
相変わらず表情のない顔、けれどどこか泣きそうに見えた。
そうして、静かに、俯いて。
「……なまえ。聞いてなかった。…なんていうの?」
ようやく聞き取れる小さな声で、ルックが訊く。
レイはぱっと顔を輝かせた。
「ぼくは、レイ!」
隣ではさらに嬉しそうなシーナ。
「あ、おれはね〜、シーナv」
「…あんたにはきいてないよ」
「え〜? ついでだからおぼえておいてよっ」
ルックは困ったようなどうしたらいいかわからないような表情を少しだけ浮かべる。
そうして少し迷う仕草をして、やがて小さな手が門の鍵にかかった。
前庭の日溜まりは、冬の風の中でも柔らかで温かい。
その片隅、柊の近くに座り込んでひなたぼっこをした。
なんだかなにも言わなくてもいいような、不思議な安心感。
そうだ、とシーナが手を打つ。
「ねぇ、ねぇ、おれさ。おやつにたべようと思って家からもってきたんだ」
何事かと思って見ていると、シーナはポケットをごそごそやり出した。
取り出したのは、赤いリボンで結ばれた小さな袋。
「なに、それ」
「クッキーだよ。ちょっとしかないけど。3人でわけよう」
「ポケットのなかにいれてたの? こわれてない?」
「だいじょうぶだと思うけど……」
シーナが慎重にリボン結びのしっぽを引っ張る。
はらりとリボンがほどけて、黄緑色の包み紙の口が開く。
中には、星の形のクッキーがいくつかちょこんと入っていた。
「ほら、だいじょうぶだよ。これね、こうちゃのクッキーなんだ。どうぞっ」
笑って、シーナはその星を取る。
レイにひとつ、とまどうようなルックにもひとつ、そして自分もひとつ取る。
3人は顔を見合わせて、ぱくんとそれをかじった。
「あ、おいしいv」
「ほんとにこうちゃの味がする…」
「でしょ? ね、ルックは?」
ルックははっと目を上げ、やはり少し迷った顔。
けれど笑って見つめてくるシーナに、間をおいてから頷いた。
「……うん。おいしい……」
「よかった!」
レイも満足げに笑う。
そうして「あ」と声をあげた。
「そうだ。シーナのクッキーでおもいだした。ぼく……そうだ、ずっとここに入れっぱなしだ」
シーナと同じように、レイもポケットを探る。
左、右と確かめながら、
「ねえ、シーナとルックはどんないろが好き?」
と聞く。
シーナとルックは一瞬考えて、答える。
「おれは……んー、オレンジ?」
「…ぼく、みどり……」
「オレンジに、みどり? うん、ちょうどいいや。ぴったり!」
嬉しそうに言い、レイはポケットから出したものを草の上に置いた。
丸に、しっぽがついたような形の石が3つ。
いや、澄んで煌めく透明なそれは、まるで宝石のよう。
赤と緑とオレンジ、それぞれの色の石は、それぞれの光を草に落としている。
「これ…?」
「あのね、まえに『さいせきじょう』ってところにいったんだ。石をほってるところ…なのかな。そこでひろったんだ。ぼくのたからものだよ。これ、ふたりにあげるね」
レイはシーナの手にオレンジの石を、ルックの手に緑の石を置いた。
「え、でも、レイのたからものでしょ?」
シーナが呟く。
ルックも困ったように、
「たいせつなんだろ? そんなたいせつなもの…ひとにあげちゃって、いいの?」
けれどレイはふるふると首を横に振った。
「たいせつだからあげるの。だってぼく、シーナもルックもたいせつだから。友達だから」
ふたりはしばらくレイの顔を見ていたが、やがて、頷いた。
シーナは頬を紅潮させて、満面の笑顔を浮かべながら。
ルックはそれを抱きしめて、泣きそうな顔をしながら。
今日もよく晴れた。
レイは勢いよく階段を駆け下りる。
「あっ、ぼっちゃん、おでかけですか!?」
「うんっ! シーナとルックと遊んできま〜すっ!」
「お…お気をつけて!!」
ドアを開けて、外へ駆け出していく。
「……ぼっちゃん……。なんだかぼっちゃんをシーナくんとルックくんに取られた気分です……」
「グレミオ……相手は子供じゃないのかい……?」
レイは走る。
息せき切って、あの柊の道を抜けて。
会いたい人が、そこにいるから。
窓から差し込む日差しに、レイはふと目を覚ました。
いつもと同じ天井を、何となくぼんやりしたまま眺める。
床に反射した日差しが映るその天井の色を見つめながら、なにか漠然とした靄のようなものが心にかかっていることに気付く。
一体それが何なのか、考え込もうとしたときにはもう霧散していた。
その残骸のようなものが胸の中に少しばかりの違和感を作る。
けれどそれもすぐに掻き消されてしまった。
ばたばた、と激しい足音が、聞こえたと思ったらあっという間に近付いてきたからだ。
「おはよ、レイ! まぁだ寝てんのか? もう昼だぜ〜?」
ノックもなく開いたドアに、レイは苦笑した。
「ふぅん、夢ねぇ」
隣を歩くテッドは、レイの話を聞いてふんふんと頷く。
「ん…。僕もどんな内容かとか、覚えてないんだ。でも誰かと一緒にいて……僕はその人たちを、すごく大事に思ってたような…それは確かなんだけど。でも誰だかとかは思い出せないんだ」
「俺はいなかった?」
「あー…ごめん、テッドがいた記憶はないや」
「ちぇー。なに、それって知らないヤツなんだ?」
「うん、そうだと思う」
レイは記憶をたどりながら答える。
覚えていない。
本当におぼろげで、影の形がほんの少し心に残るくらいだ。
ふたり……だったと思う。
ただ、そのふたりに対する思いだけが鮮明に胸の中にあった。
とても大切で、失いたくないと…強い思い。
「それって言うと、あれかもな」
テッドが頭の後ろで手を組んで呟く。
「あれ? あれって何だよ」
レイがテッドの顔を覗き込むと、テッドはにっと笑って片目をつぶる。
「もしかして、そいつらって『レイがこれから出会う大切な運命の友達』なんだったりしてな」
「運命〜?」
「そ。誰よりも大切な、さ。大事にしろよ〜、なにせ『運命』なんだから」
「そんなこと言ったって、まだ会うかどうかもわかんないし……それに夢なんだから、ほんとにいるのかどうかもわかんないじゃん」
「それはどうかな?」
テッドは楽しげに笑う。
レイもつられて、笑った。
もしかして本当に、いつかどこかで出会えるんじゃないかと…そう思ったから。
ふとレイの目の端に、1本の庭木が映った。
……心の隅をかすめる、面影。
柊の木。
「あ、そう言えばレイ。今度皇帝に謁見するんだって?」
「うん。でも、今度父さんが遠征から帰ってきてからだから。まだ何か月か先だよ」
「そっかぁ。…そしたら、その時の話してくれよな!」
「もちろん!」
レイがこの夢を忘れて…『運命の輪』が廻り出すまでの、静かなカウント・ダウン。
Continued...?
<After Words> |
そうなんですよ。 ’(ダッシュ)シリーズ、実はシリアスな面があったりします。 しかも完全にふたりとは出会う前のお話ですし。 ’シリーズはみにまむシリーズとは違う書きやすさがありますね。 もうちょっと出してみたい人とかもいるので…’はもう少し書くかも。 それにしても、クリスマスに飾るあれ、厳密に言うと柊じゃないんですね。 セイヨウヒイラギなんですね。 初めて知りましたわ…。 どちらにしても、花言葉は「先見」。そんな意味も含めて予感のような 予言のような、いずれ出会う3人…に仕上げてみました。 |